85作品目

Rinora

01話.[よっぽど悲しい]

「まだ残っていたんですか? 早く帰らないと暗くなってしまいますよ」

「あ、藤田先生」


 あることで悩んでいたらこんな時間になってしまっていた。

 でも、家に帰る前にお店に寄らなければいけないからこれは仕方がないことだと言える。

 よく考えてからではないとあれを忘れてしまった! なんて展開になりかねない。


「あの、藤田先生は今日、この後なにを食べるつもりですか?」

「え? あ、私はスーパーに行って出来合いの物を買いますね、だから売っている物次第です」

「え、自炊とかしていないんですか?」

「お仕事が終わった後はいつもくたくたなんですよね……」


 先生は中途半端な顔になって「自分で選んだわけですから文句は言えないですけどね」と言いつつ教室から出ていった。

 いつまでも残っていても仕方がないから教室及び学校をあとにする。

 ……先程の発言で気分を悪くしなかっただろうか?

 私としては完璧な人という感じだったから純粋に驚いただけなんだけど……。


「ありがとうございました」


 自分で作っているとどうしても同じ感じになってしまうのはあるあるだろうか?

 結局、挑戦して失敗することを恐れてやろうとしていないだけなのかもしれない。

 まあ、レシピなんかもすぐに見られるからやる気がないだけなのかもだけど、家族に食べてもらうことを考えるとどうしても不安になってしまうんだ。


「ただいま」


 先程はあんなことを考えたけど、ある程度時間をつぶしてから帰っているのは両親の帰宅時間が十八時過ぎだからというのはあった。

 どうせなら温かいご飯を食べてもらって、温かいお風呂に入ってもらいたいからそれに合わせている形となる。

 たったそれぐらいなら待っていてもなにも問題はない。

 先に食べてていいと言われてもその気になれないから仕方がない。


「さて、作りますか」


 しっかり手を洗ってから調理を始めた。

 とはいえ、結局いつも通りの慣れた料理を作るつもりだから不安はない。

 それで大体、九割ぐらいができたタイミングで両親が帰ってきてくれた。

 手伝ってくれようとしたから別に拒まずに手伝ってもらうことにした。

 なんというかここで抵抗しても仕方がない気がするからだ。

 とにかく、できたご飯を三人で食べて、決めていた通りお風呂には順番に入ってもらうことにした。

 入れる時間までそれなりにあるから部屋に戻って課題をやることにする。


「ふぅ」


 学校よりも、リビングよりも、それよりも好きなのが部屋にいられる時間だった。

 なんだろう、唯一ひとりでいられるところだからかな?

 相当な理由がない限りは両親も来たりしないからかもしれない。

 あ、別に嫌いとかではなくて迷惑をかけたくないというだけだけどね。

 あのふたりには家にいられているときぐらいゆっくりしてほしいからこれぐらいでいい。

 家事だって私が暇だからしているだけだった、だから別にお礼とか褒めてくれなくていい。


「もしもし?」

「いまから行くから待ってて」

「え、ちょ、はぁ、迎えに行くから待ってて」


 たまにこういうことになるからかも。

 まあいい、まだお風呂に入っていなかったから問題ない。

 暗闇が怖いなんてこともないから迎えに行ってあげよう。

 私は自分の決めたことや言ったことぐらい守る人間なんだ。


瑞桜みおー」

「もう、迎えに行くって言ったのに」

「へへへ、待っていられなくてね」


 篠崎つばさ、彼女はいつもこんな感じだから困る。

 多分、前世はマグロかなんかだと考えている。

 だって本当に授業中とお店にいるとき以外はじっとしていられない子だからだ。

 でも、私以外といるときは結構恥ずかしがり屋だったりするから可愛い。

 そういうのもあってなんとなく強気に出られない相手というのが彼女だった。


「で、今日はどうしたの?」

「あ、実はさっき衝撃的なことが起きてさ、なんだと思う?」

「んー、あ、嫌いな食べ物を間違えて食べてしまったとか?」


 中学時代にそれをして泣いてしまったぐらいだから決してアホな発言とかではないはずだ。

 私は特に嫌いな物とかないからどういう感じなんだろうとちょっと気になっていたりもする。


「ぶっぶー、正解はね――」

「ん? 翼?」


 話すのをやめたうえに足も止めてしまった。

 結構怖がりだから前後左右を確認してみたものの、誰かがいる様子はなかった。

 となれば上かと見てみてもそこにはなにも存在せず……。


「ご、ごご、ゴキブ、きゅぅ……」

「えぇ」


 屋内にいるソレとは全く脅威度が違うのに何故なのか。

 面倒くさいからおんぶして家まで連れて行くことにした。

 あ、面倒くさくなるから彼女の家に、だ。

 そうすれば送る必要がなくなる。


「はっ!?」

「気づいた? で、正解を教えてよ」

「あ、さっき告白されたんだ」

「また? 翼は人気者だね」


 信用した相手には元気いっぱい、可愛さいっぱいだからなんでとはならない。

 ただ、これまでのことを考えればまた振ったわけになるわけだからね。

 仲良くしている相手から告白されているんだから受け入れてもいいと思う。

 不安になっていたっていつまで経ってもそれ関連では進めないからだ。


「それでなんだけど、今回は初めて受け入れたんだ」

「そうなの? それはどうして?」

「男の子の中では一番仲がいい相手だったからだよ」

「そうなんだ、じゃあ相手の子は嬉しかっただろうね」

「どうなるのかは分からないけどね、とりあえず一ヶ月って決めてあるから」


 初めてであれば試し試しになってしまうのは仕方がないことだと思う。

 告白した側からすればちょっと不満かもしれないけど、正直、その子は誇っていいぐらいだ。

 これまで何十人という人が振られてきたんだから受け入れられただけいいだろう。


「上手くいくといいね」

「うん、そうだね」


 となると、こうして一緒にいられる時間も減るということだ。

 なので、いまからいっぱい話しておくことにした。

 それぐらいはこうして付き合わせている時点で許してほしかった。




「なるほど」


 私がなにを作るのかで悩んでいる間にも他の人は色々なことをしているということが分かった――って、まあそんなのは当たり前だと言える。

 これからもずっとそれだけは変わらない。

 当たり前だ、みんなは自分じゃないんだからコントロールできるわけがない。

 プログラムで決められているわけでもないからね。


「飴谷さん、ちょっとシャーペンを貸してくれないかな?」

「いいよ、はい」

「ありがとう」


 こんなことから始まる恋――なんていうのは現実にはほとんどない。

 そりゃそうだろう、シャーペンがなくて困っていただけ、近くに私がいただけ、それぐらいでしかないんだからなんにも発展しようがない。

 やっぱり翼みたいに真っ直ぐな人間じゃないと選ばれないのかもしれない。


「ねえ」

「どうしたの? あ、これ、ありがとう」

「うん。福山君ってさ、彼女がいるんだよね?」


 何回もこっちの教室に来てはいちゃいちゃするから嫌でも分かってしまう。

 ……いちゃいちゃするのなら教室以外でやってほしい。

 私が見ているところでなければキスだろうがなんだろうが自由にしてくれていいからさ。

 別に非モテってわけではないけどどこを見ていればいいのか分からなくなるから気をつけてほしかった。


「うん、そうだけどそれがどうしたの?」

「どうやって仲を深めたの?」

「どうやってって……普通に一緒にいただけだよ、お互いに部活をやっていないから土曜日とかもよく集まって遊んでいたかな」


 これもまた当たり前のことだった。

 仲良くなりたければその人間と多く一緒に過ごすしかない。


「そうなんだ、教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 どうせならリードしてくれるような余裕のある人と仲良くなりたい。

 自分が頑張らなければいけない立場になってしまうと駄目になってしまうから。

 まず間違いなく空回りをして、相手にも迷惑をかけてしまうことだろう。

 だからぐいぐい俺様系でもいいから来てほしかった。

 とかなんとか考えてみたけど、話せる男の子と言えば福山君ぐらいだったことを思い出す。


「瑞桜ー」

「あれ、もう来ないと思ったのにそうじゃないんだね」

「当たり前だよ、ずっとその子といるわけじゃないよ」


 聞いてみたら後輩の子らしいからそもそも学校にいるときは合わせにくいらしい。

 それでもお昼ご飯を一緒に食べたりできればいいと笑みを浮かべて言っていた。

 後輩の子か、んー、魅力的な子はいっぱいいるけど私が頑張らなければならなくなるしな。

 いや恋とはそういうものだろ、そんな風に言われたら終わってしまうことだった。


「ね、その子の友達って知ってる?」

「知ってるけど……興味があるの?」

「いや、私だって一応女なわけだからそういうことには興味あるわけですし……」

「んー、他人に影響されたからという理由からならやめた方がいいよ」


 うっ、もろに影響を受けてしまった人間としてはなんと言えばいいのか……。

 こういうときに限って冷静で淡々と言ってくるからダメージがすごい。

 でも、彼女の言う通りだから羨ましく感じるだけにしておこうと決めた。

 なんでもそう、いい面しか見えていないからこういう短絡的な思考になるんだ。

 それに待ちの姿勢でいようとしている人間が求めてもらえるわけがない。

 そりゃそのままでも友達としてはいられるかもしれないけどね。


「あ、授業がもう始まるから席に戻るね」

「うん」


 私が誰かと付き合わなくても、また、結婚しなくても私以外は困らない。

 他の所謂リア充と呼ばれる人達が頑張ってくれれば子どもの問題もなんとかなる。

 私は学校に行って、卒業したら会社に出勤して、休日なんかにはだらだらと過ごしているのがお似合いなのかもしれない。

 誰かといられる時間もひとりでいられる時間も好きだからそれで構わなかった。

 ただ、やっぱりいちゃいちゃするのだけは見えないところでやってほしいけども。


「授業始めますよー」


 担任兼国語の教科担当の藤田先生が入ってきたため意識を切り替える。

 学生時代は授業を真面目に受け、社会人になったら真面目に働けば誰にも文句を言われる謂れはないさと内で呟いた。




「瑞桜先――」

「丁度いいところに!」


 ああ、なんでこんないい存在を忘れていたんだろうか。

 彼は翼の弟君である程度の仲を築けていたというのに。

 とはいえ、すぐにそういう話に持っていったら引かれるからできない。

 んー、獲――可愛い子が目の前にいるのになにもできないというのはなかなか辛い時間だと言える。


「どうしたんですか? 僕にできることならしますけど」

「あ、のぞむ君はなにか用があったの?」

「最近は姉さんがなんか凄く元気なのでその理由を瑞桜さんに聞こうと思ったんですよね」

「元気なのはいつものことでしょ?」

「そうですけど、これまでとは違う感じがするんですよね」


 でも、告白されて受け入れたことを勝手に言うわけにはいかない。

 とりあえずは一ヶ月って決めているところも影響しているかもしれない。

 それで問題がないと分かればブラコンのあの子が間違いなく自分から言ってくれるはずだ。

 なので、とにかくいまは元気なのはいつも通りだよということで片付けておいた。


「もしかしたらお付き合いを始めたのかもしれませんね」

「な、なんでそう思うの?」

「僕も付き合い始めたときは嬉しくていつもより元気でしたから」


 がーん! 早くも最強で最高の候補が消えてしまった。

 というか、ある程度の仲のはずなのにそういうことを言ってくれないんだと寂しくなった。

 ここで年上が友達を紹介してなんて言えるわけもないので、彼とは別れてひとり空き教室でしくしくと泣いていた。


「ここにいたんだ」

「あ……翼は望君が付き合っていたこと、知ってた?」

「うん、あの子は結構なんでも話してくれるから」


 そうか、仲がいいと考えていたのはこちらだけだったか。

 そういえば名前で呼んでくれているのだってこっちが頼み込んだからだった。

 はぁ、なにを勘違いしていたのか恥ずかしい存在だ。

 こっちは彼女と比べて元気じゃないだけではなく、色々なところが駄目だということを今日再度知ることになった。


「戻ろっか」

「瑞桜がいいなら」


 こんなところにいても寂しい気持ちになるだけでなんの得もない。

 恋は諦めようと決めた。

 そう決めたらすっぱり片付けられる人間なので、次の授業とかに影響はひとつも出なかった。

 大体、やっぱり頑張ろうとしていない時点で駄目なんだ。


「翼はその子と食べるんだよね? ごゆっくり」

「あ、ありがとう」


 二年生の教室に来られるなんて大胆な子だった。

 ただ、少し予想外だったのは大人しそうな感じの子だった、ということだ。

 彼女のことだから同じぐらい元気いっぱいな少年を選ぶと思ったんだけどな。

 まあ、いまは抑えているだけなのかもしれない。

 家に帰ったらそれはもう狼さんになってしまうぐらいかもしれないから現時点だけで判断するのは危険だと言える。

 うん、それよりも他人の彼氏について延々と考えている方がおかしいからね。


「あれ」


 あの空き教室で食べようとしたら今日は先客がいた。

 女の子だったから気にせずに前の方の席を使用して食べることにした。

 その子は窓際に座っているから全く問題ない。

 それに男の子がいるよりよっぽどよかった。

 何故なら、別にもう興味を抱いてはいないからだ。

 そこは向こうにとっても同じことなのは忘れてはいけないけどね。


「あの」

「あ、どうしたの?」


 翼みたいに可愛らしい女の子だった。

 前髪がほとんど目を覆っているから正直、邪魔じゃないのかな? なんて考えた。


「あ、もしかして誰かがいると落ち着かないのかな? それならいますぐにでも出ていくから気にしないで」

「いえ、ただ、数ある空き教室の中でも敢えてここを利用する人が自分以外にもいることに驚いただけだったんです」

「あー、確かに反対側の校舎だしね」


 それなのに当然だと言わんばかりに翼が来たから意外だった。

 あのときの私は最強の候補が駄目になってしまったことに夢中で気にしていなかっただけ。

 普段だって教室に戻った際に「どこに行っていたの?」と聞かれる程度だったのにどうしたんだろう?


「教室が苦手なの?」

「え? あ、特にそういうわけではありません」


 唐突に変なことを聞いてしまったから謝罪しておいた。

 女の子は「失礼します」と言い、荷物を持って出ていってしまった。

 うーむ、こんなところにいるからって勝手に決めつけてしまうのは失礼すぎでしょうよ私。

 ちなみに自分の方は賑やかなところで食べたくないという理由からここに来ていたわけだ。

 側に翼がいてくれようとなんか苦手だから仕方がない。


「ごちそうさまでした」


 食材達に罪はないけど、自分が作った物を食べるというのはなんだか寂しい気持ちになる。

 あの彼氏君はこれから翼作のお弁当が食べられるかもしれないということだから、少しどころかかなり羨ましかった。

 あれだね、誰かが自分のために作ってくれるということはやっぱり幸せなことだ。

 

「あの、これを貰ってください」

「えっ、い、いいの?」

「はい」


 な、なんていい子なんだ……。

 それでも申し訳ないからちゃんとお金を渡しておいた。

 いやほら、後輩の子に奢ってもらうわけにはいかないもの。

 翼が相手でも絶対にそういうことはさせないからここは許してほしい。


「最近、寒いよね」


 天気はいい状態だからまだなんとかなっているだけだ。

 雨でも降ろうものならさすがの私でも厳しくなってくるからこれからも頑張ってほしいと思う。

 あと、意外と曇りの方が好きだから晴れてほしいとまでは願っていない。


「はい、寒いのは苦手なので早く冬が終わってほしいです」

「ブランケットとかあると多少マシになるよ」

「あ、実はもう既に使用していまして」

「そっか、じゃあ……ホッカイロとかかな」

「あ、それももう……」


 もう余計なことしか言わないから謝罪と再度感謝の言葉を伝えてから教室をあとにした。

 彼氏ができないことよりも、翼といられないことよりも、自分の情けなさを直視することになった方がよっぽど悲しいと言えた。

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