第43話 チェント男爵令息side③
「ところでブルーバーグ侯爵家へは謝罪に行ったと手紙で読みましたが、どうだったのですか?」
手紙で事の経緯は知っていても結果は聞いていなかった。
父は考えこむような渋い顔をして宙をしばらく見つめていた。表情からは明るい結果は読み取れない。
婚約破棄したのはテンネル家だが、それに関与したのは紛れもなくうちの娘である。大事な婚約を壊してしまったのだ。慰謝料を請求されてもおかしくない。
今度は腕組みをして考え込んでいる。
なかなか口を開かない父に
「もしかして慰謝料の額が半端ないとか……」
無言が怖くてあらぬ想像を口走ってしまった。
「いや、それがなあ。慰謝料か、それで済んだ方が何倍もましだったな」
「どういうことです?」
意味が分からない。
「わしは土下座して謝罪したあと、慰謝料も払うといったんだが……」
「……」
土下座か、そのくらいはしないと許してはもらえないかもな。それでも生ぬるい方かもしれない。何しろ相手は侯爵家だ。怒らせたらただではすまないだろう。身分が違いすぎる。
「謝罪は受けてはもらえたんだが、慰謝料はいらないと突っぱねられた」
土下座したかいはあったようだ。
しかし、父の渋い顔がさらに渋くなって困惑の色も浮かんでいる。
こちらが誠意を表したにも関わらず、慰謝料を拒否するとは……
「どういうことなんです?」
「ブルーバーグ侯爵殿がいうには、娘は婚約破棄には応じたが心の傷を負っている。娘のことを思えば、とてもじゃないがお金に換えられるものではないと言われたよ」
あちらの言い分もわかるが、だからこそ感情のもつれはお金で解決する。それが一番の方法だと思うのだが、何か気に入らないことでもあるのか。
「だったら、あの邸を慰謝料代わりにすればいいのではないですか?」
あの旧邸の購入者はブルーバーグ侯爵なのである。手付金は二割、引き渡し日に残りの金額を支払ってもらうことになっていた。手付金も返して丸々邸ごと譲り渡せばよいのではないか。
「それも提案したんだが、断られたよ」
「そうですか。そういうことであれば仕方がありませんね。こちらは誠意を見せたうえで断られたのなら、これ以上できることはありませんね」
打つ手はすべて打った後か。
「謝罪を受け入れてもらっただけでも良しとしなければな」
父は釈然としない面持ちで自分を納得させるように口にした。
侯爵殿の胸の内はわからないが、お金ですべて解決するわけではないと思っているのかもしれない。こちらはお金でカタをつけた方が罪悪感もなくなりスッキリするのだが。
「そういえば、フローラ嬢はディアナ伯爵令嬢と仲がいいと聞きましたが」
友人と食事しているときにそんな話題が出たのを思い出した。
「ああ、そのようだ。実はこっちの方が厄介かもしれんな」
「マクレーン伯爵の機嫌を損なえば首が飛ぶ、と聞いたことがありますが、本当ですかね」
「さあ。わしが知ってる限りでは、今までそのようなことはなかったと思うが。知らないだけかもしれないし、これからないとも限らん。王家の次に権力があると言われているからな」
真偽のほどは定かでないが、まことしやかに流れている噂。
よほどの馬鹿でない限り、マクレーン伯爵家を敵に回そうなどという者はいないだろう。
「それではフローラ嬢の後ろにはマクレーン伯爵家、ひいては王家がついているといっても過言ではないということですか?」
「ああ、そうだろう。だからこそ、慰謝料で解決したかった。これがずっと尾を引かなければいいがな。国の宝玉と讃えられているフローラ嬢を婚約破棄に追い込んだのは、チェント男爵家の娘だと社交界でも知れ渡っているだろうからな。お前も覚悟しておけよ」
父は眉間にしわを寄せて頭を抱えてしまった。
これから商談も控えているのだが、うまくいくのだろうか。
汚名を返上する方法はあるのか考えよう。
「厄介どころか、疫病神のなにものでもない。養女にしたのが間違いだった」
今頃後悔しても遅いのだが、返す返すもあの時仏心を出すのではなかった。
俺たちがこんなに悩んでいても、リリアはこの世の春とばかりに幸せにいりびたっているのだろう。
それが腹立つな。
しかし、この時にはもうとっくにカウントダウンは始まっていた。
ディアナ嬢の不興を買い、ガーデンパーティーでの無礼な態度で王妃陛下にも見放されていたとは……
それら最悪の事態を俺たちはあとで知ることになるのだった。
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