第36話 ランチで恋バナ⁈Ⅰ
「ふふっ、まあ、そんなことがあったのね」
ディアナが扇子で口元を隠して笑っています。
すっかり定番となってしまった学園の庭園で昼食中に先日のレイ様との出来事を話しました。
私と特別クラスに在籍していて十五人中女子は私たちを含めて五人だけ。みんなと仲が良いので一緒にいることも多いのですが、昼食時は婚約者と一緒だったりと他のクラスメートとはバラバラに食べることも多いのです。
四阿でティータイムをしたのですが、なぜか隣に座ってきて並んでお茶をすることになったり、夕食も一緒にすることになったり。
レイ様はテーブルに着くとすぐさまエルザに夕食の手配を頼んでいたので断る隙もありませんでした。
「あの時、ディアナが私も連れ帰ってくれたらよかったのに……」
「なあに? 何か嫌なことでもあったの?」
「そういうわけでは……」
食事自体は楽しかったのですけれど、なんというか場違いなような、恐れ多いような、相応しくないような、贅沢なような……いろいろな気持ちがごちゃ混ぜになってうまく言葉にできないのですけれど。
「ディアナが断ってくれてたら、早く帰れたかなあって思って……」
レイ様がディアナに食事の約束をしていると言ったら、すぐに了承して『あとはよろしくね』ってあっさりと帰ってしまったんだもの。一人ぽつんとおいて行かれたようで寂しかったわ。
もう過ぎてしまったことをいまさら未練がましく言ってもどうしようもないのですが、ましてやディアナのせいにするなんて。でも、ちょっとだけ拗ねてみたい。
「相手は王子殿下よ。わたしでも断れないことはあるわよ。それに送ってくれるといったから安心して帰ったのよ」
「ディアナはいざとなったら王子殿下より強そうに見えるわ」
初めてレイ様と会った時のやり取りを見ていれば力関係がわかる気するのだけど。
邪険に扱われていても堂々としていたしちょっとした嫌味まで侍女たちに投げかけていたのだもの。つきあいの度合いが垣間見えるようだったから。
ディアナなら何とかしてくれると思ったのよ。
「それはどうかしら? そうね、レイニーたちとは幼馴染で軽口を言い合うくらいには気安い関係だけれど、身分の差はあるのよ。王子殿下と伯爵令嬢、どちらが上だと思って?」
「それは……」
確かに身分を問われればレイ様の方が上なのは一目瞭然なのはわかりますけど。
ディアナはローズ様やアンジェラ様とも仲が良いし国王陛下にも可愛がられているのは周知の事実。王宮に部屋まで賜るぐらいですもの。彼女の一言で国王陛下ご夫妻を動かせてしまうくらいには発言権はあるんじゃないかしら。と思わせるだけのものを感じるのだけど、これは黙ってた方がいいのよね。
「王子殿下かしら?」
「そうよ。正解。フローラは早く帰りたかったとか言ってるけれど、話を聞く限りでは楽しそうだったわよね」
「……」
そういわれてしまえば何も言えないわ。
毅然と断り切れない優柔不断さに落ち込みつつ、食事を共にすれば会話も弾んで楽しいひとときを過ごしたことに、自分でどう折り合いをつければいいのか答えが見つからなくて迷っているのよ。
「もしかして、本心は嫌悪感が出るくらい顔を見るのもイヤだったとか、背中に悪寒が走るくらい話すのもイヤだったとか……もしかして、そうだったの?」
私はギョッとして、とっさに首を左右に振りました。
嫌悪感? 悪寒?
ディアナは何を言い出すんでしょう。問う内容が突拍子過ぎませんか?
私の顔を心配そうに覗き込む彼女の顔は真剣です。
レイ様のことをグダグダと愚痴るから嫌いだと勘違いさせてしまったのかもしれません。
「それは違うわ。レイ様のことはイヤだとも嫌いだとも思ってないわ」
「本当に?」
まだ、疑っているみたい。
「本当よ」
ディアナの顔をまっすぐに見て返事をしました。
「よかったわ」
ジッと見据えた視線が柔らかいものになり、テーブルに乗り出すようにしていた体を元に戻すとホッとした表情に変わったディアナ。
「嫌悪感も悪寒もないならこのままでいいんじゃないかしら」
「?! あの……このままって」
何を言いたいのでしょう。それに嫌悪感とか悪寒とか、レイ様ひどい扱い受けてませんか? 普通そこまで言わないと思いますけど。
「レイニーの好きにさせてあげて欲しいということよ」
「レイ様の? それはどういう意味なの?」
「フローラ? あなたは何が不安なのかしら? レイニーに対してどこか逃げる口実を探しているわよね」
ディアナの核心を突く言葉が胸に突き刺さりました。
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