第7話「4チュエーションラブコメ」

 待って、待って、待って。

 

 さっきまでデスゲームしていたと思ったんだけど、いつの間にラブコメになったんだ?

 何かの罠か? ハニートラップか? 実はルリが黒幕ってパターン!?


 こういう美味しい話は気をつけないとダメだって友達が言っていた。

 絶対に裏があるはず!!


「……赤城くん? どうしたの?」


 7号室にルリとマスオさんが連れ立って入り、なかなかやって来ない僕のことを怪訝そうに見つめる。


 ……うん。そうだよね。三人だよね。知ってた。

 こう何かラブコメ的なシチュエーションが起きる訳でもなく、普通にお互いが安全を確保するために集まるっていうデスゲームでしたわ。


 なんだろ、この恥ずかしい思いをさせたドラキュラハンターVにふつふつと八つ当たりの怒りがこみ上げて来る!


「……どこか怪我でもした?」


 いつまで経っても部屋へと入ろうとしない僕を心配してルリが近づき、細い指が僕の顔や手に触れる。


「……ケガは無い。熱もなさそう。でも、顔赤い?」


「いや、だ、大丈夫だから」


 急に接近してくるルリの綺麗な顔に思わず緊張して顔が赤くなっちゃったなんて言えない。

 というか、目は大丈夫かな。そこまで赤くなってたら興奮してたって思われそう。いや、してるんだけど。丸わかりは恥ずかし過ぎる!!


「……体とか足は?」


「いやいや、本当に大丈夫だから!!」


 というか、僕ってルリに告白したよね。たぶん。気絶させられて微妙に曖昧だけどしたはず。

 その相手にこの対応って、そもそも男として見られてないのかな~。

 それはかなり落ち込む……。


 とぼとぼと重い足取りで7号室へと入って行った。


             ※


「…………」


「…………」


「……あ、その」


 む、無言が辛い。

 ルリは学校でもあまり話さないタイプなのは分かっていた。

 そこがミステリアスと言われていたりもした由縁だけど……。

 マスオさんはそれに輪をかけて話さない。

 そもそも出会ってからも、ボソリボソリと喋ることはあってもほとんど会話らしい会話なんてしていないし。

 この部屋に暇つぶしになりそうなものはもちろんなく、テレビやスマホみたいな情報源になるものもない。

 唯一あったのは先ほど調べたときに鏡台の引き出しの中に聖書があったくらいだ。なぜか知らないけど、聖書ってホテルに置いてあるよね。


 いや、そんなことより、何か。何か話題を、あっ、そうだ。


「あの、ルリ? 真祖って何か聞いてもいい?」


 いや、全くわからない訳じゃないんだけど、真祖って吸血鬼ものの物語で稀に出てくるやつだよね。

 めっちゃ強い吸血鬼とかってイメージだけど、それで果たしてあっているのかな?


「……うん。真祖っていうのは最初の吸血鬼なの。なんでもいいから最初。原点にして頂点となる存在。例えば、最初の吸血鬼、古代ギリシャのラミア。彼女は全ての吸血鬼がいなくなるまで死ぬことはない。常に吸血鬼の頂点であり続けるのが特殊能力なの。絶対に殺せないし、仮に殺したとしてもそれは仮死状態にしただけで、すぐに蘇る。故に不死の中の不死。

えっと、……他には吸血鬼の代名詞、蝙蝠。この世で最初に血を吸ったチスイコウモリはやっぱり真祖で、チスイコウモリが絶滅しない限り死なないの」


「今の説明を聞くと、もしかして真祖ってのは必ずしも強いとは限らないの?」


 ルリはコクリと頷く。けれど、「だけど――」と言葉を続けた。


「……真祖は他の真祖吸血鬼を否定する力もあるの」


「それってどういうこと?」


「吸血鬼って血を吸って仲間を増やす、もしくは血を吸わせて仲間を増やす。それを真祖吸血鬼は相手を殺すことで出来るの。血を媒介にする必要すらなく屈服させるだけで眷属に出来る。それは真祖でも例外じゃない。その後なら煮るなり焼くなり思いのまま……。もちろん殺すことも」


「ああ、チスイコウモリだったけど、他の吸血鬼の属性に上書きされるみたいな感じかな」


「……その認識で大丈夫」


 なら、ドラキュラハンターVは何かしら真祖を殺す手段を持っているってことだろうけど、もしかして真祖の仲間がいたりするのかな?

 4回死んで1対1の戦いだと思っていたら実は2対1で殺されるってことか。


 その可能性は多いにあるし、気をつけていかないと!


「…………」


「…………」


 再びの沈黙。

 どうやら百目木兄妹は無言が苦にならないらしい。

 いや、僕はダメだよ。もう何か話してないと息がつまりそう。こんなデスゲームに参加させられてしかも周りは吸血鬼だなんて状況、無言でいると気がおかしくなりそうなんだ。

 安心できるのはずっと学校で見て来たルリの隣だけなんだ。


「……あ、えっと」


 とにかくまた何か話題を探そうと、とりあえず口を開けてみると、


「……あっ」


 とルリから言葉が漏れる。


「どうしたの?」


 よっしゃ! 何か喋れる。


「赤城くん、シャワー浴びて来たら? ……何かあっても守るから」


 僕は改めて自分の姿を見て見ると、学生服のブレザーも手も血が付いて汚れていた。

 さっきは無我夢中だったけど、鋼森の血が体中に付いている。


「あ、そ、そうだね。服の方は汚れ落ちるかな」


 さっき確認した限りでは洗剤は石けんくらいしかなかった。

 石けんじゃこびりついた血はなかなか落とせないだろうし、ブレザーとかシャツが乾くまで時間が必要だよね。

 好きな女子の前でパンツ姿で居る訳にいかないし。


 そんなことを考えていると、


「貸せ」


 マスオさんが僕からブレザーをはぎ取るように奪い、手をアイロンのごとく当てていく。

 巨大な手はひと撫ででブレザーのほとんどの面を覆い。その手が通り過ぎた後は血のシミは消えていた。


「消せるのは血だけだ」


 一通りブレザーから血を消すと、荒々しく投げ返される。


「あ、ありがとう」


 そして、無言で手を出すマスオさん。

 たぶん、シャツとかも綺麗にしてくれるということなのだろう。

 

「えっと、その、あの……」


 ルリが居る前で脱ぐの? マジで?

 流石にそれは……。


 狼狽している僕を見て、察したのか、マスオさんはバスルームへと足を運んだ。


「置いておけ。すぐキレイにする」


「あ、はい。すみません」


 こうして僕は無事にシャワーで血を洗い流し、ついでに学生服も綺麗な状態に戻った。

 こんな状態じゃあ家でお風呂に入るほど、すっきりさっぱりとはいかないがそれでも生き返った思いだ。


「ふぅ。お先にお風呂いただきました。ルリとマスオさんは?」


 別に二人に汚れた様子はないが、それでもシャワーくらいは浴びたいはず。

 しかし、二人とも首を横に振り、入浴することはなかった。


 まぁ、こんな状況なら僕みたいに血だらけじゃなければ警戒してお風呂に入らないのは正しいのかもしれない。


 寝床は霧崎くんの助言を受けて、棺桶では寝ず、各々床で寝ることとなるんだけど。


 うん、もちろん。眠れないよね。

 好きな女の子と同じ部屋でグースカ寝れる高校生男子が居たら出てきてほしいくらいだ。

 クソッ! Vの奴。こんな精神攻撃をしてくるなんて……。


 僕の視界にはすやすやと寝息を立てるルリの可愛らしい姿。まるでリスを彷彿とさせる。

 

 クソっ! Vの奴。こんなご褒美をくれるなんて……。


 きっとこんな極限状態だからだろう。僕の情緒もおかしく、感情の振れ幅の大きさとここまでの精神的、肉体的疲労が出たのか、いつの間にか眠りへと落ちていた。

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