第34話 レイニーside②

「マロンが開いてた窓から外へ逃げ出しちゃってね。リッキーが俺に助けを求めに来たんだ」


 俺は三人兄弟の末っ子で長兄は王太子、次兄は騎士団所属で二人共王宮を空けることも多く忙しい。

 その影響で、内向きで事務的な処理は俺に回ってくる。だから必然と宮にいることも多い。書類を片付けるのも大変な作業で机の上はいつも仕事が山積みではあるけれど。


 初めてできた甥っ子はかわいいし、子供好きも手伝ってリッキーの遊び相手をしていたら自然と懐いてくれて、俺の宮にも度々遊びに来るようになった。俺にとっては年の離れた弟のようなもの。

 

 川のせせらぎを聞きながら蛇行している水路に沿って歩いていく。林の中に入ると木の枝の陰からスポットライトのように陽が差して幻想的な景色を作っている。


「マロンは脱走しちゃったんですね」


「ああ、初めての冒険かな? 東の宮から本宮のローズガーデン辺りまではけっこう距離があるからね。かなりの冒険だよ。初めての外で興奮したのかもしれないね」


 最初は東の宮を探して、それでも見つからないから本宮までみんなで手分けして捜索をして、見つけたのがあの木の上だった。ついでにローラまで捕まえちゃったけどね。


「でも、私が見つけた時は震えて怯えてましたけど」 


「それは木の上だったからじゃないのかな? 子猫のくせに上まで登ってたもんな。ついでにローラまで」


 悪戯っぽく笑った俺を見てローラの顔が見る間に紅く染まっていく。


「レイ様、それはもう忘れてください」


 よっぽど恥ずかしいのか真っ赤な顔をして抗議してくるけど、それすらも可愛くて……


「どうしよっかな?」


 悪戯っぽく笑った俺に


「もう、意地悪です。レイ様、嫌いです」


 ぷうっと頬を膨らませたローラはプイッと顔をそむけた。

 まるで幼女が拗ねているようで幼気な彼女も可愛い。


「だって、まさか子猫を助ける女の子がいるなんて思わないじゃないか。びっくりしたよ」


「いつから、見てたんですか?」


 何かが引っかかったらしいローラが訝し気な顔をして聞いてきた。

 あっ、しまった。今のは失言だったかな? でも、まあ、いっか。


「マロンの鳴き声が聞こえたから駆けつけてみたら、ローラが靴を脱いで登るところだった」


「えっ? それじゃ、もしかして最初から?」


「そういうことになるかなあ」


 俺はとぼけてポリポリと頬を掻いた。


「だったら、なんでその時に助けてくれなかったんですか?」


「それは……ローラが一生懸命木に登ろうと頑張ってたから、邪魔したら悪いなあと思って」


 マロンを助けようと何度も何度も登り直して必死な姿に見惚れてたんだよ。ちょっとした好奇心もあったけどね。もちろん、いざというときには助けようと思ってたから。


「邪魔したらって、そういう時は遠慮せずに邪魔してください。私、木に登るの初めてだったんですよ」


 恨めしそうな顔で俺をにらんでくるけど、ちっとも怖くないからね。


「そうだったんだ。見てたけど、けっこう上手だったよ。初めてとは思わなかった」


「もう、私、ほんとに、ほんとに、マロンを助けたくて必死だったんですからね。レイ様って、性格悪いんですね。もう、知りません。見損ないました。レイ様、嫌いです」


 こぶしを握って力説しながら、ほっぺを膨らませてプンプン怒っても可愛いだけだからね。


 うん。必死なのはわかってたよ。

 リッキーやマロンがあれだけ懐いているのは、ローラの熱意が伝わったからだと思う。

 俺もあの姿を見て感動したからね。まさか、あの後飛び降りるなんて想像してなかったけど。てっきり、幹を伝って降りるかと思っていたから。


 勇敢な姫君を助けて捕まえてしまった時から、君は僕のもの。婚約破棄したのはディアナから聞いている。グッドタイミング。これも神様の采配としか思えない。俺はこのチャンスを逃すつもりはない。

 

「わかった、わかった。ごめんね。今度は俺が助けるからね。それならいいかな?」


「もう、知りません」


 機嫌を損ねて俺に背を向けてしまったローラ。からかったつもりはないけれど、俺の言葉がお気に召さなかったらしい。


「そうだ、お詫びに今夜夕食を一緒に食べよう?」


「……」

 

 ギギギッと音が聞こえそうなくらいぎこちない動きで、振り返ったローラは拗ねたような瞳で俺を見据えた。

 まだ、ご機嫌斜めのよう。


「申し訳ありません。今日はディアナの馬車に乗ってきたのです。ですから一緒に帰らないといけませんから、無理だと思います」


 すうと無表情な顔になり冷淡な態度で深く頭を下げたローラ。


 本格的に機嫌を損ねてしまったかな? 

 仕方ないなあ。

 俺はローラを抱き上げた。


「きゃあ」


 急に抱えあげられてびっくりしただろうローラの声が林の中でこだました。

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