第14話「殺4合い」

 無事に食事を終えた。

 そう、何事もなく、無事だったのだ。


「何もなかった、だと」


 本当に拍子抜けするほどだ。毒も罠もなく、ただ食事の時間が過ぎた。

 ドラキュラハンターVの意図を読み取ろうと再度、周囲や料理を見て回ったけれど、僕には何も分からなかった。


 そうしている間に、再びモニターが現れ、


「皆様、朝食はお済みでしょうか。よろしければ腹ごなしと眠気覚ましも兼ねまして遊戯室へ行ってみてはいかがでしょうか?」


 尋ねてはいるけど、ほぼ強制だろう。

 ある程度食事もあるから、ここで籠城するのも手ではありそうだけど。

 明らかな籠城を取ったら、きっと今もモニターの後ろに控えている杭を打ち出す砲で撃たれるだろう。

 僕以外は耐えられるかもしれないけど、僕なら即死だ。

 

 ルリもマスオさんもそのことを分かっているから率先して先に進んでいるようにも見える。


「はいは~い。それじゃ、さっさと次に行こっか!」


 三木谷さんは元気よく朝食会場から戻り、反対側にある遊戯室へ。


 それに続いて、石垣、鋼森と続いていく。

 最後に僕らだ。


 反対側の通路には、ゲームとかで見る異世界ファンタジーらしい両開きの扉。

 年期が入っているような演出なんか赤茶色に染まった扉に、それ必要あるのかって感じで打たれた鋲。

 扉の上には『プレイルーム』と書かれたプレートに電飾がついている。


 ここまでくるとわざとらしくて、Vのセンスを疑う。


 マジで、ここでだけは死にたくないな。


「おおっ! かっけぇ! 中世っぽいな」


 鋼森にはなぜか好評のよう。いや、鋼森だけでなく、石垣や三木谷さんにも概ね好評だった、だとっ!


「こういう中世っぽいのはテンションあがるわね」


「ふむ。昔を思い出すのぉ」


 と言った具合だ。


「……え?」


「…………」


 反対にルリは僕と同じような反応で、むしろ好評だったことに疑問を感じていて、マスオさんは相変わらず何を考えているのか分からない。


「よっしゃ! 行くぜ、行くぜ!」


 鋼森はなんの配慮もなく、無遠慮に扉を開けて中へ。


 遊戯室もざっと見た感じレストランくらいの広さがあり、その中には、その名に違わず、ビリヤード台やダーツ。レトロゲームなんかもあったり、壁にはボードゲームが置かれ、その反対の壁にはマンガや小説などが完備されていた。


「おっ! ビリヤードがあるじゃねぇか! 俺様、こう見えて得意なんだぜ」


 まるで鋼森は意思があるかのようにモヒカンをフリフリとしながら、ビリヤード台へ、そして、モヒカンがへたり込む。


「俺様、今、片腕しかないんだった……」


 腕ないこと忘れるって凄いな。

 あ、しかもガチ凹みのやつだ。


 鋼森がこれだけ動いても何か罠が発動する素振りもない。

 あと、気になるのは、部屋の奥に扉が見える。

 なんとなく作り的にカラオケボックスのように見えなくもない。


「あれ。もしかして、カラオケ? ふむふむ。それなら、皆で行きましょうよ!」


 三木谷さんは更に、僕に近づき耳打ちする。


「中でルリっちと二人っきりにして、あ・げ・る」


「いやいや、こんな状況で別にいいですよ!」


「そんな遠慮することないわ! という訳で、とつげき~」


 罠があるかもしれないのに、かなりお気楽だし、なぜかさっきから視線が痛い。マジで突き刺さるように痛い。


 三木谷さんに連れられるようにして、沈んでいる鋼森以外が扉の前へとたどり着く。


「それじゃあ、開けるわね~。せ~のっ」


 扉が開けられた先は、まるで大聖堂のよう。

 壁には聖母マリア像にキリストの十字架。

 カラオケボックスとは程遠い内装。一応アカペラとか聖歌なんかは歌いそうではあるけど。


「ま、ここでもいいわね! ここはあたしに任せてごゆっくり~」


 どんっと背中を押された僕とルリは室内へと入り、扉が閉められる。


「ふふっ、ここからは若いものたちの時間よ。せっかくこんな場所んんだから吊り橋効果で告白成功率アップ間違いなし。告白するまで出られない部屋(セルフ)よ! ここを開けたかったら、あたしを倒してからにしなさいって、あれ? 石垣のおじいちゃんは?」


 気づくと、僕の隣にはルリだけでなく、石垣も立っていた。

 だが、その表情は取り繕っているときの好々爺然としたものでも、僕に対してのニヤニヤ笑いでもなく、憤怒で顔を歪ませているようだった。


 ガサガサッ!


 同じ部屋から僕たち以外の物音が聞こえる。

 よくよく見ると、マリア像の影に数人の人影。ちょうど部屋の外からでは見えない位置にいた。

 数を数えると6人いる。

 今の僕たちと同じ人数。


「あなたたちは誰ですか?」


 僕の問いかけに、その人影はビクリと震える。


 もしかして、僕らの他にもドラキュラハンターVに捕まった人たちが居たのか?

 それなら、味方になってくれるかもしれない!!


 僕が近づこうと一歩進むと、


「くっ、話が違うぞっ! Vっ!! くそっ! 来るなっ! このバケモノどもっ!!」


 その中に一人が脅えきった声をあげ、同時に十字架を突き出す。


 えっ? どういうこと?


 突然の事態に思考が停止する。

 彼らは何なんだ? 僕たちをバケモノ呼ばわりってことは、もしかして普通の人間なのか?


 そのとき、モニターが降りてくると、また礼のドラキュラの仮面をしたVが映し出される。


「皆様へは娯楽の一環として、新鮮な人間をご用意させていただきました。彼らを痛ぶるなり、血を啜るなりお好きにどうぞ。中の様子はこちらのモニターに映し出されますので、部屋の中に入らなかった方々もご安心ください。ただし、彼らも反撃はしてきますよ。何せ吸血鬼ハンターですからねぇ。武器も持っています。窮鼠猫を噛むってやつですね。それでは楽しんでください」


 つまり、人殺しで楽しめってこと!?

 ふざけんなっ!!

 

「皆、こんなことする必要ないっ! 早くここから出よう!」


 僕は踵を返すと、扉を開けようと力を込める。けれど――。


「あ、開かない……。鍵が掛かっているのか!?」


「ちなみに吸血鬼かハンターどちらかの命がなくなるまで部屋の鍵は開くことはありませんので、悪しからず」


 僕の行動を見てか、実に楽しそうに、付け加えていきやがった。


「くそっ!! それでも何か方法はあるはず。皆で協力すればきっと」


 僕以上、人間以上の力による対処。

 いままでもマスオさんが担ってきたそれを今回も期待し、扉の外にいるマスオさんへと視線を向ける。


「……離れてろ」


 マスオさんは僕の意を察し、扉に体当たりを加える。

 しかし、強固な扉はマスオさんの渾身の体当たりでもビクともしない。


 別の場所へと続く扉と同様で、Vは本気で僕らを閉じ込めに来ている。

 殺し合いをさせる為に……。いや、本当に殺し合いなのか?

 吸血鬼ハンターとは言っていたけど、明らかに不慣れな感じだ。

 ハンターの中でも下っ端? もしくは油断させるための演技?

 いや、どちらにせよ。堂々と吸血鬼たちの前に出てくるのは悪手だよね。地の利は向こうにあったはずだし。

 一方的に殺すように仕向けている? それじゃあ、エサってことか? それなら、何かしらの罠があるんじゃ。


 そんな考えに至ったところで、僕の足元に帽子がコツンと軽く触れる。


 この帽子は、石垣さんの?


「ぐああああああああああああっ!!」


 悲鳴があがり、その方向を見ると、先ほど十字架をかざしていた男の腕が宙へと鮮血をまき散らしながら飛んでいる。


「貴様ら、十字架の意味を知ってるのか? それを嫌がるのはキリスト教の集団を怖がる雑魚吸血鬼よ。そして、それ以外には――」


 やめっ――。


 声を上げる間もなく、石垣の拳が男の胴体を貫いた。


「……十字架は悪戯にかざすだけだと、吸血鬼には憎悪の対象。私たちを狩ってきた相手。知り合いが殺されていたなら、その憎悪は計り知れない」


 まるで自分も経験があると言わんばかりに、ルリは悲しそうに説明をしてくれる。


「だからって、彼らは関係ないんじゃ」


「……わたしたちをここに連れて来たのは彼らだと思う。攻撃はVだったと思うけど、それ以外は彼ら。匂いが同じ。赤城くんをこんなところに連れて来た奴ら」


 ルリはそう言いながら、僕の元から離れていく。


「ちょっ! ちょっと待って!! ダメだ。行っちゃ」


「わたしたちの平穏を脅かすものは殺さないと。それが約束でもあるから」


「約束? 誰との!? そんな約束より、僕はキミに人を殺してほしくないんだっ!!」


 いつの間にか、僕の顔からはやっぱり涙が零れている。

 こんなに泣き虫だったなんて知らなかった。


「…………赤城くんに泣かれるのはツライ」


 ルリは優しく僕の涙を拭う。


「……あたたかい」


「死ね! バケモノっ!!」


 パンッ!


 乾いた破裂音。


 同時に僕の目の前が赤く染まった。

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