03話.[誰かといられる]
「なるほど、あんたが篠崎の姉ってことか」
「望と仲がいいの?」
「いや? ただ同じクラスというだけだ」
「そうなんだ」
意外と翼は落ち着いていた。
それは彼が淡々と対応しているからなのもあるし、彼女に丁寧だからというのも影響しているかなと想像している。
お前ではなくあんた呼びをしている時点で違うということが分かる。
……それぐらいの扱いでいいということならこちらとしてはなにも言えなかった。
「で、篠崎の姉でありこいつの友達でもある人間としては文句を言いたいということか?」
「文句というか、正直なところを話してほしいんだ。何故瑞桜に近づいたのか、何故瑞桜のことを知っていたのかということを教えてくれないかな」
「近づいた理由はアホなことをしていたからだ、知っていた理由は篠崎と一緒にいるところを見たことがあるからだな」
「確かに夜に出歩くのはアホだよね」
「ああ、アホだ」
不良ではないからある程度楽しんだら帰るつもりでいた。
それにまだ十八時を過ぎたぐらいだったからどちらかと言えば夕方に該当される時間だろうということで、少し納得できなかった。
でも、いま変なことを言うと話が前に進まないから黙っておくことにする。
彼女といるときはこれぐらいのつもりでいなければならない。
なんでも我慢すればいいわけではないけど、我慢しないと始まらないんだ。
「でも、いきなりお家に連れて行くのはやりすぎじゃないかな」
「そこは反省している、こいつも不安になってしまっただろうからな」
あそこで本格的に不安になったところでもう遅い、というやつだろう。
この子にその気があれば私なんか自由にされていた。
それどころか証拠隠滅をするために殺されていた可能性すらある。
少しだけ油断してしまっていたのは確かだからアホと言われても仕方がなかった。
「私が聞きたかったことや言いたかったことはそれだけだから、対応してくれてありがとう」
「おう」
彼女は「望と話したいことができたからもう行くね」と言い歩いていった。
私は気になっていたことがあったから腕を優しく突いて意識をこちらに向かせる。
「あんな美人なお姉さんがいたんだね」
「家に行ったんだな、まああの人は全く家にいないからもう会えないと思った方がいいぞ」
「え、それなら普段はどこで寝ているの?」
「さあ? 興味もないからな」
ちょっと派手な人だったから失礼な妄想をしそうになって慌ててやめた。
それに犯罪行為をしていなければなにをしていようと文句を言われるようなことでもないか。
しっかし、すぐにそういう余計な思考をしてしまうところは直していかなければならない。
確実に社会人になってはから面倒くさいことになりそうだった。
「家族なのに仲良くないの?」
「義理の姉だからな、いきなりやって来てはい仲良くします、とはならないだろ」
「確かにそうだね」
「ああ、向こうも関わる気なんか微塵もないからな」
それはまた……複雑な家庭のようだ。
それならもっと家から離れさせれば元気になってくれるかな?
いまの彼はなんか彼本来の感じじゃない気がするんだ。
なんにも知らないくせにこんなことを考えているからアホだけど、それでも悪い子ではないということだけは分かっているからなんかもったいないと感じてしまう。
「名前はしゅん、だよね? 漢字はどう書くの?」
「俊敏の俊だ」
「そっか、じゃあ俊君って呼ばせてもらうね」
「好きにしろ」
家に帰らせたくなかったのと、私が付き合ってほしいから色々と付き合ってもらうことに。
露骨に嫌そうな顔をされたりすることもなく彼は隣にいてくれた。
あ、昨日のマフラーを無理やりあげたからこれで貸し借りなし的なものにしたかった可能性もある。
「ご、ごめん、君があまりにも普通に付き合ってくれるからあっという間にこんな時間になっちゃった」
仕方がないから付いていっているだけではなく、ちゃんと反応してくれるからついつい調子に乗ってしまっていた。
昔に一度でも翼よりしっかりできているなんて考えた自分をぶっ飛ばしたかった。
とにかく謝罪をして、ちょっとあれだけど温かい飲み物を買って飲んでもらう。
「なあ」
「な、なに?」
「もしかして本当に不良娘なのか?」
「ち、違うよ、さっきまでの私は楽しくてコントロールできていなかっただけだよ」
「楽しい、ね」
クールな子と一緒にお出かけできるのもいいんだと気づけた。
向こうはともかく、こちらは気まずい気持ちになったりもしなかったのが大きい。
なかなかないよこんなことは、相手は後輩なのに頑張ろうとしないで楽しめたというのはね。
「わ、分かってるよ? 君の我慢なしじゃああできなかったということは。でも、翼以外の子とお出かけできるということは全くと言っていいほどないからさ」
だからついつい夢中になってしまったんだ。
文句を言うなら私の人間性に文句を言ってほしい。
余計なことを考えるし、言うし、ひとりでいるのも好きだし、誰かといられるのも好きだし、しっかりできているようで実はできていない人間というのが私で。
それだからこそこういう感じになるんだ。
「篠崎は?」
「学校とか家とかで会ったらちょっと話すぐらいだよ」
「じゃあ姉とだけ仲いいってことか」
「うん、そうだよ」
ただ、さすがに後輩君をこれ以上連れ歩いているわけにもいかないから帰ることにする。
謝罪と感謝を忘れずにいたら許して……くれはしないか。
私はとにかく自分勝手に動いてしまったわけだから相手の言うことを聞いてやっと許してもらえる気がする。
「俊君が求めることをひとつするから言ってよ」
「それなら連絡先を交換してくれ、いきなり来られても俺は家にいないことがあるからな」
「え、そんなことでいいの? それだったら普通に交換するけど」
なにか他のことを考えておいてと言ってから登録した。
それはなんか違うから別のことを聞くまでは帰ることができない。
「終わったよ、なにか考えてくれた?」
「特にないな」
「えー、あ、まあいいや、時間もあるから考えておいてよ」
彼の家に着いたから別れてひとり帰路に就く。
今日はまだ夕方で明るいからなにも問題はなかった。
大体、私は暗闇とかが苦手とかそういうことは一切ないから気にする必要もないんだけど。
「ただいま」
ある程度の時間になるまで休憩しておくことにした。
その際は『よろしく』とか『今日は楽しかった』とか送っておいたけど、残念ながらなにかが送られてくることはなかった。
「あ、いた」
親に呼ばれたから探してみたら何故か客間の床に寝転んでいる俊君がいた。
ここに住み着いている幽霊かなにかかな? などと考えたものの、すぐに「よう」と言われたからその思考は捨てておく。
異性の家だろうが全く気にせずに自宅のように寛げるのはすごいとしか言えない。
もっとも、これは私が異性として全く認識されていないからという可能性もあるため、自分を守るためにもいちいち言うことはしなかった。
「君はよく来てくれるねえ」
「暇人だからな、あ、そういえば昨日言われたこと考えてきたぞ」
「お、それはなんだい?」
自分にできることしかできないけど、できることなら頑張るつもりでいる。
膝枕ぐらいだったら望君相手にもしたことがあるからそんな感じの要求がいいな。
私の太ももの柔らかさを前にしたらさすがの彼でもそれはもうたじたじに、なんてあるわけがないか。
それはないとしてもお世話になっているからなにか返したいという気持ちが強く存在している。
「キスしてくれ」
「ひゅ」
……冷静に考えてみてもその行為はやばいのではないだろうか?
い、いや、死ねとか言われるよりはよっぽどいいけどさ、私みたいな人間からされて喜んでくれる子っているの?
また、なんでこの子はこんなことを求めてきたんだろうかと真剣に悩んだ。
「ど、どこに?」
「そりゃ口だろ、まあ、それが無理なら額とかでもいい」
「ひ、額なら……できるよ?」
ファーストキスもまだしていない人間には大変辛い要求だった。
でも、私は自分の言ったことぐらい守る人間だ。
キスとかは無理だからね、そう言っていない時点で責めることはできない。
……私程度のそれで喜んでくれるということなら私はっ、
「ふっ、馬鹿か、嘘に決まっているだろ」
「へ……」
が、せっかく覚悟を決めたというのに本人がこれだからできなかった。
なんか女として否定されたみたいで違う意味で傷つくなー。
これならまだしてからなにかを言われた方がマシだったと思う。
仕方がない、このままもやもやしたまま冬休みを過ごしたくないから、
「俊君」
「なんだ――」
ぶちゅーっとしてやりましたよ、ええ。
ちょっと座標がずれて頬にすることになっちゃったけど、これでも一応キスには変わらない。
「へへへ、求めたのは俊君だからね、いまさら後悔してもおそ――あれ、なんかやばい?」
朝からこんなことをしているなんて不健全だ。
頬にキス程度ならまだ健全だったけど、残念ながらいまの私は押し倒されてしまっているから。
多分、翼達もこんなことはまだしていないんじゃないかな。
つまり、付き合ってもいないのにこんなことをする歪な関係というやつだった。
「お前は無防備すぎだ」
「お前はやめてよ」
「お前はよく考えて行動した方がいいぞ」
彼は私から距離を作ってまた寝転んだ。
私はなんとなくその場で寝転んで無防備ねーなんて吐いてみる。
これでも一応ガードは硬いつもりだった。
前にも言ったように非モテというわけではないから告白されることもまああったわけで、それを断っている時点でそうだと分かってもらいたいものだ。
ただ、彼は以前までの私というやつを知らないからそこは仕方がない。
とにかく、男の子なら誰でもいいというわけじゃないことは確かだと言えた。
「私達ってどこかで会ってた?」
「いや、俺が一方的に知っていただけだ」
「だよね、そうでもなければ君みたいな子は覚えているはずだもん」
身長が高くて少しだけ威圧的な子となれば忘れるわけがない。
相手が年下だったら可愛い対象として覚えておくところだけど、残念ながら出会ってすらいなかったんだから覚えておけるわけもない。
見たことがない相手について知識を深めることなんて不可能なんだ。
「ね、お家が嫌いなの?」
「質問ばかりだな」
「教えてよ」
「好きでも嫌いでもない、でも、暇ならこうして外で過ごしている方が好きだな」
「なるほど、教えてくれてありがとう」
私もひとりで暇なとき、寂しいときは出たりするから気持ちはわかる。
なんとなく怒られそうだったから言わないけど、私達は似ているような気がした。
誰かが進んで来てくれないと当然のようにひとりぼっちになってしまうところとかが特にね。
「学校が始まっても行くからね」
「好きにしろ」
「ふふふ、教室内がざわざわしちゃうかもよ? 可愛い先輩がやって来て」
ちなみに去年教室内にイケメン先輩がやって来たときはそれはもうきゃーと賑やかになった。
翼ですら「格好いいね!」と何度も言ってはしゃいでいたぐらいだ。
まあでも、教室内で一番美人だった子のところに近づいた時点でねえという感じ。
別にナンパとかではなく幼馴染だということを本人から聞いて、ほえ~とすごい話もあったもんだと驚いたなあと。
「可愛い、ねえ」
「うわ……、その反応が一番傷つくよ……」
可愛い後輩の友達ができて調子に乗っているのは分かっている。
それでも可愛いとは言わなくていいから「そうか」とかで済ませてほしかった。
だってその言い方だと明らかに不満があります、納得できませんって言っているようなものでしょ?
なにが相手の地雷を踏み抜くかは分からないんだからいまから気をつけた方がいいと思うと、面倒くさい年上の女は少し被害者面をしていた。
これは自分のスタンスに反することだからすぐにやめたけど……。
「人生で何回ぐらい可愛いと言われたことがあるんだ?」
「えっ? あー」
「すぐには出てこないぐらい言われた覚えがないということだろ?」
彼は腕を組んで黙ってしまった。
言外に「分かるだろ?」と言われているような気がして縮こまった。
はいはい、どうせ可愛くない人間ですよ。
そんなの翼といれば嫌でも知ることになるんだからどうってことないことだった。
……それにしても真顔で言われるのはそうだと考えていても結構厳しいな。
「なんだいなんだい、そんな人間から嘘でもキスを求めてきたくせに」
「勝手にそうしたのはお前だろ」
負けるだけだからもう言うのはやめておいた。
この前ご飯を作ってくれたから今度はこっちが作っておいた。
意外にも「美味いな」と言ってくれて、単純だから先程の複雑さなんかどこかへいってしまったのだった。
「……おい、マジで行くのか?」
「うん、毎年行ってるんだ」
「それにしても篠崎姉と行けばいいだろ」
「いやいや、せっかく友達になれたんだから俊君が付き合ってよ」
今年は彼氏君と行くということになって無理になってしまったんだ。
だからこそ彼には悪いけど付き合ってもらいたかった。
もちろん飲み物とかそういうのは買わせてもらうからと何度も頼み込んだ結果、彼は違う方を見つつ「まあもうこうして来ているわけだからな」と言ってくれた。
やっぱり可愛げがあるんだよな、何気にマフラーも使ってくれているからなおさらそう感じてくるというものだ。
「なんかもっと俺にとってメリットがないとな」
「そうだ、この後も一緒に過ごすとかどう?」
たくさん寝るのはお昼にゆっくりすればいい。
それよりも今日と明日の朝まではずっとこのテンションでいたいんだ。
すぐに私のところに来たがるぐらいなんだからいい提案だと思うけど、どうだろうか?
「つまり、誘ってんのか?」
「うん、健全的なお誘いだよ」
不健全な感じのやつはまだいらない。
そういうのは付き合い始めてからゆっくりすればいい。
私達に必要なのは一緒にいる時間をとにかく増やすことだ。
「まあそれでいいわ、じゃ、もう帰ろうぜ」
「まだだよ、あともうちょっとだから我慢して」
「家に帰ったら抱きしめるからな」
「付き合ってもらっているわけだからそれぐらいはさせてあげるよ」
どうせもう十分もないからそう焦る必要もない。
また、暗闇が怖くないとは言ってもこんな時間に外にいるのは少し不安になるのでそういう点でも彼は私を助けてくれていた。
今年も問題なくこうして大晦日に来られたわけなんだからそれぐらいはしてあげなければならないというものだった。
「短かったけどありがとね」
「ああ」
「それと、今年もよろしくおねがいします」
で、魅力が溢れすぎていたのか急にがばっときた。
それでも慌てたりせずに背中を撫でていた。
頬とはいえキスだってできるんだからここで慌てる必要はない。
あと、後輩の大きい男の子が求めてきてくれているということがもうきゅんきゅんしてやばいと言えた。
「帰ろっか」
「そうだな」
不公平だとかなんとかということで彼の家で過ごすことになった。
お風呂にも入っているし、もう着替えているわけだから全く気にならない。
ただ、またあのお姉さんに会うことになったら少しあれかなと。
「俺以外に誰もいないし、客間だってあるから気にするな」
「君とふたりきりだからこそ危険なんじゃくて?」
「なにもしねえよ」
「そっか」
私といることよりも、抱きしめられることよりも、当然だと言えば当然かもしれないものの、彼は家に着くなり布団を敷いてからすぐに出ていってしまった。
階段も上がっていってしまったから気にせずに寝させてもらうことにする。
夜ふかしをしたところで苦しむことになるのは結局自分だから。
それだったら夜中とはいえすぐに寝て早く起きてしまう方がいいだろう。
そうした方が早く誰かといられるんだからね。
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