第2話「4殺」

 見ず知らずの赤の他人とは言え、目の前で人が死んだ。

 嘘だろ……。ショックというか、なんというか、なんだろう頭はいたって冷静なのに自然と涙がボロボロとこぼれている。


「な、なんてことを……うっ、うう」


 こみ上げてくる吐き気を抑える為、目を伏せる。けれど、そこには嫌でも血を連想させる真っ赤な絨毯。

 ぎゅっと強く目を瞑ると、先ほどまでは気づかなかった小さな音、いや声が聞こえて来た。


「いでぇえ! ぢぐしょう!! いでぇえ!」


 ほとんど肉片と大差ない不良の半分欠けた口から声が漏れ出している。

 事切れる寸前の怨嗟のような声だが、次第に、


「痛てぇ!! ぐそっ!! よくも俺様にごんなひどいごどを!!」


 体が修復していき、声もしっかりと聞き取れるようになっていく。

 

 な、なんだ? さっきまで、確実に死ぬくらいボロボロだったのに。今は服も含めて元通りになっていっている。

 こ、こんなの人間じゃありえないっ!!


 そ、そう言えば、さっき吸血鬼って。

 確かに、目の前で起きている所業は、この不良みたいな男が吸血鬼でもないと説明がつかない!

 けれど、ほ、本当に実在するのかっ!?

 吸血鬼なんてフィクションの話じゃないのかっ!?


 そんな僕の困惑とは関係なく、ドラキュラハンターVは再び口を開いた。


「さすが鋼森こうもり鋼鬼こうきさん。なかなかの再生力をお持ちですね。普通なら今ので死ぬはずなんですけど。さて、ではそんな鋼森さんは真祖かもしれない可能性に一歩近づきました。腕時計を見てください」


「あぁん? 腕時計だぁ?」


 鋼森と呼ばれた男は腕時計を確認する。

 僕の腕時計と違い、いつの間にか電源が入っており、ディスプレイになにやら文字が浮かんでいる。


「1回。刺殺? なんだぁ? こいつはぁ?」


 首を傾げ、さらに腕をぶんぶんと振り回す無駄な行動を見せていると、モニターから、


「鋼森さんが一度死ぬような罠に引っかかったということです。それが累積4回になると、私の場所まで案内する地図が表示されます。そこで私と殺し合いましょう! 無事私を倒せば帰れますし、結果として他の方々も解放されるでしょう。ですが、逆に私に殺された場合は続行です。残った皆様には、4回死んでも生きている者が出るまで続けていただきます」


「なるほど。死ななければ、俺様をこんなにしたテメーをぶっ殺せるってことか。そいつぁ……。めんどくせぇ!! 今すぐにぶっ殺しに行ってやるよぉ!!」


「お好きにどうぞ。確実に私の元に辿り着く前に4回は死ぬでしょうから。ハハハっ」


 バキっ!!


 不気味な笑い声を発するドラキュラハンターVが映ったモニターは、いつの間にか高く飛び上がった鋼森によって破壊された。


「死ねっ!! クソがっ!!」


 モニターは壊れ、それ以上映像を映し出すことはなかったが、スピーカーが生きているようで、


「それでは私が真祖を狩る為の、シンソゲームのスタートですっ!!」


 という最後のアナウンスが流れた。


「ふざけやがって。俺様がぜってーぶっ殺す!!」


 そのまま鋼森は唯一ある扉に向かい、再び蹴りを入れると、先ほどまでビクともしなかった扉はいともたやすく開き、蹴った本人でさえ呆気に取られた。


「はっ! 自分から罠に掛かりに来いってか? 上等!!」


 そのまま鋼森は一切の躊躇もなく、扉の先へ進んでいった。


               ※


「マスオ兄さん。そろそろ……」


 百目木さんは、言いづらそうにしながら、巨体を誇るマスオさんに声をかける。


 マスオさんは、頷くと、杭を避ける為に抱えていた僕と百目木さんを降ろす。

 衝撃の連続で、抱えられていることすら忘れていた。


「その、助けてくれてありがとうございます」


「…………気にするな」


 ぼそりとそれだけ返す。


 地に足ついた僕はだんだんと冷静になるというか本来の感覚が戻って来たというか。急に色んな事が頭を駆け巡る。


 ど、どうすれば、いいんだ。

 4回死んで、さらに黒幕を倒してようやく脱出できるなんて、人間の僕にはどう考えても無理ゲーだろ。

 そもそもなんで、僕が捕まったんだ? それに百目木さんも!!

 他の人たちは本当に皆吸血鬼なのか?

 ここで、こんなところで死ぬのか?

 百目木さんはどうなる?

 警察とかは何をしてるんだ?


 嫌だ。早く帰りたいっ!


 そんな思考がぐるぐると巡っていると、ぽんと優しく肩に手を添えられる。

 不意の出来事にびくっと身体を震わせる。


「大丈夫? ……震えてる」


 どうやら、驚いて体を震わせる前から恐怖で震えていたようで、心配した百目木さんが、そっと肩を撫でる。


「赤城くんは心配いらない。私が守るから」


「えっ?」


「大丈夫だから」


 僕を安心させる為か、ふっと微笑むその姿はまるで聖母のようであった。

 先ほどまでパニックになりそうな恐怖の中にいたのが嘘のように、我ながら単純だと思いつつも、今は彼女の微笑みが可愛かったという感想で頭の思考回路は埋め尽くされていた。


「すぅ~、はぁ~~。うん。もう大丈夫。ありがとう!」


 一度大きく深呼吸し、これ以上情けないところは見せないと。そして、彼女が僕を守ってくれるなら、僕が百目木さんを守ろうと覚悟を決めた。


 さて、あんまりデスゲームものの作品とか見ないけど、それでも生き残る為に行う最善手くらいは予想がつく。

 それは――


「このシンソゲーム。殺し合いではなくて、罠から逃げるタイプのデスゲーム。それなら協力するのが重要だと思うんだ」


 僕はまだここに残っている人たちを見る。

 先ほどの石垣と呼ばれた老人、それから、礼装に短パンの子供と胸元が大きく開いたグラマラスな女性。

 それから僕ら3人の計6人が残ったままだった。


 僕は彼らに声を掛けようと歩み寄ると、


「ほっほっ。無駄じゃ。無駄。ワシらは常に独りでおったからのぉ。協力なんてせんよ」


 石垣さんに呼び止められ、協力の申し出自体を止められた。

 その間に残りの二人もこの部屋から出て行ってしまう。


「あっ――」


 とっさには声もかけられず、ただただ見送ってしまった。


「じゃが、もし良ければワシは協力しようかの」


「本当ですか!? それならなんで、あの二人を誘わなかったんですか?」


「そりゃ、このデスゲームとやら、誰かが4回死んで、あのドラキュラハンターとか言うのを殺せばええんじゃろ。なら、この本質は蹴落としじゃ。あの3人にさっさと4回死んで貰う方が賢いじゃろ」


 ニチャリと口が開き、不気味な笑みを浮かべる。その口元からは発達した犬歯が伺い見れる。


「なっ!! そんなのダメだ!! 誰かを犠牲にして得る幸せなんて!! っ!!」


 不意に頭痛が襲う。

 セピア色の記憶。誰かが自分の為に犠牲になるシーンが思い出される。

 誰だったか、いつだったか、まだ幼いときのような随分昔の記憶。

 その誰かはどこか百目木さんに似ていた。


「くっ、とにかく。ダメだ。あんたがその気なら、僕は皆を助ける為に動く!! 皆で幸せになるんだっ!!」


「ほほっ。若いのぉ。そんなんじゃ、この爺どころか仲間からも足元を救われるかもしれんぞ?」


 石垣の言葉を受けると、僕の代わりに百目木さんが間に立ちはだかる。


「わたしは裏切らない。……赤城くんの考えに賛同できるから」


「うっ!!」


 僕からは見えなかったが、どうやら百目木さんは相手を睨みつけでもしたようで、その圧に石垣は口ごもる。


「ふんっ! 勝手にせい。どうせ、そのうちワシが正しかったと思い知るわ。所詮吸血鬼はソリストよ!」


 吐き捨てるように言いながら、石垣も扉の先に進んで行った。


「あ、ありがと。それから、ごめん。百目木さんたちは僕を守るって言ってくれたのに甘えて、皆を助ける為に動くなんて啖呵切って。百目木さんたちも巻き込むことになるし、僕を守るのは――」


 僕が全て言い終えるより前に、百目木さんの細い指が唇に触れる。

 まるで氷のような冷たさと不意の出来事に驚き、一歩後ずさる。


「わたしの心は変わらない。赤城くんは守る。あなたはあなたの好きなようにしていいの」


 表情一つ変えず、まるで当たり前かのように言ってのける彼女。けれど――。


「そ、それから、百目木さんは、兄さんと紛らわしいから、ルリって呼んで」


 そっちは頬を染めながら俯きがちに言うので、僕もなんだか意識してしまい、「わきゃった!」と盛大に噛んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る