第62話 レイ様からの手紙Ⅱ

「お母様? どうかされましたか?」


 固まったまま動かないお母様に声をかけます。

 すると、やっと我に返ったのか


「あっ、いえ、なんでもないわ」


 平静を装うように、菓子皿に手を伸ばしたお母様はクッキーを一口齧りました。


「美味しいわね。でも、ローナの砂糖漬けが甘い分、もう少し砂糖をひかえてもよさそうね」


 私も試食してみました。

 サクッとした食感は合格ですが甘すぎました。上にトッピングしているローナはグラニュー糖をまぶしているので、甘さがくどくなってしまったようです。


「そうですね。では、砂糖控え目のものも作ってもらいましょうか?」


「それがいいわね。砂糖の種類も変えてみてもいいかもしれないわ」


 お母様の言葉に私も頷きます。

 種類によって砂糖の甘さも違いますから、試してみるのもいいかもしれません。

 

「もう一度、レシピを確認して練り直してみます」


「そうね。それがいいわね。わたくしも協力するわ」


 クッキーはもう少し工夫が必要ですね。いろいろアイデアを出して考えてみましょう。

 いろんな種類のクッキーを作って、みんなで食べ比べをしてみたらどうかしら。

 クッキーは改良の余地ありということでお母様と意見が一致したので、私は紅茶を飲んで一息つきました。


 そういえば……

 クッキーで話が飛んでしまいましたが、手紙の件はどうなったのでしょう。


「ところで、お母様。レイニー殿下より時々手紙が届くと思うのですが、よろしいですか?」


「それは、あなたが良ければよいのだけれど、どんな経緯で手紙をやり取りすることになったの? レイニー殿下もお忙しい方でしょうし」


 私は昨日の出来事をお母様に説明しました。


「サンフレア語でって。まあ、難度の高いことを……」


 お母様はビックリ眼で話を聞いています。普通は考えもしないことでしょう。母国語と違って難しいですから時間も取られますしね。


「それで、さっそくお手紙が届いたのですけれど」


「えっ? 昨日の今日で?」


 お母様もまたもやビックリしています。

 やっぱり、そうですよね。

 

 約束はしたものの果たされるかどうかは、あまり期待はしていませんでした。その時のノリで、ついうっかり口にされたのかもしれませんしね。

 ですから、私もまさか今日だとは思いませんでした。ちょっと苦笑いです。


「はい。それで、その内容が……北の宮の珍しい花を見に来ないかというお誘いでした」


「そう。それで、フローラはどうしたいの?」


 お母様は優雅な仕草で紅茶を飲むと私に問いかけました。


「お断りするわけにもいかないでしょうし、来週リチャード殿下の授業が終わった後に行ければとは思っています」


 この時間なら丸一日スケジュールを開けておけばいいので、自分としては都合がいいのですよね。また別の日となるともう一日開けなくてはいけないので、時間の効率が悪くなるのです。

 花の見頃がいつかはわかりませんが、来週がダメなら再来週で、とも思っているのですけど。

 レイ様のスケジュールと合えばですけれどもね。

 

「フローラ。あなたも忙しいのだから、無理に行くことはないと思うわよ。ダメなときはお断りしてもいいのよ?」


「……あの、お断りしてもいいのですか?」


 お相手は王族ですし、王子殿下ですけれども。


「ええ、大丈夫よ」


 お母様は自信満々に大きく頷きました。

 お断りする。頭にはありませんでした。すっかり行く気でしたし、珍しい花にも興味があります。


「確かに忙しいですけれど。でも、授業が終わった後にお願いしようと思ってますし、花を見るだけならそんなに時間はかからないと思いますから、大丈夫ですよ」


 あらかじめわかっていれば時間の調整は出来ますし、仕事は前もってやるか後にずらせばいいですしね。支障をきたさないようにすればよいことです。決して難しいことではありません。

 

「ふふふっ。そんなに深刻な顔をしなくてもいいわよ。ちょっと心配しただけよ。無理強いされているのではってね」


「それはありません。レイ様はお優しい方ですし一緒にいてとても楽しいですから、決して無理やりとかではありませんからね。お母様」


 誤解のないように言っておかなくては。

 少々、強引な所はありますけど、決してイヤではないわ。


「わかったわ」


 納得してくれたようです。

 澄ました顔でクッキーをつまんでますけど、紅茶を飲んでますけど。

 でも、お母様、顔が緩んでいませんか? なんでしょう、笑いをこらえているように見えるのですけれど。

 私、変なこと言ってませんよね?


 なんとなく居た堪れない空気を感じていると二杯目の紅茶が運ばれてきました。

 その後は別の話題に切り替わり、久しぶりにお母様とのお茶の時間を満喫したのでした。

 

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