第5話「貸4借り」
「ルリは大丈夫?」
拘束を解かれた僕はまずルリの無事を確かめる。
「……大丈夫。それより」
ルリも鋼森の身を案じているようで、すぐに僕はテーブルを迂回して鋼森のもとへ。
「だ、大丈夫? なのか?」
片腕落とされ、拘束が解けたにも関わらず、椅子の上でぐったりとしている。
トサカのようだったモヒカンも力なくしおれてしまっている。
もしかして手遅れだったんじゃないかと思わせる憔悴具合だ。
「う、うぅ、み、水……」
僅かな呻き声で生存を確認できた僕は、鋼森が欲しがっている水分を探した。
都合よく水が用意されている訳もないのだけど……、いや、あった!
僕は飲めないけど、彼ならむしろ好物の類であろう水分がっ!
銀で出来たケースを取ると、中にある血液の入ったグラスを手に取る。
それをゆっくりと鋼森の口元へ。
コクっ。コクっ。と少しずつだが血液を飲むと、顔にわずかながら生気が灯る。
「う、あ、ああ、これしき、どうってことぁねぇ」
強がってなんとか言葉を発しているという印象だ。どう見ても大丈夫ではない。
それに先ほどは杭で貫かれた部位は勝手に治ったのに、今は腕は治ることもなく、そのままだ。ただ、血が出ていないことだけは常軌を逸し、この男が吸血鬼なんだと再確認させられる。
「どうってことぁねぇが助かったのも事実だ。この借りは必ず返す」
残った無事な左手でグラスを掴むと、残った血液をぐいっと煽る。
「そこの旦那ぁ、あんたもだ。腕を斬ってくれて助かった。ニンニクの所為で使いもんにならなくなっちまったが。まぁ、そのうち生えてくるだろう」
鋼森の切断された腕は、どう見ても本人より細くなっており黒い。
何かに似てるんだけど、なんだろう?
「俺様はここでもう少し休んで行く。借りは絶対に返すから、勝手に死ぬんじゃねぇぞ!」
鋼森は椅子に座ったまま、目をつむり、静かに寝息を立て始めた。
「あ~、良かった。良かった。無事だったみたいだね」
霧崎くんの子供らしい明るい声。
こんな場所でなければ、癒されたことだろうけど。
「霧崎くんもありがとう! でも良くマスオさんなら助けられるって分かったね!」
「んん? お兄ちゃん、本当に吸血鬼? ぼくら吸血鬼はそれぞれに弱点があるのとは逆に特殊能力があることも知らないの?」
「えっ!?」
ま、まずい。人間ってバレるっ!!
「……彼、赤城くんは、最近、わたしの吸血鬼になった。だから、これから教えるところだったの」
ルリは蚊の鳴く様な声で僕を庇ってくれた。
「ふ~ん。そうなんだ。だからお兄ちゃんはぼくを子供扱いできるんだね。でも、ドラキュラハンターVはちゃんと強い吸血鬼だけを厳選していたと思ったんだけど……。二つ名持ちばかり選ばれているのに。お兄ちゃん、もしかして、ものすごく強いのかな。親が。それこそ真祖クラスに」
霧崎くんがルリを見る目は、裏技を見つけ一方的な勝利を楽しむチーターのようで、無邪気な子供という印象とはかけ離れた目つきだ。
「……わたしが、真祖のはずない。……そうだったら良かったのに」
どこか影のある言い方。真に迫る物言い。
そんなルリの言葉に霧崎くんも納得したのか、
「そっか、お姉ちゃんは、確かに違いそうだね~。あとは鋼森って人も真祖じゃなさそうだね。あれで死にそうになっていたし、ぼくみたいに逃げる手立てもなかったし」
「ん? 霧崎くんは真祖を探してるの? Vにバレないようにするのには価値がありそうだけど、僕らで探す必要はないんじゃない?」
僕の質問に霧崎くんは子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべる。
まるで、精神は大人。体は子供のようなちぐはぐさだ。
「お兄さん。ぼくね。ゲームが大好きなんだ」
子供はそうだよね。かく言う僕もゲームは好きだ。
「特にデスゲームで絶望した参加者の血は格別なんだよ。まさか子供が黒幕だったとは思わなかったって最後までぼくを守ってくれた参加者がそろって似たことを言うんだ」
くすくすと笑う霧崎くん。
お前もデスゲームの黒幕やってるのかよっ!!
「ああ、そんな怖がらなくても大丈夫。今回は同じ吸血鬼同士じゃない。それにぼく、いままでは参加者の絶望した血しか飲んだことがないんだ。だからさ黒幕が絶望した血の味ってやつを知りたいんだよね。それにはやっぱハイスコアクリアでしょ! みんなで生き残って黒幕をぶっ殺すんだ。えへへ」
ま、まともな吸血鬼もいると思ったし、それこそ、僕もこんな子供がって思ってたし。
でも、ヤバイ。この子は今は味方かもしれないけど、人間とは相いれない別の生き物なんだって分かる。
一番人間離れしている鋼森の方がまだ人間らしい。
「それとね。このゲーム、もうひとつ黒幕を絶望させて終わらせる方法があるんだ」
えっ!? そんな方法があるの?
「それはね。ぼくらが先に真祖を見つけ出して殺しちゃうの。そうしたらドラキュラハンターVの思惑は全部パァになるでしょ。どっちの攻略でもいいんだけど、ぼくとしては難易度高そうな真祖を殺す方がいいかな~」
「ダメだ! そっちは協力できない。誰かを犠牲にした結末なんて、ちっとも難易度なんか高くない。それこそ、簡単な道だ。二度と選ぶべきでない逃げの道だよ。全員で生き残る方がよほど大変なんだ」
「うん。そうだよね。お兄ちゃんならそう言うと思ったよ。ただそのクリア方法もあるから真祖が誰か突き止めるのは重要だよ。ともかく、ハイスコア目指して頑張るのは変わらないからね。しばらくの間よろしくねお兄ちゃん」
先ほどまでは、「お兄ちゃん」という言葉が可愛らしく思えたが、今は擬態して獲物を狙う狡猾なハンターからの言葉に聞こえ、背筋がゾッとする。
「それで、お兄ちゃんはどんな特殊能力なのかな? って、存在自体知らなかったから分かる訳ないね。説明はぼくがしていいかな?」
ルリはコクリと頷く。
「それじゃ、簡単に言うと、吸血鬼伝説とか伝承、物語は何かしら知ってるよね?」
フィクションでの物語ならいっぱいあるし、それくらいはもちろん知っている。
「そこで吸血鬼は色んな能力を持っているよね。血を吸えるのはもちろん、蝙蝠に変身するとか霧になるとか。そういうのが特殊能力。基本的に得意なのが1つ。あとは得意な吸血鬼に比べると劣るけど使える能力もあったりするね。完全に個体差があるけど」
「なるほど。それなら霧崎くんは霧になるのが特殊能力ってこと?」
「そうそう。そしてこの能力は隠したがる人もいるみたいだね。百目木兄妹は吸血鬼界隈ではそこそこ有名だけど、能力はぼくも今日初めて知ったし」
「百目木さんたちの能力? もしかして、血を操るとか?」
鋼森を助けたときに、マスオさんは血を操作したように見えた。血液操作も吸血鬼の中ではメジャーとは言えないけど能力としてある。
「そうそう。お兄ちゃん、なかなか察しがいいね」
霧崎くんはぐいっとぼくに近づき、誰にも聞こえないように耳元で囁く。
「ぼく、見ちゃったんだ。百目木兄がお兄ちゃんの血のジュースを自分のところまで操作しているの」
そ、それで、マスオさんの特殊能力が分かったのか。いや、でも、それに気づいたってことは……。
「お兄ちゃん、血を飲まなくて平気なのか、人間から吸血鬼になったばかりだから抵抗あるのか、見届けさせてもらうね。ふふっ、ぼくの中ではお兄ちゃんが真祖筆頭だよ」
その言葉に反射的に生唾を飲み込む。
この先、普通にしていたら、真祖と間違われて霧崎くんに殺される可能性もあるってことだよね。
「それじゃ、ぼくは次の宿泊室を調べてくるよ。なんだか、ドラキュラハンターVのやりたいことが見えてきそうだし。同じゲーマーのぼくを出し抜けると思ってたのかな?」
霧崎くんは軽やかな足取りで次の扉をくぐって行った。
僕は静かに頭を抱えていると、
「ふぉっふぉ。若いのぉ。流石楽しませてくれる。坊主、吸血鬼は見た目で年齢を判断しないほうがいい。それと思想ものぉ」
石垣は愉快そうに言いながら僕の周りをゆっくりと歩く。
煽られているようでムカつくけど、ここで声を荒げようものなら、石垣の思惑通りになりそうで、ぐっと堪える。
「そうだね。まったくその通りだ。吸血鬼にまともな人はいなそうだよ」
「ほっほっ、それならワシと組んで、誰か殺すかな? そこの鋼森なんぞ、すでに2回になっとるし、てっとり早そうじゃぞ」
「だから、僕は誰も犠牲にはしないっ!」
思わず語調が強くなる。
そんな僕の様子をまるで思惑通りといった感じで眺める石垣。
このっ!!
ぐっと、拳に力が入ると、
「あ、赤城、くん。……行こう」
ルリの言葉と、マスオさんに首根っこを掴まれ、僕は強制的に次の扉をくぐることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます