第61話 レイ様からの手紙Ⅰ
学園から帰るとバートから渡された手紙。
百合の蝋封が印象的な封筒を開けると、サンフレア語で書かれたざっくばらんな文章にクスッと笑いが漏れました。
―― ローラ。こんにちは。
昨日はとても有意義で充実した時間が過ごせたよ。ありがとう。
ところで、北の宮では珍しい花がもうじき見頃を迎えるんだ。
よかったら見に来ないか?
待ってる。 レイより ――
レイ様、早いです。
サンフレア語での手紙のやり取りを約束したのは昨日のことでしたのに。
形式ばった文面ではなく、気さくな文章を目にして心がほっこりと和みました。
手紙は顔が見えない分言葉の使い方にとても気を使うので、難しく考えがちだけれど、こんな気軽な感じでよければ続けられそうだわ。
相手は王子殿下ですから失礼のないように気をつけないといけないけれど。
私はもう一度手紙を読みました。
何度も目を通しながら、まるでレイ様が目の前でしゃべっているように思えて、私の顔にも自然と笑みが浮かんできます。
「フローラ様、そろそろお召替えをなさいませんと。奥様とのお茶の時間に遅れてしまいますよ」
手紙を何度も読み返していると、後ろに控えていた私専属のメイドであるマリーが、焦れたように声をかけました。
そうでした。手紙を受け取った時にお母様からの伝言を受け取っていたのです。
「つい、忘れていたわ。急がなくてはね。マリーお願いするわね」
「はい。畏まりました」
制服からドレスに着替えて髪を整えてもらい、お母様の待つテラスへと急ぎました。
到着するとすでにお母様の姿がありました。待たせてしまったかしら?
「お母様、すみません。遅くなりました」
「フローラ、お帰りなさい。わたくしも今来たところなのよ。さあ、座って」
「はい」
私はお母様の向かい側に座りました。
元々美しいお母様だけれど、最近は特に輝きが増しているように感じるわ。
新規で手掛けている仕事がいくつかあって忙しいでしょうに、以前よりもさらに生き生きしているように見えます。
髪もお肌もつやつやで十歳は若返っているのではないかしら。
お父様もハンサムでかっこいいですし、お母様も社交界の華と謳われるほどの美貌の持ち主。
それにひきかえ私は……
自分の地味な容姿に少し落ち込んでいるとメイドたちがお茶を運んできました。
今更、頑張っても美人になるわけではないですものね。
気を取り直してお茶の時間を楽しみましょう。
今日のお菓子はローナの砂糖漬けのクッキーです。
白い花しか咲かないローナを品種改良した結果、色出しに成功したのです。赤やピンク、黄色と三色の花を咲かすことができました。これを料理やお菓子に利用しようと思っています。
その試作品としてクッキーを作ってみたのです。
スイーツのお店を出すと決まってから、毎日のようにパティシエに新作のお菓子を作ってもらって、それを試食するという日々が続いています。使用人たちにも食べてもらって感想を聞きながら、試行錯誤を繰り返しているところです。
「昨日はどうだったの? 初めてで大変だったのではない?」
紅茶を飲んでいると、お母様が心配そうに聞いてきました。ディアナも同じでしたけど。
教師資格もない私が臨時とはいえ、王族の家庭教師になるとは思ってもいませんでした。それにちゃんとやれるかどうかもわかりませんしね。
「大変というより楽しかったです。リチャード殿下もきちんと授業を受けてくださいましたし、耳がいいのか発音も上手でしたよ。アンジェラ様からは来週もとお願いされました」
「そうなの。よかったわ」
心配顔のお母様の表情が安心したように緩みました。もしかしてずっと案じていたのかしら。
昨日もレイ様と夕食をご一緒することになって、帰りが遅かったものだから両親と顔をあわせる時間がなかったのです。
「お母様。実はレイニー殿下と手紙のやり取りをすることになったのですが、よろしいですか?」
「レイニー殿下と?」
お母様の瞳がびっくりしたように大きく見開かれました。
文通といってもいいのかしら。
招待状などとは違って、何度もやり取りする可能性があるので事前に報告していた方がいいと思ったのです。
レイ様も忙しいでしょうから、頻繁にというわけではないのでしょうけれど。
約束しましたからね。
それに、早速、お手紙を頂いてしまいましたし……
お母様?
ビックリしたまま、なんだか固まっているようですけれど。
どうしたのでしょう?
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