第6話「4ん室」

 扉をくぐった先にはまるで高級ホテルのような廊下。

 壁には誰が書いたのか不明な風景画が等間隔に並び、その間ごとにルームナンバーが書かれた扉が存在している。

 一番端のナンバーが『07』だから、全部で7室なのかな。

 廊下の反対は見る限りでは壁で、次の場所への扉は見当たらない。

 ただ、真ん中あたりで片方の壁が消えて見えるから、次の扉は中央にあるのだろう。

 ホテルなんかもエレベーター降りると左右に廊下別れるし、そういうのが基本建築なのかな? 建築のことはよく知らないから分からないけど。


「この中の一室を使えってことだよね?」


 僕の言葉に反応するように、マスオさんは一番近くの7号室の扉を開ける。

 そして、未だ僕の首根っこを掴んだまま、部屋の中に。

 

 そろそろ降ろしてくれないかなぁ……。


 そう思いつつも、この基本無言の人にどう言葉をかけていいのか。


「マスオ兄さん。そろそろ赤城くんを降ろしてあげて」


 まるで以心伝心!! ルリはまるで僕の心の中でも読めるかのようにマスオさんに声を掛けてくれた。


「ああ」


 ようやく解放された僕は、首を擦りながら、室内へと目を配る。


「思いのほか普通かな。これ以外……」


 部屋はワンルームで入ってすぐにクローゼット。反対の扉にはバスとトイレ、洗面台。それからルームキーが刺さったケース。ルームキーを試しに取ると部屋の電気が消えた。ホテルだとそれなりにあるキーを持って無いと部屋の電気が使えないタイプのようだ。

 中へ入って行くと、調度品は、高そうな鏡台と40インチのテレビ。ここまで来たら後はフカフカのベッドかと思いきや、本来その場所にあるのは漆黒の棺桶だった。

 もちろん日本風の木で作られたものではなく、洋風のやつだ。

 一応、中にはフカフカのクッションが敷かれているし、頭部が入るところにはこれまた品質の良さそうな枕が完備されている。

 傍らに置かれている蓋は何で出来ているのか不思議になるほど軽い。


「いや、普通に快適そうっ!!」


 廊下や広間、食堂と豪華絢爛な様相だったのに、ここだけ簡素なのは違和感あるけど、庶民の僕としては、あんまり豪華だったり、大きいベッドだと落ち着かないから、これはむしろありがたいのでは?


 いやいや、油断しちゃダメだ。あの主催者であるドラキュラハンターVがこんな普通の施しをする訳がない。


 僕らは手分けしておかしなところがないか調べてみるけど、特におかしいところが見つからない。

 窓も普通。カーテンの生地にも問題なし。床のカーペットも今までと同じ材質と色。

 バス、トイレ、洗面台から流れ出る水も見た目おかしいところもないし、マスオさんがコップを使って飲んでくれたけど、水質にも問題はないらしい。

 あとはご丁寧に歯ブラシと歯磨き粉もアメニティのごとく用意されていたけど、そこにも毒なんかは無いようだった。


「あれ? これって……」


 鏡台を調べていると、よくよく見ると、鏡台に見えたそれは形だけで、鏡の類は一切置いていなかった。

 

 そういえば、洗面台のところも普通なら大きな鏡があってもいいのに、何もなかった。ただの綺麗な壁だったはずだ。

 自分の姿が見えないのは不便なんじゃ?

 というか、まだ僕やマスオさんは良いとして、


「あの、ルリは鏡ないと身だしなみ整えるの困らない?」


 その言葉に、ルリは少し考えてから口を開いた。


「……吸血鬼は鏡に映らないから、必要ない。それに身だしなみは自分で思い通りにできるの。えっと、ほら、鋼森さんもどれだけ殺されてもモヒカンとか服は保ってたでしょ」


 言われて見れば確かにそうだ。吸血鬼は鏡に映らないってのは有名な話だった。

 身だしなみにしても、むしろあのモヒカンは生きてるんじゃないかってくらい体調を表していたな。


「一通り見て回ったけど、ここにはおかしなところはなさそうかな」


 ルリたちも同意見のようで、各自自分の部屋を取ろうと一度廊下に出ると。


「あっ、お兄ちゃんたちも、もう部屋を見たんだね!」


 あどけない子供の笑顔で僕たちに声を掛けて来たのは霧崎くん。

 

「ぼくも部屋を見て回って調べたんだけど、石垣さんと三木谷みきたにさんが先に取っちゃった部屋は調べられてないんだよね。でも全部同じ作りだったから大丈夫だとは思うんだよね。それに主催者のVは今日はシンソゲームは終わりって言っていたから明日以降に何かあるんだと思うんだ」


 三木谷さん? 消去法で言えば、あのグラマラスな女性のことだよね。

 今は、名前はそんな関係ないか。

 とにかく情報共有が優先だね。


「僕らも調べたけど、特に怪しいところは無かったと思うんだ。強いて言うなら棺桶くらい」


 僕の言葉に霧崎くんの笑みが不敵なものへと変貌する。


「へぇ。やっぱりお兄ちゃん、やるね。ますますぼく好みだよ。ぼくもあの棺桶は怪しいと思う。あれだけ固定されていたし、あの場所に留まらせておきたい何かがあるんだと思う」


「へ、へぇ~」


 僕は単純にベッドじゃなくて変だなぁ。くらいの感想だったんだけど、そうか、あれ、固定されてたんだ。

 まぁ、ここは話を合わせておこう。


「でさ、それを石垣さんとか三木谷さんに言おうとしても全然応えてくれなくてさ。お兄ちゃんたち、なんか石垣さんから好かれてるみたいだし言ってくれない? ぼくはもう一度三木谷さんに声かけてみるから」


 石垣に好かれている? いや、そんなはずないよ!

 おちょくられているか舐められているって方がしっくりとくる関係性だと思う。

 それでも、確かに話は聞いてくれるかもしれない。

 

「わかった。石垣さんの方には僕らから言ってみるね」


「うん。よろしく。それじゃあ。石垣さんは4号室にいるから」


 霧崎くんと別れた僕らは石垣のいる部屋まで向かう。

 ノックをすると、ドアスコープが黒くなり、部屋の中から石垣が外を覗いているのが分かる。

 ノックしたのが僕だと分かると、ドアが開く。


「おお? なんじゃ、なんじゃ、ようやく鋼森を罠にかける決心でもついたか? いや、鋼森でなくともよい。霧崎ゲーマーのやつでも良い。その為に仲良くしているのだろう?」


 捲し立てるように喋る石垣だけど、僕は手でそれを制して口を開く。


「いえ、僕は誰も犠牲にするつもりはありません。それは石垣さんも例外じゃないです。霧崎くんが調べた結果、棺桶が怪しそうなので、そこで寝るのは控えた方がいいかもしれません」


「ふむ。残念じゃのぉ。だが、お主、霧崎ゲーマーのことを信用し過ぎではないか? あやつは外見は子供じゃが、この中ではワシに次いで長生きよ。自分が生き残る為、ワシらを嵌めようとしているやもしれぬぞ。奴はゲーム感覚で人も吸血鬼でも殺しおる」


「そうかもしれないですけど、逆に今の霧崎くんの目的は主催者を殺すこと。それもなるべく多くの人数が残っているうちにやりたいって言ってました。その言葉に嘘はないと思いますよ。ハイスコアを取りたいのなんてゲーマーとして正しい姿ですし」


 石垣は苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる。


「ふんっ、なんじゃ引っ掛からぬか。つまらんのぉ。お主、本当に高校生か? まぁいい。たぶん霧崎ゲーマーが言うのならそうなのじゃろう。せいぜいワシも棺桶には気をつけるとするわい」


 こうして、なんとか石垣にも話は聞いてもらえたし、あとは棺桶を使わないで寝床を確保しなくちゃいけないかな。


「あ、あの……、赤城くん。その、心配だし、わたしと一緒の部屋にしない」


「へ?」


 ルリの突然の提案に思考回路はショートし、一文字口から出すのがやっとだった。


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