第10話「密4つ」

 遺灰をカーテン生地で包んで部屋から出る。

 

「こっちは誰もいなかったからよぉ。そっちに霧崎がいるんじゃねぇか? 無事だったかよ?」


 部屋から出て来た僕らに真っ先に声を掛けて来たのは隣の部屋を探しに行った鋼森だった。


「いや~、今思えば、俺様だけだと太陽の中入って行けねぇから。このチーム分けは失敗だったな。ま、結果的にこっちには居なかったから正解っちゃ、正解だったが」


 2号室の探索が思いのほか難航でもしたのか、鋼森はヘラヘラとした笑いを浮かべていたけど、僕が持つカーテン生地での包みを見ると、何があったのか悟ったようで、その顔から笑みが消える。


「それ、もしかして……」


「うん。助けられなかった……」


 なんとか声を。霧崎くんの死を伝える言葉を。絞り出した。


「くそがっ!!」


 鋼森は怒りに任せ、左手で壁を打ち付ける。

 吸血鬼の力でも壁に軽くヒビが入る程度で、この建物の強度が異様なことを知らしめていた。

 まるで、ここからは逃げられない。ということを明確に僕たちに分からせるかのように。


「霧崎も俺様を助けてくれたやつだったのに、借りを返す前に死にやがって……。お前の貸しは代わりに俺様が返しておいてやる」


 鋼森は悔しそうに腕に力を込めながら、ハッキリと宣言する。


「鋼森。僕も霧崎くんの遺志をついで、このデスゲームをクリアしてみせる。協力してくれない?」


「言われなくても、てめーは命の恩人だ。借りは返す。それは俺様の絶対ルールだからだ」


「それなら、皆を集めて次に行こう。そして、ドラキュラハンターVの罠を突破し続ける。誰も死なないように」


「ふ~ん。何か作戦があるって顔だな。いいぜ。乗ってやる。赤城、お前、追い詰められた方が生き生きとしてるなぁ。すごく吸血鬼って感じだ。その紅の眼も決まってるぜ。ここから生きて出れたら、一緒に666でも行こうぜ」


 ……えっ? 666って何?

 すごく良い事を言った風に皆を呼びに行ってくれた鋼森に聞くことも出来ず、そのまま僕とマスオさんは取り残された。


 鋼森の姿が見えなくなってからマスオさんに666を問いかけてみると、「服屋だ」と返答が返って来た。


               ※


 鋼森は女性たちを呼びに行ったはず。

 なぜなら太陽に弱いと言っていたので、日光浴みたいな寝方をしている石垣を呼べないだろうから代わりに僕たちが行くしかない。

 石垣に言われた通り、犠牲者が出たから呼びに行くのは業腹だが致し方ない。


「……石垣さん。起きてます?」


 石垣の部屋へと入ると、そこには棺桶に入り、手を前で組んだ、理想的な吸血鬼の寝姿をした老人の姿。


 寝息すら立てていないその姿はまるで死んでいるようだ。なんというか呼吸もないし、体温もなんとなく感じ取れない気がする。

 吸血鬼の物語にはよくそういう描写が見られるけれど、実際にこの目で見ると、死体が転がっているようにしか見えない。


「石垣さん。起きてください!!」


 大声で呼びかけても起きず、僕は恐る恐る死んでいないか確かめる意味も込めて体を揺すると、


「ガアッ!!」


 大きく見開いた眼は真っ赤に染まり、噛みつかんとする口は牙が鋭く伸びる。

 モンスター!

 吸血鬼を呼称するより先にそんな言葉が浮かぶと同時に、今から噛まれるのだとぼんやり思う。

 噛まれて地面へ押し倒されて、また噛まれる。血がいっぱい出そうだなぁ。などと死ぬということは頭に浮かばず、ひたすらその後の展開が頭によぎる。


 グンッ!!


 その瞬間、僕の首元に大きな力が掛かり、後方へ引き戻される。


 この感覚はっ!


 昨日も体感した感覚。無理矢理マスオさんによって引きはがされる感覚だ。


「ぐえっ!!」


 やっぱり床を何回転かして止まる。


「ううっ……」


 すぐに状況が呑み込めていない僕はただ、目の前に光景を見ているしかなかった。


 そこでは、マスオさんが飛び掛かる老人に、キレイな左アッパーを浴びせていると言う、普通の人間同士ならかなりショッキングな映像だ。


 石垣はアッパーを喰らって地面へ倒れるかと、思いきや、身体を一回転させて体操選手のようにキレイに着地する。


「なんじゃ? なんじゃ? 急に衝撃がきおったぞ!?」


 石垣はキョロキョロと周囲を見回し、状況を把握したようだった。


「おおっ、すまん。すまん。起こしに来てくれたんじゃったな。そこの若いの強いのぉ。ワシは寝てるときに危機感を感じるとつい勢いで襲ってしまうクセがあってのぉ。ワシにそこまでさせる存在は霧崎くらいかと思っとったが。ほっほっ」


 悪びれることなく、好々爺のような柔和な笑みで、軽く「すまん、すまん」と手刀てがたなを切る。


「して、誰が死んだ? 鋼森のやつか?」


 先ほどまでの好々爺から一転、獲物を狙う猛禽類のような目つきで問いかける。いや、もはや詰問に近い。


「……っ。霧崎くんだ」


「ほぉ~、なんて言ったのかのぉ? この老人にはよく聞き取れなくてのぉ」


 絶対に聞こえたうえでわざと言っている。

 だけど、この程度大したことないっ! 霧崎くんを助けることが出来なかった、その罪に比べれば。


「霧崎くんだ。ゲーマーってVは呼んでいた。あの霧崎くん。太陽に光りに焼かれて死んだよ」


「ふんっ、つまらん。ワシ以上に長生きすると思っておったんだがのぉ。それだけか?」


「それだけ?」


「それしか死者はおらんのか?」


「ああ、他は皆生きてるよ」


 石垣は何を考えているんだ?


「それなら、試してみる価値はありそうじゃのぉ」


「いったい何を?」


 石垣はゆっくりと窓際まで歩いて行くと、おもむろに窓を殴りつけた。

 窓は強化ガラスなのか、軽くヒビが入る程度。


「ドラキュラハンターVはミスを犯した。それは鋼森を殺さなかったことじゃ。やつが食堂から出てきていないのはわかっておった。鋼森が生きていたということは前の部屋にいてもペナルティはないということじゃ。つまり、強化ガラスだろうとなんだろうと、時間をかけて壊せば脱出可能ということじゃ」


 再び、ガラスを殴りつける。

 普通の老人ではまずありえない力。


「窓の外は昨夜は反射で真っ暗にしか見えんかったが、今は、どこぞの山奥だということが分かるのぉ。高さから4階建てかのぉ? ワシら吸血鬼なら、外にさえ出れれば容易に普段の生活に戻れよう。まったく面白そうな罠だと思ったのにガッカリよ」


 三度殴りつけると、窓ガラスに穴が空く。

 これで脱出できるかも……、僕以外は。


 そう思った瞬間、上から鉄のシャッターが下りる。


「ぬぅっ!!」


 石垣の腕はシャッターにより切断され、見えないが地面へと落ちて行っていることだろう。


『ぴんぽんぱんぽん♪』


 即座に気の抜けた音と共にドラキュラハンターVの声が部屋の中へ木霊する。


「窓を割るのはお止めください。大変危険な行為となっております。緊急時には防火シャッターが下りますのでご注意ください。なおシャッターには特別加工がなされておりますので、くれぐれも破壊などの行為をなさらないようお願いいたします」


「ふんっ、バカバカしい」


 石垣はVの言葉を意にもかけず、すぐに切られた腕を再生させると、今度はシャッターの前へ立った。

 けれど、そのシャッターを暫く見つめてから、石垣はくるりと180度回転し部屋から出て行くのだった。

 すれ違う僕は石垣のニヤニヤ笑いに思わず背筋を凍らせた。

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