04話.[言われても困る]
「なんだこいつ」
全く警戒せずに男の家ですーすーと寝ていやがる。
仕方がないから早く起きたのをいいことに外に出ることにした。
もちろんただ歩きたかったわけではなく、あいつの保護者的な人間を呼ぼうと動いているところだった。
「……もしもし?」
「篠崎姉を呼んでくれ」
「……それにしたってもうちょっと後でもよくない?」
「早くしてくれ」
で、五分ぐらいが経過してから眠そうな姉が家から出てきてくれた。
「……今日はお正月なんだよ?」
「家であいつが寝てる、付いてこい」
「あいつ……?」
「あいつと言ったらあいつしかいないだろ」
「まさか瑞桜!?」
しゃっきりしてくれたならそれでいい。
寧ろ先輩の方が「早く行こう!」と言ってくれたから助かった。
常識人のように見えて実は先輩の方がしっかりしていたということだ。
「なんでそんなことになったの?」
「それは先輩のせいだ」
「あー、これまでずっと一緒に行っていたのに彼氏を優先しちゃったからか。もしかして投げやりな態度だったりしてた?」
「投げやりというか、どうしても行かなければいけない的な感じは伝わってきたな」
「毎年何気にハイテンションだったからね」
関わる度にあいつのことが分からなくなる。
というか、これまでは顔とかを知っていただけでなにも分かっていなかったんだから当然と言えば当然だった。
あいつが馬鹿だと思う点は信用してしまっているのか変なことを言ってきたりすることだ。
……まあ俺もあんなことをしてしまった時点で馬鹿だが、あいつはもっと馬鹿だからこう言っても悪くはないだろう。
「というか、またお家に連れ込んで悪い子だなあ」
「……今日のはあいつから言ってきたんだよ」
「へえ、瑞桜的に君は悪くない存在なのかもね」
いや、多分問題ない男が相手だったら誰にだってあんな態度でいると思う。
そうじゃなかったら寧ろ怖い、あと親はなにをしてきたんだと心配になる。
そもそもクリスマスのときに普通に付いてきた時点で女としては終わっている。
俺が高校の制服を着ていたからというのはあるだろうが、それだけで大丈夫だと考えてしまうのは短絡的だとしか言えなかった。
「着いたー……って、こんな時間から迷惑じゃないかな?」
「俺以外は誰もいないから気にするな、入るぞ」
「あ、うん」
先輩も先輩で一切警戒せずに入ってくるとか駄目だな。
類は友を呼ぶというのは本当のことなのかもしれない。
結局そういうところへの意識ががばがばというか、こっちが不安になるぐらいだ。
客間に寝ていると言ったら遠慮なくすぱんと扉を開けて入っていった。
「瑞桜ー」
「んん……」
「起きてー」
日付が変わったぐらいの時間に寝ているからこれは仕方がないのかもしれない。
五時間程度じゃそりゃ眠たいだろうと言いたくなる。
じゃあお前はなんだよと言われたら知らないと答える。
何故か目が覚めてしまったんだから仕方がない。
「瑞桜!」
「うひゃあ!? ……って、なんで翼がいるの?」
「この子が呼んでくれたんだよ」
「あ、俊君か、まあそれは当たり前だよね」
呑気にあくびをかいていた。
だが、歯磨きをしたいということで出ていこうとしたから付いていくことにした。
まだ外は暗いし、暇だから付き合ってもらわなければならない。
「瑞桜、もう少し慎重に行動しないと駄目だよ?」
「大丈夫、それに俊君はすぐにつまらなさそうな顔をするから変えたいんだよ。簡単に言うと、私じゃなくてもいいから他者を求めるようになってほしいんだよね」
「瑞桜は求められているでしょ?」
「んー、それは違うんじゃないかな」
何故かこっちの腕を掴んでから「ほら、こんな顔をしているからね」と。
いきなり腕を掴まれても意味が分からなければこんなもんだ。
あと、そこまでつまらないと感じたことはなかった。
登校し、授業を受け、家に帰る。
作業的な感じになってしまっているのは確かだが、別にそこに不満を抱いたことはない。
それと俺はひとりでいる時間も誰かといる時間も同じぐらい嫌いではなかった。
そうでもなければわざわざこいつを誘ったりはしないというもんだ。
「先輩も行くのか?」
「え、もしかしてお邪魔なの?」
「別にそういうわけじゃない」
その方がこいつも安心できるか。
あとはどんな感じなのかをしっかり見ておきたい。
直接その場で気をつけた方がいいと注意してくれる人間がいるのはいいことだ。
「おい、歯を磨いたらまた俺の家に来い」
「おいじゃないんだけど、そろそろ名前で呼ぼうよ」
「俺らはまだ一週間とかそこらの仲だろ」
なんかあれだったから外で待っておくことにした。
そうしたら物好きな先輩も付いてきたから好きにさせておいた。
「そのマフラーって瑞桜のだよね? またわがままで奪ったの?」
「ちげえよ、本人がクリスマスのときにくれたんだ」
「君はなんのために瑞桜に近づいているの?」
「ただの暇つぶしだよ」
向こうだって夜まで両親が帰ってこなくて暇だって言っていたから悪くはないはずだった。
意外だったのは先輩が怒ってくることはなかったことだ。
だってこういうことに関してはうるさそうだからな。
俺だって自分の友達に近づく理由がそれだったらぶっ飛ばす自信がある。
「お待たせー」
「行こ」
「うん」
結局、その後も観察を続けてみたものの、理解が深まるようなことはなかった。
「瑞桜先輩」
おお、ちゃんと呼んでくれる望君はやっぱり可愛いな。
でも、俊君は俊君で可愛いからあのままでいてほしいと思う。
寧ろ無理をしていいキャラを演じられるよりは遥かにいいというやつだった。
あの冷たい感じの中に優しさを感じられるからいいんだ。
「やっぱり望君とはほとんど学校でしか会えないね」
「そんなことありませんよ、あ、そういえば俊が呼んでいましたよ」
「あれ、やっぱり友達だったの?」
「はい、連絡先を交換しているぐらいですからね」
お正月のときも早い時間に起こされたということを教えてくれた。
なるほど、それで朝があまり得意ではない翼があのとき来てくれたのか。
とにかく、そういうことなら行かなければならない。
……翼は休み時間でも彼氏君や友達とばかりいて悲しいんだ。
「俊、瑞桜先輩を呼んできたよ」
「おう、ありがとな」
「うん、それじゃあまた後でね」
お、お礼、言えるのか。
ああもうなにもかもが可愛いってすごいな。
翼に対しては先輩って呼ぶところも可愛い。
あとは私に対して「お前」と言うのをやめてくれればそれでよかった。
仮に後輩と関わっていたとしたら絶対に敬語をやめてって言うからだ。
もっとも、言うことを聞いてくれない望君みたいな子はいるけど……。
「やっぱり友達だったんじゃん」
「別に友達じゃないなんて言ったことないぞ」
「確かに」
でも、望君には彼女がいるからほとんどひとりぼっちである点は変わらないので、やっぱり私と彼は似ているような気がした。
ほら、地味に優しいところとかもそっくりな気がするからね。
「それより今日はどうしたの? わざわざ望君に呼びに行かせる必要があるぐらいの用があったということだよね?」
寧ろそうでなければならない。
もし大した用事もないのに他人を利用したということならそれはよくないことだからだ。
きっと彼はそんなことをしない、私はそう信じている。
「いや? 単純に俺自身が行くのが面倒くさかったからだ」
「えぇ、人を使うのはやめようよ」
正直すぎるのもそれはそれで問題だということが分かった。
これは相手が許容できる人間でなければすぐに争いに発展しそうだ。
まあつまり、相手が翼だった場合には絶対に出さない方がいいところではある。
可愛くないとかそういうことも言えてしまう子だから怖いところもあった。
「俺を無理やり連れて行ったお前がそれを言うのか?」
「お、お礼として一緒に過ごしたでしょ」
「一緒に過ごしたねえ」
布団を敷くなりすぐに帰ってしまったのが彼だ。
ひとりになってしまったらあの時間であれば寝るしかない。
他人の家を冒険して歩き回るわけにはいかないし、責められるようなことではないはずだ。
しかもその前は抱きしめさせてあげたんだから満足してほしかった。
それが恥ずかしくてすぐに帰ってしまったということなら、可愛いとしか言えないけども。
「君は不思議な存在だよね、意外とこうして興味を持ってくれるんだからさ」
普通だったらあの日だけで終わっているところだった。
こうしていまも一緒にいられているのは間違いなく彼のおかげだろう。
「俺は別にひとりでいるのが好きというわけではないからな」
「でも、例えそれでも私を誘ってくれるところが嬉しいんだよ」
「知らない人間というわけではないからな、それに騒がしくないところはお前のいいところだと思う」
「お、おお、そうなんだ?」
「ああ、騒がしい人間は嫌いだからそのままでいてくれ」
心配しなくても私はずっと私らしくいられるから大丈夫だ。
翼みたいなキャラにはなれないということも分かっている。
それに好かれようとしたところでどうこうなる問題ではないことだった。
仲良くしたいのは確かだけど、別にその先の関係を求めているわけではないんだ。
そもそもの話として彼は私に興味を抱いたりはしないだろう。
言っている通り精々時間つぶしの相手ぐらいにしかなれない。
直接否定されなければ傷つくこともないからそれでいい。
恋は他の人達が頑張ってくれればそれでよかった。
「来たばかりで悪いけどそろそろ戻るよ、ちょっと予習でもしようと思ってね」
「そうか」
真面目にやっていれば仲良くだってできる。
また、仲良くなれなくても先生とかに問題視されるようなことはないからね。
というか、いつかは暇つぶしの手段としても利用されなくなるだろうから深追いは危険というやつだった。
ひとり勝手に期待して無駄に傷つくようなことにはなってほしくないから気をつけなければならないと改めた。
「うぅ、早く冬が終わらないかなぁ」
「そんなに寒い?」
「寒いよっ、下手したら鼻水だって垂れちゃうぐらいだよ!?」
二月も近づいているから仕方がないのかもしれなかった。
納得がいかないのか私がおかしいとか言ってくれた。
でも、悪口を言われることよりも辛いと感じたことはないからそこは諦めてもらうしかない気がする。
「最近は彼氏君といられるから気にならない! みたいな感じだったのにね」
「だ、だからこそだよ、だからこそ一緒にいられていないときは余計に冷えるというか……」
「つまり惚気けたいということなんだね?」
「違うよ! なんでちょっと意地悪な感じなの!」
それは目の前でいちゃいちゃを繰り広げてくれることが多いからだ。
あの子も年下なのに全く気にせずに入室してくるからすごいと思う。
私だったら……あ、いや、先輩の教室にぐらいは入れるか。
ただ、好きな人を相手にしているときは上手くやれなさそうだからその点では違うかなと。
「瑞桜こそ俊くんを連れてくればいいじゃん!」
「私とあの子はそういう関係ではないんだよ」
お互いになんにも求めていないからこそぎこちなくいられている。
だからこの先もあんな感じでいてほしかった。
そうすれば私が変に意識して壊してしまうこともないから。
正直、いまのままならそうできる自信しかなかった。
一度◯◯をしようと考えてしまえば大体はそういう風に動けるからだ。
「名前呼びになったのはどうして?」
「それは家に何度も来ているからかな」
「なるほど、望君の友達でもあるからおかしなことではないよね」
もし彼女を狙っているということなら止めなければならない。
また、特に問題もないのにあっさりそれで寝返ってしまってもそれはそれで問題になる。
まあ、翼に限ってそんなことはないけども。
「望君と友達だったということは前々から知ってた?」
「あー……実はね」
「なんで隠したりなんかしたの? そんなことをしても全くメリットがないのに」
私に教えたくなかったとかそういうことなのかな?
隠したところでメリットというやつが見つからない。
だって私が出会ったときには既に彼女は彼氏と付き合い始めていたんだし、クリスマスに会われていたら意味がないという話だった。
「俊君が私のことを知っていたのも翼が教えたの?」
「望が教えたのもあるし、……私が教えたのもあるよ」
って、どうでもいいよこんなこと。
知られて困る情報なんて実際はなんにもない。
ほくろの位置とかも知られているわけだけど、別にそれを知られようと構わない。
直接言われなければノーダメージでいられるんだ。
「おい」
「あれ、来てたんだ」
「まあな、ちょっと付き合え」
いまのを聞いていて全てを吐いてくる、なんてことにもならず。
二年生の教室と一年生の教室の丁度中間辺りの場所で彼は足を止めた。
「先輩を責めないでやってくれ」
「え? あはは、責めたりしないよ、知られたところで気にならないしね」
大して知っているわけではないものの、そこで庇おうとするところが彼らしい。
難しい顔、冷たい顔、そういうのがデフォルトだからいまどういうことを考えているのかは分からない。
でも、本人が言っていたようにひとりでいるのが好きというわけではないみたい。
この前見に行ったときなんかには望君以外の男の子とも話していたのと、今回みたいに来ることがあるからなおさらそう感じる。
「どうして私の情報なんて聞いたの?」
「篠崎がよく話をしていたからだ」
「え、それって彼女さんができる前だよね?」
「細かくは知らないけど、中学のときはよく話していたからな」
望君的には姉がお世話になっているとかそういう風に見えていたのかもしれない。
実際のところは私がお世話になっていた、というだけのことだ。
最近だとなんか一緒にいる度に敵わないなあと考える自分がいる。
他人と比べてどうのこうのと考えるような人間ではなかったんだけど、少しだけ不安な方向へ傾いているとそうなるということを今回の件で学んだ――って、不安なこととかなにひとつとしてないけどな。
二重人格者じゃないんだからこのままじゃ駄目だ。
表と内の差はともかく、内で差があってはいけないんだ。
「君もよく分からない子だね、そんな情報を聞いたところでなんの得にもならないでしょうに」
「篠崎が聞いてほしそうにしていたからだ」
「うん、その方が君にとってはいいね」
望君だって話を聞いてもらえて、興味を持ってもらえてよかったことだろう。
いや違う、望君が私の話を関係のない彼にしたようには考えられなかったんだ。
だって本当に一週間に一度会えればいいぐらいの距離感だったんだからね。
翼に聞いてみたら中学三年生のときに彼女はできたわけだし、それを言ってくれなかった時点でどれぐらいの関係かは分かってしまうわけだ。
それと、私はずっと彼女とかできたのかとか聞いてうざ絡みをしていたから。
もっとも、答えたくない理由が明白すぎるから仕方がない面はあるのかもしれないけど。
「本当は翼が好きだったんでしょ」
「なんでそう思うんだ?」
「ただの勘、間違っていたらごめんね」
壁に背を預けて彼を見つめる。
彼は少しだけ別の方を見ていたものの、こっちを向くなり「そうだ」と真っ直ぐ答えてきた。
なるほど、翼相手には少しだけ丁寧だった理由がこれで分かってすっきりした。
でも、彼氏がいるから協力はしてあげられないなー。
「ごめん、諦めてもらうしかないかな」
「駄目なのか?」
「そりゃまあ、翼には彼氏君がいるんだからさ」
「つまらないな」
そ、そう言われても困る。
別れることを望むことなんてできるわけがない、彼であればなおさらなことだ。
好きな相手の不幸を願う人間なんてこの世にはいないはずだ。
もしそんなことを考えてしまうようなら離れてほしいとしか言えない。
彼氏や彼が悲しむことより翼が悲しむことになることの方が嫌だからだ。
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