06話.[戻してもいいね]

「お前はこうなることを知っていたのか?」

「うん、その気がないならちゃんと言った方がいいと言ったのは私だから」


 自分のためにそうしたわけではないから誤解しないでほしい。

 とはいえ、一方的に振られた彼からすれば納得できることではないだろう。

 私が相手をするからなどと言うわけにもいかないので、悪く言いたいなら自由に言ってくれればそれでよかった。


「……可能性が出てきたと思ったらすぐにこれかよ」


 恋愛なんてそんなものではないだろうか。

 本命と上手くいく可能性なんて微塵もないと言っても過言ではない気がする。

 ずっと一緒に過ごしてきた人間同士だって大抵は他の人間に惹かれて終わっていくだろう。

 まあ、これは勝手な偏見、私の想像だから当てはまることばかりではないけど。


「なんでそんな顔をしてんだ」

「え? なんか変な顔をしてた?」

「別に八つ当たりしたりしねえよ、可能性がないならはっきりしてくれた方がいい」

「別に無理しなくていいんだよ? ここには私しかいないんだから」

「無理してねえよ、あ、だけどちょっと付き合ってくれ」


 彼はこちらの腕を掴んで歩き出した。

 正直に言わさせてもらえばうんと言ってからこうしてほしかったものだけど。

 大体、断って去ろうとなんてしていなかったからこんなことは必要ないとしか言えない。


「たまには外で食うのも悪くないな」

「でも、青野君は家にあんまりいたくなくて外にいることが多いでしょ? お腹空いて食べに行こうってならなかったの?」

「ないな、仮にそうなっても菓子パンとかでいつも済ませているから」

「じゃあ今日は私がいてよかったね、飲食店ってなんとなくひとりじゃ入りづらいからさ」


 そ、そこで黙るのもやめてほしい。

 はっきり「お前のおかげじゃねえよ」と言ってくれればそれでよかった。

 ちょっと悪い雰囲気にならないようにふざけてみただけなんだ。

 だから直接そう否定されても被害者面したりはしない。


「飲み物注いでくる」

「うん」


 こちらはゆっくり座っておくことにした。

 これからどうなるのかが少し気になっている。

 結局あんなことをした理由は分かっていないままだし、別に青野君を振り向かせたくてあんなことをしていたわけではないということが分かった。

 それこそ十数年一緒にいても大事な情報はひとつも教えてくれないというリアルな感じを前になんとなくはぁとため息をついた。

 

「あ……」


 こんなことは普段全くしないと言ってもいいぐらいだから自分で自分に驚いた。


「また変な顔をしてんな」

「長く一緒にいてもなんでも言ってくれるわけじゃないんだよ」

「そりゃそうだろ、他人を百パーセント完璧に信用するなんて無理だ」

「好きになるってそういうことじゃないの?」

「好きだからってなにもかも信じられるわけじゃないだろ」


 そんな相手のことを好きになれはしないと思う。

 言わないけど彼のそれは好きとは違う気がした。

 可愛いから近くにいてほしいとかそういうことだったのかもしれない。

 ただ、振り向かせるとはっきり言ったわけだからそういう形もあるのかもね。


「これ飲んだら帰るか」

「うん、青野君がいいなら」


 お金を渡して先にお店から出る。

 もう春になるから温度差がすごいとかそういうことはない。

 翼も冬が終わってくれればもっと元気になってくれることだろう。

 先程はあんなことを言ったものの、楽しく元気に過ごしていてくれればそれでよかった。


「まだ大丈夫なら久しぶりに私の家に来てよ、お菓子ぐらいだったらあげるからさ」

「じゃあ暇だから行くわ」

「うん、ありがとう」


 家に着いたら飲み物を渡して床に寝転んだ。

 なんか疲れていたから仕方がないことだと片付けてほしい。

 それに彼の中にはまだ気持ちがあるだろうから全く問題ない。

 あ、でも、寧ろこれで翼への気持ちが大きくなってしまってもそれはそれで問題だった。

 他の異性といたらいかによかったのかが分かってしまうからね。

 というわけで、我慢して座っておくことにした。


「もう青野君も二年生だね」

「そうだな」

「修学旅行を楽しめるように友達を多く作っておいた方がいいよ」

「お前は?」

「私? 私は翼と別の班だったけど全く問題なく上手くやったよ」


 自分達で選ぶわけではなかったからそこはみんな同条件だった。

 コミュニケーション能力に難があったり、奥手や人見知りというわけでもなかったから一緒の班になった子達と楽しくやれたと思う。

 そりゃ裏でなにかを言われている可能性はあるものの、旅行中だけでも嫌な気持ちにならずに過ごせたんだからいいはずだ。

 大切なのは仲良くなれなくてもいいから上手く無難にやり抜くということだった。


「感情が表に出やすい人間だから相手も困っただろうな」

「え、そんなことはなかったけどな」

「仮にそうならなくても急に黙ったりして相手を不安にさせていそうだ」

「そりゃいつでも空気を読まずに話していることなんて不可能だよ」


 そうだ、それでいいから少しずつ発散させてほしい。

 なんとも言えない気持ちを合法的な感じでどこかにやってほしかった。

 これが発散できないままになると周りにも悪影響を与えてしまうからね。

 私が原因で早まったようなものだから翼ではなく私が受ける必要があるんだ。


「膝を貸してくれ」

「いいよ」


 寝て過ごすのもひとつの手か。

 こちらの足に頭を預けるなり目を閉じてしまったからゆっくりさせておく。

 頭が痛いわけではないから髪を撫でてみたりもしたんだけど、それでなにかを言われることは二時間ぐらいが経過してもなかった。

 失恋をしたのと同じだからそりゃ気になるよね。

 こんなことでも少しはよくなるということなら利用してくれればよかった。


「……これを掛けておけ」

「え? そんなことしたら青野君が寒くなっちゃうでしょ」

「いいから掛けておけ」


 心配してくれるぐらいだったら家に帰ってゆっくり寝ればいいのにって誘っておきながら言いたくなる。

 そうすれば私だってここでじっとする必要はなくなるんだから。

 いやほら、嫌ではないけどそんなことをするぐらいなら~というやつだ。

 だけど本当に可愛いやつめと、頬を突きたくなったけど我慢した。


「……なんでお前はそうなんだよ」

「そうなんだよって?」


 もう、本当に大事なところだけは言ってくれないんだから。

 少しだけむかついてひっくり返してやろうかとまで考えて、やめた。

 これ以上隠したりするようだったらこの上着を人質にしてしまえばいい。

 話さなければ返さないぞーとでも脅せば、くくく、間違いなく言うしかなくなる。


「おっと、もういいの?」

「これ以上はお前に迷惑がかかるからな」


 どうやら帰るみたいだったから玄関のところまで付いていくことにした。

 落ち着かないようであれば連絡してきてと言っておいた。

 ただまあ、一度も返してくれたことがないから期待するだけ無駄かもしれない。

 それでも色々吐ければすっきりするかもしれないわけで、私は送ってきてくれるまで待っていればいい。


「上着、返してくれ」

「うん」


 彼はしっかり着てから「じゃあな」と言って歩いていった。

 見えなくなるまで何気に玄関前のところまで出て見送り、見えなくなってからは急いで戻って家事をした。

 これでもまだ時間はあると言えばあるから焦る必要ないかと片付けて集中したのだった。




「あ、俊くん」

「なんだ?」

「ちょっといいかな?」


 教室に入ってきた瞬間に一緒にいた彼女が彼を連れて行った。

 追うような趣味はないから少しだけ待っていたら青野君だけこっちに戻ってきた。

 翼の方は他の子と楽しそうに会話を始めていたから問題は起きなかったらしいことが分かる。


「廊下に行こうぜ、俺はこの教室があんまり好きじゃないんだ」

「ははは、さすがに君でも年上ばかりがいる教室だと気になるんだ」


 廊下で話しているような子は全くいなくてなんか不思議な気分になった。

 すぐ横の教室ではあんなに盛り上がっているのにって馬鹿みたいにね。

 なんとなく後ろを見てみたらこれまた難しそうな顔をしている青野君がいて笑ってしまう。


「人の方を見て笑うなんて失礼なやつだな」

「君はどんなことがあろうといつも通りなんだなと思ってね」


 片付けるまではうだうだ考えてしまうタイプだから少し羨ましいと言える。

 でも、片付けたらなんとも感じなくなるところは最強だと思う。

 なんて、別に勝負でもないのに張り合おうとしている自分がいた。

 だって年上として少しぐらいはいいところがあってほしいから。


「なあ、もう無理だと思うか?」

「私的にはそう思うよ」


 これ以上続けることは好きな人を困らせるのと同じだった。

 ただ、人を好きになってしまった存在にしか分からないこともあるんだろう。

 だから普通で括ろうとしないで私的にはと言わせてもらったんだ。


「そうか」

「ごめん、翼がああ決めた以上はもうやめてあげてほしいかな」


 そのまま続けていたら好かれるどころか嫌われてしまうだけだ。

 諦めずに頑張り続けた先にいい結果が待っているのかもしれないけど、この件に関してはお互いにとっていい時間は過ごせないだろうからやめた方がいい。

 いくらなんでもやっぱり出会ったばかりの彼と翼ということなら翼を優先するよ。


「仕方がねえな、そういうもんだもんな」

「うん」

「流石にここでしつこく追うような人間じゃねえよ」

「うん」

「ただ……俺だってずっといつも通りでいられるわけじゃねえよ」


 そりゃまあ……そうか。

 どんなに優秀な人でも、どんなに周りから求められている人でも、どんなに可愛いや綺麗、格好いい人でも悩んだりごちゃごちゃ考えてしまうことはあるか。

 表に出すのは空気を悪くしてしまうからと頑張って抑えているだけの可能性もあるのに、ついつい私みたいな人間はいいところだけを見て短絡的な思考をしてしまう。


「友達ではいてくれるんだよね?」

「ああ、それでなら来てくれればいいと言ってきたからな」

「いまは一緒にいるより離れていたい……かな?」

「いや、別にそういうのはない」

「じゃあほら、私とじゃなくて翼といたらどうかな?」


 私のところには相当暇で暇で仕方がなくなったら来てくれればいい。

 あくまで普段は他を優先して動いてくれればいい。

 もう片付けてあるから、別にひとりだからって気になったりはしないから。

 まあでも、そういう同情心とかで近づいて来ているわけではないか。

 自分がされたくないことを相手にもしないと決めていそうだった。

 とにかく、時間があるのは確かだから歩いてくることにした。

 校内をゆっくり歩くというのもそれなりに楽しく、そして時間をつぶせるからいい行為だと言えるかなと、歩きつつそんなことを考えた。


「待てよ」

「なんで君はそうなの?」

「真似するなよ」


 私は彼と違って隠すことなんて全くないから真似にはならない。

 大事な情報をなにも知られたくないということならあんなこと言わなければいい。

 それこそ直前で止めてしまえば興味を抱いてもらえるとか考えているのだろうか?

 もしそうならむかつくだけだからやめた方がいいとしか言えなかった。


「昨日は世話になったな」

「そんなのいいんだよ」


 お礼がしたくて誘ったわけではない。

 私は自分が引っかかるようなことを残したまま次の日にはさせたくなかったというだけだから気にする必要はない。

 寧ろそれのおかげですっきりいつも通りでいられているため、いまさらながらに彼にお礼を言っておくことにした。

 言わせるのと自分が言うのとでは違うことがはっきりしている。

 私的にはあんまりありがとうもごめんも言ってほしくなかった。


「今日も放課後は付き合ってくれ」

「いいよ、君の行きたいところに行こうね」

「いや、どっちかの家で過ごせればいい」

「それなら来てもらってばかりなのも悪いから君の家に行くよ」


 お姉さんと会って気まずいなんてことにもならない。

 会ったら会ったで挨拶をしておけばいいんだ。

 あちらだって義理の弟の友達ぐらいにしか考えていないんだから。

 まあ、どちらかと言えば会わないで終わる方がいいに決まっている。

 コミュニケーション能力があろうと友達のご家族と遭遇してしまうのは気になると思う。

 翼ならこんなときに「気にならないよ?」とか言ってきそうだけど、そういう存在はそういう存在なんだと片付けておけばいい。

 みんながみんなあんなに明るくいられるのであればなんにも問題は起きないんだ。


「私なら利用してくれればいいから」


 膝枕程度だったらしてあげるし、抱きしめたいなら抱きしめさせてあげるつもりでいる。

 さすがにキスはできないものの、私は彼を気に入っているから問題ない。

 それでいつか今回みたいに誰か好きな人ができて離れていったとしても被害者面はしないと誓う、だから安心してほしい。


「誰にでも言うのか?」

「ううん、信用している相手にしか言わないよ」


 誰にでもそんなことをするような軽い人間ではないんだ。

 それなりに一緒にいる望君にだってこんなことはしたことがなかった。

 でも、もしあっちからどんどん来てくれていて、求めてくるようなことがあったのなら私はしていたと思う。

 ま、それでもいまも言ったように信用している相手だからこそだから勘違いしないでほしい。


「迷惑かもしれないけどね、私は青野君のことを気に入っているんだよ。もうね、可愛いところが多くてきゅんきゅんしちゃうの」

「男子に言うべきことじゃないだろ」

「そうかな? 男の子だって可愛いところが多いんだから言ってもいいでしょ」


 可愛げがないと言われるよりもいいことだと思うけどな。

 あ、嫌なら言ったりはしないけどね。

 相手が嫌がることを嬉々としてやるようなクソな人間ではないんだ。


「それならいいかもな、無理やり付き合わせているわけではなくなるんだから」

「大丈夫だよ、無理やり付き合うことになったのは最初のとき以外ないから」


 少しでも発散させてあげられればいいけど……できるかな?

 一緒にいるだけで彼のためになれているなんて自惚れることはできない。

 また、厳しくできない子だから「大丈夫だ」とか言って躱してきそうなところが難しいところだと言えた。


「あと、複雑さをどうにかしたくてお……瑞桜といるわけじゃないからな」

「え、そうだったのっ?」


 でも、そういう理由があったからこそ昨日は上着を貸してくれた気がする。

 一応心配をかけたくなくてそういう風に発言しているものだと考えておこう。

 大体、どんな理由で来ているのかはどうでもいいんだ。

 信用している友達の内のひとりと一緒にいられるということならそれでよかった。

 さすがの私でも乱暴を働いてくるような子の側にはいられないからね。


「当たり前だろ、そんなことで他人を利用しねえよ」

「え、この前望君を利用していたけど……」

「そ、それとこれとは別だ」


 おお、少し慌てている感じの彼を見られるなんて新鮮だ。

 こんなこと全くないと言ってもいいからじっと見ておくことにする。

 だってこのことを口にしたら絶対に怖い顔になるからできないし……。

 ちなみに、なにも言わなくても「なんだよ」と言われたうえに怖い顔になったという……。


「ね、そのまま名前呼びを継続してね」

「ん? ああ、まあな」

「それだけしか不満な点はなかったからね、そこを変えてくれて嬉しいよ」


 このまま近くにいてくれたらいいんだけどなあ。

 別に恋をしたいとかそういうことではないんだからさ。

 ただ、なにもしてあげられないのは確かだから一緒にいる身としてはちょっとね。


「つか、戻せよ」

「そうだね、俊君呼びに戻してもいいね」


 なんとなく単純な私はまた楽しく過ごせそうだとそんな風に考えた。

 ひとりでも問題ないのは確かだけど、誰かといられたらもっといいことも確かなんだから問題視しないでほしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る