02話.[戻ることにした]
もうすぐ今年も終わる。
その前にクリスマスと大晦日があるわけだけど、翼といられなくなってしまったいまとなってはただの一日としか見られなかった。
まあ、仮に誰かといられても終わってしまえばただの一日だけども。
「志村さんはクリスマスとか誰かと過ごすって決めてあるの?」
「私は毎年家族と過ごすんです、友達がいないというわけではないですけどね」
「それなら誘ってみたらどう? もしかしたら待っているかもしれないよ?」
私だったら誘ってもらえたら普通に嬉しい。
でも、彼女がどういう子と関わっているかは分からないのにさすがに少し適当すぎたかもしれない。
「誘って迷惑そうな顔をされないですかね?」
「そ、それは分からないけど、誰かと過ごしたいなら勇気を出してみたらどうかなって言いたかっただけなんだ」
意外と話すことが好きな子だからそういう存在がいるなら誘う可能性の方が高い。
いないということなら、いまの発言は気にせずにご家族と過ごせばいい。
そもそも、こちらだって似たような感じだからね。
「私、クラスに気になっている男の子がいるんです」
「え、あ、いきなりクリスマスに誘うのは……」
「一応、四月から毎日一緒に会話をしたりしてきていたんですけど、やっぱり駄目ですかね?」
「あ、そうなの? それならいいんじゃないかな」
断られたときのことなんか考えても滅入るだけだからまずは誘ってみるべきだ。
言ってしまえばその後にいくらでも時間を使って整理すればいいわけで。
……自分が誘う側ではないから言えることだというのは分かっている。
「ちょっと行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
すぐに行動に移せてしまうところがすごかった。
こうなってくるとなおさら前髪で目を隠そうとしてしまうのはもったいなく感じてくる。
ただ、あの子なりのこだわりというやつがあるだろうから言わないようにしようと決めた。
大体、もうあの子の中では決まっているんだ、私はそれを聞いてそうなんだとでも言っておけばいいんだ。
つまり、飴谷瑞桜に意見を求めているというわけではないことを理解しておかなければならなかった。
「受け入れてもらえました」
「お、よかったね」
「はい、ありがとうございました」
「いやいや、その子にお礼を言ってあげてよ」
別に志村さんのことが嫌なわけではないけど場所を変えてもいいかもしれない。
どちらにしても新年になれば関わることもなくなるだろう。
翼と同じで、相手と上手くいってしまったら当たり前のようにそうなるんだ。
そもそも、私達は同じ場所で休憩する先輩と後輩というだけだったので、向こうからしてもこっちが消えたところでどうでもいいはずだった。
「当日、楽しめるといいね」
「はい」
いい感じのところで解散にして教室に戻ってきた。
食事のとき以外は賑やかな場所も好きだからこれを勝手に楽しんでいればいい。
授業が始まったらそっちに集中して、終わったら休むことを意識していればいい。
別にそういう誰かがいなくたってこれまで問題なく生きてこられたんだから劣等感を抱く必要もないだろう。
いやもう本当に強がりでもなんでもなく、勇気を出せた人間だけが報われればいいとそういう風に考えていた。
さすがに醜く嫉妬で八つ当たりなんてしないよという話だ。
「瑞桜、イブは一緒に過ごそうね」
「え、イブぐらいご家族と過ごさなくていいの?」
「大丈夫、両親はお出かけするし、望は男の子の友達と過ごすからね」
それはまた……私の家とは違うというものだ。
でも、そういうことなら一緒にいさせてもらえばいい。
ここで無理して強がったところで虚しくなるだけだから寧ろ感謝するべきだ。
なんか色々と教えてくれるかもしれないからそういう点でも楽しみだった。
「最近、なんか変な遠慮をしているから一緒に過ごさないといけないと思ったんだ」
「そりゃまあ、彼氏といたがっている子に無理やり付き合ってもらうわけにはいかないからね」
「そういうものかな? 私はそれとそれは別問題だと思うけど」
「あ、翼から来てくれる限りは大丈夫だよ? でも、空気を読まずに近づくことはできないということかな」
友達を大切にする彼女らしい考えだと言える。
それでもスタンスを変えるつもりはない。
来てくれたら相手をさせてもらうというだけでいい。
一番に優先してくれなくても、一週間に一度程度になっても、いつか来てくれれば寂しくならずに済むからそれでいい。
これまで甘えすぎてしまったとかそういうことを言うつもりはないけど、甘えてしまったことは事実あるからこれでも少しは考えて行動しているんだ。
相手のためになっているのかどうかは本人じゃないから分からない。
だけど相手のことを考えずに自分のことを優先して動くような人間にはなりたくなかった。
「それじゃあ言える範囲で彼氏君とのことを教えてね」
「え、あ、まだ遊びに行ったぐらいしかないからなー」
「それでいいんだよ、どういう感情になったのかとか知りたいな」
「わ、分かった」
経験者の話を聞いてきゃーとか盛り上がっている方が私らしいと言えた。
なので、これからもそういうことは教えてほしかった。
十二月二十五日になった。
それはつまり終業式であることも意味するわけだけど、うん、なんかあくまで普通の日という感じだった。
ちなみに昨日は翼とたくさん盛り上がれたから満足できている。
つまり、普通でいいよね、という風に片付けられることだった。
とはいえ、
「さすがに多すぎじゃない?」
カップルばかりが視界に入ってくると差を見せつけられているようで不安になる。
捨てたら一切問題なく行動できるけど、こうまで露骨にこられると困ってしまうわけだ。
ほら、最初から目の前でいちゃいちゃしてくれなければ、とは考えていたわけだからね。
ふーむ、いやでも相手もいないのにうろちょろしていた自分も悪いのか。
終業式もHRも終わって、ある程度時間が経過して、もう既に夕方、夜というところまできているから悪いのは私なのかもしれない。
クリスマスの夜に出てきておいて文句を言うなよ、というやつではないだろうか?
「おい」
「ん? 私?」
声がした方を見てみたら男の子が不機嫌そうな顔で立っていた。
安心できる点は学生服を着ているということだ。
知らないおじさんとかに話しかけられたらさすがの私でも怖いのでね、まだよかったかな。
「お前、暇か?」
「うん、暇だけど」
「それなら付き合え」
おお、これが所謂ナンパ、というやつだろうか?
少しの不安はあったものの、付いていくことにした。
「あれ? お家に帰りたかったの?」
「は? まあ、金なんか使いたくないからな」
「もしかして金欠なの? あ、彼女さんにプレゼントを買ったから無くなっちゃったとか?」
「馬鹿か、彼女がいるならお前なんて連れて歩かないだろ」
確かに、これはもっともな発言だった。
そうなるとこれは……なんかよくない展開だったりするのかな?
行った先にはたくさんの男の子がいて私のあんなところやそんなところを自由に、なんてことがあったらやばいね。
「入れ」
「ここが君のお家なの?」
「そうじゃなかったら鍵を持っているわけないだろ」
さらに不安になってきたから少し抵抗してみることにした。
扉の前で立ってどういうつもりなのかを吐くまでは動かない。
彼もまた乱暴を働きたいわけではないらしく、すぐに「寒いから早くしろよ」と言ってきた。
こんなことを続けていればきっとすぐに本性が分かる。
冷たい顔にも負けないぞと頑張っていたらなんとも言えない顔で見られてしまったという……。
「つまり、軟禁とか監禁がしたいということ?」
「はぁ、それなら無理やり入れていると思うが?」
「最初は柔らかい態度で相手を騙そうとする作戦かもしれないでしょ?」
クリスマスの夜になにをしているんだろうと考えることになった。
どういうつもりなのか彼は全く動こうとしない。
数分毎に「早くしろよ」とか「風邪を引くだろ」とか言ってきているだけ。
「よし、じゃあリビングに入らせてもらうね」
「おう」
家の中に入ってみてもすぐに大量の人間が! みたいな展開にはならなかった。
貰った飲み物を飲んでみても眠たくなった、とかはない。
なんならご飯まで食べさせてくれたわけだけど、それすらなんにも問題には繋がらなかった。
「結局、なにがしたかったの?」
「暇そうだったから付き合ってもらっただけだ」
「えぇ、ナンパするにしてももっといい人にすればよかったのに」
「ナンパじゃねえよ」
彼はソファに寝転んで天井を見ていた、私はなんとなくそんなところをじっと見ていた。
「なんだよ?」と聞いてきたから楽しそうじゃないねと正直なところを言わせてもらった。
クリスマスは絶対に誰かと過ごしたい、そういう考えでいたのだろうか?
もしそうなら怖そうな感じなのに可愛いという感想に変わってくるところだ。
「俺はお前を試したんだよ、でも、馬鹿なお前はこうして家に上がってしまったわけだからな」
「あのままだとお互いに風邪を引いちゃうだけだったからね」
楽しめなくていいから風邪を引くことだけは絶対に避けたかった。
誰だってそうだろう、クリスマスじゃなくたってそういう風に対策をする。
あと、この子を家に帰らせなければならないという気持ちがあったんだ。
私があそこで拒絶して家に帰ってしまったらふらふら歩き回りそうだったからね。
「なんか寂しい場所だね」
「は? そんなこと初めて言われたわ」
「こうして君がここにいてくれてもなんか冷たい感じがするんだ」
「それは俺の態度が影響しているんじゃないのか?」
「ううん、全体的に温かみがないんだよ」
置いてある家具なんかもそう変わらないのに不思議な話だった。
ここはご飯を食べるだけために存在している場所のように見える。
そのとき以外は常に真っ暗で、誰も使用しないようなそんな場所だ。
「もう帰っていいぞ、時間つぶしもできたからな」
「そっか、あ、ご飯を食べさせてくれてありがとね」
「別にお前のために作ったわけじゃない」
「はは、それでもだよ」
出ていく前にちゃんと鍵を閉めてねということと、もう出ちゃ駄目だよということを言っておいた。
これは余計なことではないだろうから不安になる必要はない。
また、志村さんとは違ってはっきり拒絶してくれるところもよかった。
黙ってどかに行かれるよりは「うざい」とか言ってどこかに行ってくれた方がよっぽどいい。
「待てよ」
「あれ、なにか忘れ物でもしてた?」
「いや、お前こそふらふら歩き回りそうだから家まで送る」
「おお、心配してくれるんだ?」
「いいから行くぞ」
よく分からない子……ではない。
三十分も一緒にいれば少しぐらいは分かってくるというもの。
結局、完全に冷たくはできない子のようだった。
「あ、一応言っておくと私の方が年上だからね」
「知ってる」
「え、じゃあお前はやめてほしいなー」
「いいんだよ、夜に出歩く悪い女にはこれでな」
たまにはということでこっちも両親には食事をするために出かけてもらったんだ。
そうするとひとりになってしまうということで、少しだけでも雰囲気を味わうために出てきたことになる。
別にクリスマス文化を否定していたわけではないし、楽しめそうなら行動しようとする人間だからそこを勘違いしないでほしい。
前にも言ったように嫉妬とかから醜く否定なんてしないんだからさ。
「ここだよ、送ってくれてありがとね」
「おう」
「あっ、ちょっと待っててっ」
買ったはいいけど翼から貰った方を使用していたから余っていたアレがある。
いらなければ捨てていいからという保険をかけてから勝手に巻かせてもらった。
「寒いから風邪を引かないようにね」
「それより首を絞められて殺されるかと思ったぞ」
「そんなことするわけないじゃん、気をつけてね」
ちょっとリスクのある行為だったものの、彼のおかげで今日も楽しむことができたわけで。
だから本当に感謝しかなかった。
「えー、それは危なすぎだよ」
「でも、同じ高校の制服を着ていたからさ」
さすがに私服の異性が相手だったらあんなことはしていないと重ねる。
結果論だけどこうして無事に生きているわけだから問題ないと思う。
自由に弄ばれたというわけでもないし、昨日は普通に楽しめたわけだからね。
「瑞桜の顔も学年も知っていたというわけでしょ?」
「そういうことになるね」
私は私服姿の状態で歩いていたわけだから間違いなくそうだ。
顔を知っていなければ=として結びつけることもできないからそうなる。
「心配だから大晦日までずっとここにいるね」
「え、彼氏君はいいの?」
「それとこれとは別、家も知られているわけだから逃げ場もないしね」
まあいいか、いてくれるということなら普通に嬉しいし。
学校がないからどうしても夕方までは暇になってしまうので、そういう点でも彼女がいてくれるということならありがたかった。
どうせならこのタイミングで来て大丈夫だと安心してくれればいいんだけどな。
昨日一緒に過ごしてみた限りでは本当にそういう変な感じはなかったんだ。
寧ろ誰かといないと不安に押しつぶされそうな存在だった気がする。
「望みたいな感じではないんだよね?」
「うん」
「望の友達、というわけでもないよね」
「多分ね」
もっとも、意外とそこが繋がっていたの!? なんてことがリアルに起きたりするからまだ分からない。
もしかしたら志村さんの友達という可能性もあった。
それなら私の顔がどんなのか、何年生なのかはすぐに分かるから。
「家を知っているんだよね? 逆にいまから行こうよ」
「それはいいけど」
あの子が入れてくれるとは思わないけどな……。
昨日は時間つぶしのために仕方がなく的なスタンスだったから余計にそう思う。
まあでも、時間つぶしにはなるから気にせずに鍵をしてから向かうことにした。
ふっ、利用されるだけの人間じゃないんだぜとちょっと格好つけていた。
「ここだよ」
「押すよ?」
「うん」
また冷たい顔であの子が出てきてくれるかと思えば美人の女性が出てきてふたりで固まった。
翼はこういうときに堂々としていられる子ではないことも忘れてしまっていた。
黙っていたら「俊の友達?」と聞かれてはっとする。
「あ、いえ、昨日一緒に過ごすことになったぐらいで友達というわけでは……」
「友達じゃないのにクリスマスに過ごすの? 弟もキミも変わってるね」
「あはは、あ、それでその弟さんは今日お家にいますか?」
「さっき出かけたから知らない」
「そうですか、ありがとうございました」
そうか、いないということなら仕方がない。
わざわざ探しても出会える可能性はかなり低いから家に戻ることにした。
まだゴキブリを発見したときみたいに固まっていた翼をおんぶして歩いていく。
「はっ!? ま、まさかあんなに美人な人が身近にいるとは思わなかったよ」
「私もそこには驚いたかな」
実は美人なお姉さんと恋仲になりたいとかそういう気持ちがあるのかもしれない。
でも、そのお姉さんは彼氏さんといちゃいちゃしてしまっているからできない、的な感じだったりもしそうだ。
いやほら、いくら身内でもあそこまで美人だとちょっとね。
「おい」
「おわっ、だ、誰っ!?」
「あ、この子がそうだよ」
下りたいということだったから下ろした。
それから彼女は件の男の子を見つめる。
「なんだこいつ」と言って違う方を見始めた彼に「どういうつもりなの!?」と。
こんなところで騒がしくしてもあれだから近くの広いところに行くことにした。
ここでならある程度の声量を出しても迷惑がられることはない。
ただ、そわそわしたくないからそこそこのところで抑えてくれると助かる。
聞いてくれるかどうかは分からないものの、言わなければ伝わらないから頼んでおいた。
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