第3話「4ょくじ」
「あ~、その、えっと、ル、ルリさん。は、そのなんで僕を助けてくれるの? 同級生だから?」
ルリさんは静かに首を横に振り、小さい唇を動かした。
「ルリ。呼び捨てでいい。その、えっと、ごめんなさい」
ルリさん、いや、ルリは頭を大きく下げると、そのまま今にも消え入りそうな声で謝罪の理由を話し出す。
「赤城くんが巻き込まれたのがわたしの所為だから。わたしはあのVとかって言う男の言う通り、吸血鬼なの。吸血鬼の一番の特徴は赤く光る眼。わたしも月の出ていない夜は赤く光る。たぶん、そこを見られた。そして、赤城くんといるときに、赤城くんの赤い眼も……。わたしと居なければ、ここには赤城くんは……」
すごく申し訳なさそうに、ぽつりぽつりと言っていく。
だけど、それって、僕の体質もあるし、ルリが悪い訳じゃないよね。
「えっと、ルリ。その、いや、そもそも呼び出したの僕だし、気にしないで」
にっこりと笑顔を見せる。できるだけルリが安心できるように努めて明るく。
うん。全然ルリの所為じゃない。それに告白した女の子が危ない目にあうときに居合わせられたのはある意味じゃ良かったと思うしね。
それにしても、ルリもマスオさんも普通の人間に見えるけど、本当に吸血鬼なんだろうか? 特徴だけで言えば、現在は僕の方がよほど、赤くなる眼なんていう特異体質で吸血鬼っぽいんだよなぁ。
僕はそんな事を思いながら、三人で最後に扉をくぐり、次の部屋へ。
「ここは、食堂?」
ファンタジーものとかで良く見る長いテーブルに椅子が人数分の7脚。
それから食器が7セット。半球状の銀のケースにナイフとフォーク、スプーンだ。
見るからに高級そうで、こんな目に合わされているし拝借してもいいんじゃないかと思う程だ。
先ほどまでの部屋と違い、壁はしっかりと壁紙が張られ、燭台もついている。
床が赤い絨毯なのは同じで、血を目立たせない配慮なのかと思うと吐き気がする。
全員が揃うと、この部屋にもモニターが降りて来る。
「皆様、まずはご着席ください。外の時間が分からないと思いますが、現在夜の8時となっております。そこで心ばかりの夕食をご用意させていただきました」
安っぽいドラキュラの面をしたドラキュラハンターVが優しく語りかける。
これは完全に罠だ。
罠以外考えられないくらい罠だ。
「ふざけてんのか? こんな見え見えの罠に自ら掛かりに行くわけねぇだろ! どうせ毒でも仕込んでんだろ」
鋼森は怒声を上げ、当たり散らすかのように椅子を蹴飛ばした。
椅子は固定されているようで、少し揺れただけでビクともしない。
そのことが鋼森をさらにイラつかせる。
「あー、あー、もちろん毒は入れていませんよ。少なくとも私は同じものを先ほど食べました。そこは安心してください。まぁ、食の好みで嫌いなものだった場合は申し訳ないですがね。くくっ。そうそう、それと着席しなくても構いませんが、その場合――」
Vは神妙にタメを作る。
きっと皆殺しにするような凶悪なことを言うのだろうと身構えていると、
「特になにもしません。ですが、いいんですか? 食事にはもちろん血液のジュースもあります。あなたたち吸血鬼は一定時間血液を採取できないと死ぬ者や獣のように自我を失くすものなど様々ですが、共通して言えるのは生きているとは言えない状態です。そして、それを回避できるのは真祖のみ。ですが、他の吸血鬼に隠れていたい真祖がそんな目立つ真似をしますか? いえ、私としてはしていただいたほうが良いのですがね」
えっ……。
僕は半球状のケースを見る。
あの中に、食事と血液が入っているのか。
食事はともかく、血液を飲むだって!?
飲まなきゃ真祖だかってのに間違われるかもしれない。もしくは人間ってバレたら、百目木兄妹は大丈夫そうだけど、他の吸血鬼はどうだ? フィクションの世界と同じようなら、新鮮な血を吸いに襲ってくるかもしれない。
僕が逡巡していると、ルリは先に座り、その隣に僕。さらに僕の隣にお兄さんのマスオさんを呼ぶ。
僕を呼んだその顔には、安心して任せてと書いてあるようで、たぶんいつの間にか兄妹間でやりとりがあったのだろう。
そう信じて僕も着席する。
他の吸血鬼たちもそれぞれしぶしぶながら着席していく。
席順としては入って来た方を下座とするなら、マスオさんが一番の下座に次いで僕、ルリの順。
対面には鋼森、子供の姿の子、グラマラスな女性。一番の上座には石垣が座る。
「さて、全員着席いただいたようで何より」
その声と同時に鉄製のベルトが椅子から飛び出し、拘束する。
「今から1時間を夕食の時間といたしましょう。それまでに食べ終えなければ、身体に毒が注入されます」
食事に毒はないみたいだけど、食べきれないと毒って、僕ここで死ぬんじゃ。いや、すごく、すご~くイヤだけど、血を飲み干せばなんとかなるかも。
そんな期待を持ちつつ、ケースをどける。
中にはこんがりと皮まで焼けたチキンステーキ。たっぷりとにんにくの効いたトマトソース。さらに皿からはみ出るほどのニンニクチップスが食欲を誘う。反対にもう一皿スープのような位置づけで赤いものが。僅かな鉄の臭いからこれがミネストローネスープなんて気の利いたものではなく、純然たる血液であることが伺える。
と、とりあえず、チキンステーキは食べちゃおう。
僕はナイフとフォークを持っていそいそと食べ始める。
味はこんなシチュエーションでなければ美味しいと思ったかもしれない。うん。こんな状況でも美味しいかもって思えるんだ。普段ならご馳走だっただろう。
あっという間に平らげると、残りは血液のジュースだけ。
どうしようかと逡巡していると、気のせいか量が少なくなった気が……。
一度目と瞬かせてもう一度見ると、やはりかさが減っている。いや、一筋、本当に髪の毛ほどの細さの血の筋が出来ていて、それは僕の隣に座るマスオさんに伸びていた。
いったいどういう理屈なのか分からないけれど、マスオさんが僕の血のジュースを減らしてくれていることだけは分かった。
それと同時にマスオさんはチキンステーキにナイフを深々と刺し、そのまま喰らいついていた。
野性味溢れる食べ方だけど、きっとこういう風にいっぱい食べるから背も高くなったのかな。
2メートルを超える身長は、男性として羨ましい。
「あの、ありがとうございます」
周りに聞こえないように小声でお礼を言うと、マスオさんは一瞬こちらを見るも、再び無言でチキンステーキを貪る。
そして、代わりと言わんばかりに顎で僕の隣を指し示す。
隣? ルリに何かあったのか?
僕は視線を動かすと、ルリのテーブルは血のジュースは空になっていたものの、両手にナイフとフォークを構えたまま、チキンステーキには一切手が付けられていなかった。
「もしかして、苦手?」
僕が聞くと、ゆっくりと頷いて、それからチキンステーキの端を小さく切ってから、口に放り込む。
小さな口がもごもごと動いてから飲み込む。
このまま食べきれないとルリに毒がっ!!
そうだ。僕もマスオさんも普通に食べていたけど、ニンニクは吸血鬼の苦手なものじゃないか! ルリが吸血鬼だって話を信じるなら彼女が食べれなくても仕方ない。
隣にいる僕がどうにかしないと!!
チキンステーキを二人前食べるくらい、ちょっとキツイけど大したことないっ!!
「任せて!!」
ルリの皿と自分の皿を交換すると、チキンステーキを急いで口に詰め込む。
「皆様、お食事中失礼いたします。そろそろお時間が50分経過いたします。あと10分。くれぐれも全て食べていただきますようお願いしますね」
Vからのアナウンス。
だけど、その頃にはルリの分も食べきって、ふぅと一息つきながらお腹を擦っていた。
「……ありがとう」
「いやいや、これくらい、大したことないよ」
遠慮がちにお礼を言うルリは前髪で目が隠れる。
むむっ。せっかくの可愛い顔が台無しだ。
僕は反射的に前髪をあげてしまった。
「あっ! っ!!」
顔を見られるのがイヤだったのか、ルリはすぐに手で顔を隠す。
「ご、ごめん。その、前髪で可愛い顔が隠れるの勿体ないなって思ったら、つい」
「……あまり、顔を見られるの好きじゃなくて。こちらこそ、ごめんなさい」
気まずい沈黙をなんとかしようと、周囲に目をやると、他の吸血鬼の面々も食べ終えたようだったが、ただひとり、鋼森だけが、料理に手をつけていなかった。いや、半球のケースすら開けず、そのままだった。
「鋼森だっけ、食べないのか?」
「あぁ! うるせぇ!! 俺様は誰の指図も受けねぇんだよ! 喰いたくなったら喰うし、そうじゃなきゃ喰わん!!」
語調は強いがその態度にはどこか焦りが見られた。
「ほっほっ。若いのぉ。焦りが隠しきれておらぬようじゃ」
石垣はあざけるように鋼森に声をかけ、このあとの展開を楽しむようですらあった。
「それでは一時間が経過いたしました。皆様、お食事はお済みですか? まだでしたら、こちらをどうぞ」
僕たちが座る椅子の腕の位置からベルトが現れ、全員等しく拘束される。
ただ、鋼森と子供の姿をした子、それからルリのもとには追加で注射器が現れる。
「なっ! なんで!! ルリたちまでっ!!」
椅子のひじ掛けから細い注射針がルリたちを突き刺した。
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