05話.[本当にいらない]
二月十四日が近づいた頃、なんか変なことが起きた。
それは翼があの子と別れた――ということではなく、最初から付き合っていなかったと教えてくれたのだ。
一応男の子の方にも確認してみた結果、そういうことらしかった。
なんのためにそんなことをする必要があるのかが全く分からなくて久しぶりに混乱した。
「付き合っていなかったんだって」
「今朝急に本人が教えてくれたよ」
「あ、そうだったんだ」
ちゃんと彼にも言うあたりが怪しかった。
実は好きだったとかそういうことも十分ありえる。
あんなことをした理由は気を引きたかったとかそういうことかなと想像してみた。
でも、本人達はよくてもあの子にとってはいいことじゃないからなあと。
「どうするの?」
「どうするのって、彼氏がいないなら動くに決まっているだろ」
「はは、そっか」
うわあ、こいつ馬鹿だろとでも言いたげな顔をしているよ。
そうか、ということはこうしてふたりで過ごせることもなくなるということか。
だけど彼や翼が楽しそうならそれでいい。
別れた状態であれば常識の範囲でやっている限りは文句を言われることはないはずだった。
「瑞桜先輩――」
「君も意地悪だね」
「な、なんでですか」
付き合い始めたことも言ってくれないうえにそのことも隠していたんだから。
なにもかも言いたくないということなら近づいて来なければいいと思う。
私だって積極的に絡みに行っていたわけではないんだし、避けようと考えたのならいくらでもそうすることができたというのにそれをしなかったから。
まあ、翼と比べたら一緒にいられた時間は遥かに少なかったので、それがその表れだと言われたらそれまでなんだけど。
「君はちゃんと付き合っているんだよね?」
「……付き合ってから一ヶ月程度で別れることになったので」
えぇ、なんだそれ……。
この前はあたかも付き合っているみたいな発言をしていたというのになんだこの姉弟は。
「まあいいや、だけどこれからはそんな嘘をつかないでよね」
「僕のは言っていなかっただけで嘘をついていたわけでは……はい」
とりあえずは観察することが大事になりそうだ。
また、翼から仮に恋愛相談を持ちかけられた場合、相手が俊君じゃない場合でも応援するつもりでいる。
さすがに一緒にいた時間の違い的にそこは諦めてもらうしかなかった。
「み、瑞桜」
「どうしたんですか? 嘘つき少女さん」
「……ちょっと話したくて」
頼むからこれ以上ごちゃごちゃにしないでもらいたかった。
付き合っていなかったこととそれを隠していたことでもういっぱいいっぱいなんだから。
私を騙したところで楽しいことなんてなにもないぞ。
「あ、あのさ、怒ってる……?」
「怒ってはないよ、でも、なんでそんなことをする必要があったのかが分からないというだけ」
「そうだよね、あの子にだって迷惑をかけてしまったわけだし……」
「言えることなら教えてよ」
言えないということならもうそういう態度でいてほしくなかった。
寧ろ別にいいだろ的なぐらいの態度でいてくれていた方がいい。
俊君の真似をするのが一番だと思う。
失礼すぎる態度じゃなかったらそれまたなにかを言われることはないだろうから。
「ごめん、それは言えない」
「そっか、ならもうそんな態度でいないでよ」
どうして言いたくなったのかもどうでもよかった。
いまはひとりでいたいようだから離れておくことにする。
いつかはこういうことになると分かっていたからその点では驚いたりはしない。
だけどいい気持ちにはなれないのも確かだった。
どうでもいいとか考えておきながら少しむかついているかもしれないということに気づき、余計に一緒にいることは不可能になった。
「あの、嫌いにならないであげてくださいね。ほら、親友だからってなんでも言えるわけではないじゃないですか」
「そうだね」
誰とも会わないで済むようなそんな場所に行きたかった。
だから私はあの空き教室に移動した。
志村さんとももうずっと話していないし、ここにいても来たりはしないから安心できる。
いま誰かといると八つ当たりをしてしまいそうだったから助かっていた。
「瑞桜」
「驚いたな、翼を振り向かせられるかもしれないとなった瞬間に名前で呼んでくれるんだ」
「悪かった、お前とか言ってしまって」
「やめてよ、少し気になっただけでむかついたこととかはないよ」
やばい、普通に寂しい。
翼といられなければひとりになる私にとっては貴重な存在だったんだ。
でも、迷惑をかけたいわけではないから我慢するしかない。
「ね、最後に手を握らせてよ」
「は? あ、まあいいけど」
なんで抱きしめることなんてしたの、とは言わなかった。
あれは無理だと考えてしまっていた彼もいたということで片付けておこう。
あ、頬とはいえキスしてしまったことは申し訳ないけど忘れてほしい。
頑張った結果、それでも無理だったら私のところに来てくれれば相手をするからとは言っておいた。
「あれ? そういえばなんであそこが分かったんだろ」
別れてからそんなことに気づくなんて正に馬鹿、だった。
ま、まあいい、変な感じにはさせなかったんだからいいはずだ。
いつまでも避けていたところで仕方がないから教室に戻ることにした。
さっきのでかなり落ち着けたから多分八つ当たりすることはもうない。
「お、おかえり」
「ただいま。あ、彼氏君と行動することがなくなったなら一緒に帰れるよね?」
「うん……って、一緒に帰ってくれるの?」
「当たり前でしょ? 今日からまたよろしくお願いしますね」
「う、うん、よろしく」
また動き出すその日まではこんな緩い感じでいいだろう。
簡単に言ってしまえば翼といたい欲が大きすぎてしまったから、なんだけどね。
「ぬお~」
俊君、あ、青野君が積極的に翼といようとすることで結局無理だった。
故に私は当然のようにひとりになってしまっている形になる。
青野君的にはよくても私的にはよくないんだよーと、少しだけ不満が溜まってきているところだと言えた。
「まだ残っていたんですか?」
「望君か、君のお姉ちゃんを取られてしまってね」
「俊は積極的になれてすごいですね」
「うん、そこは完全に同意見だけどね」
ただ、休み時間全ての間独占しようとするのは勘弁してほしかった。
放課後は独占してもいいからせめてそれまでは私に譲ってほしい。
あとね、翼の満更でもなさそうな感じがあ、察し、となってしまうんだ。
青野君の気を引きたくてあんなことをしていたとしたら正直馬鹿だとしか言いようがない。
だって本命が向いてくれていたのに違う子と一緒に多く過ごしていたんだからね。
「そろそろ帰りましょう、まだまだすぐに暗くなりますからね」
「じゃあ望君に付き合ってもらおうかな」
「どこかに行きたかったんですか?」
「ちょっと豪快に炭酸でやりたかったんだよ」
「はは、分かりました」
こういうときは強炭酸に任せてしまうしかない。
元々小さいことではごちゃごちゃ考えない、そうやって過ごせてきていたんだからぶっ飛ばせばどうにかなるはずだった。
相手をしてもらえないとはいえ、さすがに仲がいいのかどうかすらも分かっていない彼に頼るわけにもいかないから必要なことなんだ。
いや待て、だからこの時点で私らしくないことになってしまっているんだ。
「望君、いまも言ったように翼は青野君に取られちゃって私はひとりなんだよ」
「はい」
「だからさ、君さえよければ一緒に過ごしてくれないかな」
「それってこうして毎日放課後にってことですか?」
「いや、できるなら休み時間とかも会えるといいけど」
断られてからうだうだ考えればいい。
仮にここで無理だと言われてもへこむ人間ではないから問題ない。
で、ここまでやってこれは頑張っていることに該当しているのではないかと気づいて少しだけテンションが上っている自分がいた。
「休み時間とかは無理ですけど、放課後でよければ付き合いますよ」
「それで十分だよ、ありがとう」
ただ、これは私が年上だからというのが影響してしまっている気がする。
あとは彼の優しさを利用してしまっているようなものだからあまり喜べることではないことだと言えた。
まあいいや、来てくれたときだけ相手をさせてもらうということにしてしまえば。
それならうざ絡みみたいになって引かれるようなことはなくなるはずだから。
「ぷはあ! 冬でもこの刺激だけは絶対に必要だよ!」
「僕は冬なら温かい飲み物の方がいいです」
「別に押し付けてはいないでしょ、そっちが好きなら好きでいいんだよ」
彼のいいところは青野君のいいところと似ている。
はっきりこうして僕なら~と言ってくれるから安心できる。
ここで無理やり合わせてくれようとする子であれば私は離れていたね。
一緒にいるだけで申し訳無さを感じるようになってしまったら駄目なんだ。
「もしかして俊と仲良くしたかったんですか?」
「寂しくはあるよ? でも、だからって邪魔はできないからね」
翼のことが好きなら振り向かせられるように動いてほしい。
動けなかったまま終わってしまうよりも遥かにいいことだと思うから。
私のこれはひとりになってしまうからという気持ちが大きかっただけだ。
別にそこに恋愛感情があったわけではないからこうするのが一番だったはずで。
「それに君のおかげでひとりにならずに済むんだから大丈夫だよ」
「俊やお姉ちゃんといられないからという理由で求められるのは嫌です」
「そう言われても困るよ」
「だってその感じじゃふたりがいてくれたら僕のところには来ないということじゃないですか」
そんなことはない……とは言えないのかな。
事実、翼がいてくれているときは全く行っていなかったわけなんだから。
でも、彼も全く来ていなかったからあれは彼のためでもあったことを忘れないでほしい。
一緒にいたがっていない子のところに空気を読まず何度も行ったりはしないって、という感じだった。
「やっぱりなしにしましょう」
「あ、まあ、君がそう言うなら仕方がないね」
「利用されるのは嫌なんですよ」
利用ってと言いたくなったけど同じようなものか、仕方がない。
ひとりでいても別に死ぬというわけではないから普通に存在していればいい。
学生なんだから授業を真面目に受けて、放課後になったら帰るという生活でいい。
なんか悲しさとかよりも仕方がないで片付けられてしまうあたりが自分らしいな。
また得意のアレをすればいいだろう。
求めることをやめてしまえば本当にそれに対して興味がなくなるから面白い。
望君が去ってしまったいま、残っていても仕方がないから帰ることにした。
まあそう上手くはいかないのが現実というやつだった。
「もう二年生も終わるのか」
ぼへーっとしている内にどんどん時間が経過していく。
四月になれば青野君や望君も二年生に、ということになる。
新しく若い子が学校に入学してきたら……変わらないかと片付けた。
去年だって望君にぐらいしか反応しなかったわけだからね。
「ひとりで呟くようになっちゃったら終わりだよ」
「うるさい、誰のせいだと思っているの」
「え、それは……瑞桜のせいじゃない?」
「ひっど。まあ、さすが友達が多い人って褒めてあげるべきなのかもね」
最近は教室から消えることが多かったからこれは珍しいことだった。
どうして来たのかと聞いてみたら「寂しそうにしていたからだよ」と言われて黙る羽目に。
寂しさとかよりもなんとも言えない感情が内にあって面倒くさいんだ。
「私、望君に振られちゃってさ」
「え、告白……したの?」
「違うよ、一緒に過ごそうと言ったら断られてしまったというだけ」
告白なんかするわけがない。
相手がそうであるようにこっちだって誰でもいいわけじゃない。
ほとんど一緒にいられていない子のことを好きになったりできるような乙女みたいな人間ではなかった。
「青野君は翼に取られているし、翼は青野君に取られているからずっとひとりぼっちなんだよ」
「その割には全く気にしていないようにしか見えないけど」
「それはそうだね、翼だったら私がそういう人間だって分かっているはずでしょ?」
諦めようと決めたら簡単に諦められてしまうんだ。
判断能力がすごいのか、それとも、ただ怠惰な生き物なだけなのかは分からないけど、そう諦めて悪い方に傾いたことがなかった。
きっと空回りする自分を見てマイナス思考をすることが少なかったからだと思う。
努力すればなんでもできるというわけではないわけだし、これからもこうやって自分らしさを守っていければいいとそういう風に考えた。
「お姉ちゃんの方はどうなの? 青野君と仲良くやれているの?」
「それが……」
「もしかして嫌だとか?」
「い、嫌ではないんだけど……」
彼女はうつむきながら「なんか違うんだよね」と言ってきた。
違う、そう言われてもなにが違うのか分からないからどうしようもない。
別に好きな子がいるということならはっきりしてあげてほしいとしか言えない。
聞いてみたらやっぱりそういうことだけは言ってくれないみたいだった。
「それとね、俊くんから無理している感じが伝わってくるんだ」
「あの子から? それなら自分から離れていくと思うけど」
「なんとなくなんだけどね、そういう風に感じて自然ではいられなくなっちゃうというか……」
最近は多く一緒にいるわけだから見間違いということもないだろう。
ああ、好きな相手と一緒にいるから焦ってしまっている可能性もあるのか。
好きな人間を相手にするのと私みたいにどうでもいい人間を相手にするときとじゃ差が出て当たり前だと言える。
なるほど、そう考えると益々可愛い存在だなと言いたくなってしまうな。
「瑞桜といたときはどうだったの?」
「あくまで普通かな」
呆れたりすることはあっても慌てるようなことはなく冷静に対応できていた。
冷たさだけではなく柔らかさや優しさもちゃんとあって、そういうところが本当によかった。
おお、実は結構気に入っていたのかもしれないといまさら気づいた。
まあでも、気に入っていても来てくれるわけではないから本当にいらない感情なんだけども。
「私から言えることは翼がいたいなら一緒にいればいいということかな、一緒にいたくないのに一緒にいたらそれこそ無理している感じが出てしまうからね」
「……普通に友達として一緒にいたいんだよ」
「あ、それなら……」
どう言ってあげるのが正解なんだろう?
まだ好意を伝えていないわけだからその状態で「友達として仲良くしたいんだ」などと言ったら微妙ではないだろうか?
だけど気持ちがないのは確かだからそれがもしかしたら一番ダメージの残らない方法という可能性もある。
「……なんとなくそういうつもりで来てくれているんじゃないかと感じるときもあるんだよ」
「それなら少し自意識過剰みたいになってしまうけどはっきり言ってあげた方がいいんじゃないかな」
ごめん、それでもこうとしか言えない。
翼にその気がなければどうにもならないことだから。
せめて今回は近くにいませんようにと願っておいた。
直接言われるよりも傷つくことだと思うから。
「うん、弄びたいわけじゃないからね」
「うん」
頑張ってと言うのも違うからそれだけにしておいた。
次の休み時間に言いに行くみたいだったから私はその間、どこかに逃げよう。
どちらの顔もなんとなく見づらくなりそうだったからなのと、こういうごちゃごちゃしたことが起きるならひとりの方がいいと感じてしまったからだ。
まあでも、自分を守るために行動することは別に悪いことではないだろう。
誰だってしていることだから申し訳無さを感じる必要はないと片付け、とりあえずは授業に集中することにしたのだった。
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