第32話 お茶会
馬車から降りて侍女長に先導されながら、どこまでも続く緋色の絨毯の上を私はディアナと歩いています。
案内されたのは本宮のプライベートルーム。
ドーム型の部屋は天井が高くて開放的で、見事な細工のシャンデリアと色鮮やかなステンドグラスの窓が目を引きます。
真っ白なテーブルクロスがかけられた大きめの四角のテーブルが二つと囲むように椅子とソファが置かれていました。ここがお茶会の部屋なのでしょう。
馬車の中で今日の招待客は私だけだと聞いた時には、サーと血の気が引き青ざめてしまいましたが、わたしがいるでしょうとディアナが励ましてくれたので少しは落ち着いたのですが。
隣に座っているディアナも口を閉ざしています。
シンと静まり返った部屋の中にいると時計の音がやけに大きく聞こえました。
コンコン。
そわそわとした気持ちを抱えて緊張しているとドアの音がして扉が開きました。
入場されたのは、王妃陛下と王太子妃殿下に手を引かれたリッキー様にマロンとレイ様。
レイ様の姿を見て少し緊張がほぐれたような気がしました。
「フローラちゃん、ディアナ。こんにちわ。よく来てくれたわね」
部屋に入った王妃陛下よりにこやかな笑顔であいさつを受けました。
「王妃陛下、本日はお招きいただきありがとうございます。とても、光栄に存じます」
カーテシーをして礼を取ると
「そんな堅苦しい挨拶はよいのよ。さあ、座って」
王妃陛下がさっそく座るようにと促してくださいました。
「それから、王妃陛下なんて畏まらなくていいから、この前言ったように呼んでちょうだい」
すかさず要望が入ってしまいました。あまりにも馴れ馴れしすぎでお呼びするのもおこがましいのですが。
「はい。ローズ様」
消え入るような控え目な声で名前を呼ぶとローズ様は満足そうに微笑みました。
「じゃあ、次はわたくしね。フローラちゃん、呼んでみて?」
今度は王太子妃殿下から催促されました。これは王族の試験なんでしょうか? 合格しないとお茶会に参加できないとか?
「アンジェラ様」
「ふふっ。よいわね。いい響きだわ、これからもよろしくね」
アンジェラ様もなんとも喜びに溢れた表情で笑ってらっしゃいます。
合格ということなのでしょうか。
前回、夕食をご一緒した時、緊張でガチガチだった私に、ローズ様とアンジェラ様の親しみやすさ、気さくな振る舞いに心が解されて、いつの間にやら自然と会話の中に入っていました。
名前で呼ぶのもその一つかと思っていたのですが、今も有効なのですね。
王妃陛下と王太子妃殿下を名前で呼べるのは限られた人でしょうから、その中に加えて頂けるのはとても名誉なこと。もったいなくもありがたいことです。
「ローラ、久しぶりだね。元気だった?」
アンジェラ様の隣にいたレイ様と目が合うと眩しい笑顔で挨拶してくださいました。
「はい。おかげさまで元気です。レイ様はいかがでしたか?」
「元気だったよ」
私を見つめる瞳が優し気で憂いを帯びているような姿に、どきんと胸が高鳴りました。初めての感情にドギマギして、まともに顔を見れなくて俯いてしまいました。なんとも気恥ずかしくてむずがゆい気持ちになります。何なのでしょうか? この気持ちは……
この時、私たち二人を見守るローズ様方三人の視線など気づきませんでした。
レイ様と二人だけの世界になったように感じるくらい、シーンとしてしまった空気感に戸惑っていると
「僕、ローラおねえちゃんの隣がいい」
リッキー様の無邪気でかわいらしい声にハッと現実へと引き戻されました。
アンジェラ様の手を離れてコトコトと歩いてきたかと思ったら、私の横にちょこんと座りました。
あまりの素早さにアンジェラ様も苦笑いを浮かべていらっしゃいます。
「ほんとに相変わらずフローラちゃんが好きなのね」
「うん。ローラおねえちゃん、大好き」
「ニャーン。ニャーン」
リッキー様の膝の上でマロンも賛成なのか私を見上げます。
「リッキー様もマロンも大好きですわ」
慕われるのは、こそばゆくもとても嬉しいもの。
マロンのあごを撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうにしています。
それぞれの席に落ち着くと香りのよい紅茶やおいしそうなお菓子類がテーブルに並び、準備が終わるとお茶会が始まりました。
たわいもない話から外国や経済に関する話題も飛び出します。はじめは黙って聞いていたレイ様もやがて話に加わってにぎやかで和やかな雰囲気になりました。
コテン。
突然、膝の上に重みを感じて、何事かと見てみるとリッキー様が頭を預けていました。たった今までお菓子を食べていたと思っていたのですが、急に睡魔が襲ったのでしょう。
すやすやと寝息を立てて眠っています。
「リチャードったら、寝てしまったのね。部屋で寝かしつけた方がいいわね」
アンジェラ様の言葉にリッキー様付きの侍従が
「失礼いたします」
私に一礼してリッキー様を抱き上げました。
すでに深い眠りに落ちているのでしょう。身じろぎ一つせず目を覚ます気配もありません。
「部屋の方がゆっくりお昼寝ができるわね」
ローズ様がリッキー様の寝顔を見て愛おしそうに目を細めました。
「皆様、すみません。お先に失礼しますわ」
アンジェラ様は立ち上がるとマロンの名前を呼びました。マロンも状況がわかっているのか、ソファから飛び降りてアンジェラ様のところへと走っていきます。
腕の中におさまったマロンとともにアンジェラ様方が退室されると一気に寂しくなりました。リッキー様がいた隣の温もりがなくなって、ちょっとだけ肌寒さを感じてしまいます。
「レイニー、フローラちゃんを庭園に案内してあげたら?」
会話が途切れて静かになった部屋にローズ様の声が響きました。
庭園?
思いがけない提案に私はローズ様の方を向いた後、レイ様の顔を見つめました。
「そうね。それはいいんじゃないかしら。レイニー、お願いするわ」
ディアナが名案とばかりに軽く手を合わせます。
「ディアナは?」
「わたしはローズ様とお茶をして待っているから、二人で行ってらっしゃい」
ディアナは動く気はなさそうです。ひらひらと手を振られてしまいました。
私もこのままでいいのですけれど、ローズ様も何気ににっこりと微笑んでディアナに同意していらっしゃるよう。
「ローラ、よかったら案内するよ」
「そうよ、レイニーの庭園はとても見ごたえがあるから、楽しんでくるといいわ」
ローズ様の後押しを受けてレイ様が手を差し出しました。雰囲気的に断る選択肢はなさそうです。
促されるように立ち上がるとレイ様の笑顔が目の前にあって、ちょっとドキッとしました。
「レイ様、お願いします」
「それじゃあ、行こうか」
手を引かれて扉の前まで来るとローズ様から声がかかります。
「レイニー、フローラちゃんのことは責任をもって大切に対処してちょうだいね。あとは任せたわよ」
「わかりました。お任せください」
真面目な顔で大きく頷いたレイ様。
部屋を出て長い廊下を二人で歩いて行きます。
お腹もいっぱいですし、運動がてら散歩をするのにはちょうどいいのかもしれません。
それにローズ様がおっしゃった見ごたえのある庭とはどんなものなのでしょう。
興味が湧いてきた私はワクワクしながら本宮を後にしました。
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