第33話 レイニーside① 

「わあ、すごいですね。虹がきれい」


 ローラが目の前の光景を眺めて感嘆の声をあげる。


 岩のてっぺんから勇壮に流れ落ちる滝。水のしぶきが散ったあたりに、太陽の光が反射し描き出された虹が架かっている。池にたまった水は、水路を伝って下流へと流れていく。そこから林の中を巡り、また池へと戻ってくる。

 湧水を利用した清流は避暑で訪れる別荘近くのお気に入りの渓谷を模したものである。


 たまの気晴らしになればと思い、一念発起して造ったものだった。

 自分のこだわりを詰め込んで職人たちと試行錯誤を重ねた会心の秀作だから、興味を持ってくれて嬉しい。

 気晴らしどころか、けっこうな癒しにもなっている。時間があれば散策して自然を満喫するのがストレス解消にもなっているし、使用人たちも憩いの場として利用しているようだから、一石二鳥といったところ。


 珍しそうに瞳を輝かせて滝を見つめるローラ。


「これって、この先はどうなっているんですか?」


 流れ落ちる水を辿って先の景色に視線を巡らせたローラは、興味津々な顔で俺に聞いてくる。


「行ってみるかい?」


「はい」


 いちもにもなく返事をしたローラと二人で川下へと歩いていく。

 川の中から水草が顔を出していてほとりにはセリやクレソンも自生している。


「すごいですね。本物みたい」


 時折、感激ひとしおといった感で川の流れに目を止めるローラ。


「あら、お魚がいるんですね」


「気づいた? ミニチュア版だけど、せっかく本物そっくりに作ったからね。魚も泳がせているんだ」


「これは何ですか?」


 腰を折って覗き込んでいたローラが指をさした。俺は隣に立って同じように覗き込む。小さな魚が群れを成して泳いでいる。


「これはメダカだね。ほら、もうちょっと先にいる赤色と黒いのが鯉だよ」


「メダカ、それと、鯉」


 魚を指さしながら確認している仕草がかわいくて笑みを誘う。

 

「フナとか、あとザリガニやエビもいるよ。ほかにもいろいろ、カエルも。この前まではおたまじゃくしもいたんだけどね」


「おたまじゃくしも?」


「うん。みんな成長しちゃったからね」


「そうですよね。大きくなりますもんね」


 何気にがっかりしてるなあ。


「見たかった?」


「はい。図鑑でしか見たことなかったので、本物を見たかったです」


「だったら、来年だね。あー、そうだ。これからなら、蛍が見れるよ」


「蛍? ほんとですか?」


 すごい食いついてきたんだけど。ものすごく興味があるんだね。これも図鑑で見たのだろうか。

 自然が豊かなきれいな水辺に生息する昆虫だから、王都ではあまり見ることができないからね。

 

「去年も見たから、今年も大丈夫だと思うよ。よかったら見においで。蛍の鑑賞会をしよう」


「いいんですか? 私が来ても大丈夫ですか?」


「いいよ、もちろん。おいで。歓迎するよ」


「ありがとうございます。待ち遠しいです」


 まじか。すんなりと俺の招待を受けてくれるとは……

 こんなに喜んでくれるなら、幼虫から採取してきて育てた甲斐があったというもの。庭園もローラと過ごすために造ったとしか思えない。きっと、そうだ。


「もう少し先に行ってみないか? 他の魚たちが見れるかも」


「はい」


 俺はローラの手を取り先へと促した。手を繋がれたというのに川の生物に夢中なのか全然気づかない。

 二人でゆっくりと歩きながら、時には足を止めて魚たちに見入る。


 群れで行動するもの、単独で泳いでいるもの、時には寝ているのか草陰に隠れて動かないもの。

 様々な川の魚たちをつぶさに観察しながら、熱心に俺の説明に耳を傾けている。

 好奇心いっぱいに瞳をキラキラさせて俺を見るローラが眩しい。


「そういえば、マロンはここの魚を捕まえたりしないんですか?」


 唐突な質問にちょっと虚を突かれてビックリしたけど、ローラが心配するのも無理はないか。マロンは猫だもんな。


「マロンは子猫だし狩猟本能が働くかなあ。一度試してみてもいいけどね。マロンは完全室内飼いなんだよ。だから外に出ることはないんだ」


「えっ? でもこの前は……」


「外にいたね。木登りしていたしね」


 俺はマロンのことを言ったつもりだったけど、ローラの頬がうっすらと赤くなった。あの日のことを思い出したのか、恥ずかしそうに俯いてしまった。そんな彼女もかわいい。


 離れた手をもう一度繋ぐ。このまま離したくないなあと思いながら、ローラと出会ったあの日に思いを馳せた。

 

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