第27話 ブルーバーグ侯爵夫人side ①

「あの。スティールが帰国したのよ」


 待ち合わせたカフェの一室で、先日の婚約破棄の一件を謝罪したエリザベスが遠慮がちに話を切り出した。

 彼女はテンネル侯爵夫人。わたくしシャロンの娘フローラと婚約解消したエドガーの母親でスティールは次男に当たる。

 金髪に空色の瞳。きれいな顔が今日はくすんで見えた。頬も少しこけたかしら? いつもの元気溌溂とした覇気がないわ。

 あれだけの大失態を息子がやらかしたのだから、当たり前よね。少しは反省してもらわないと困るわ。

 

 フローラとの婚約が成立してから、二、三か月に一度の割合でお互いの家を行き来したり、レストランやカフェで食事をしながら母親同士の親交を深めていた。わりと気も合ったから楽しかったのだけれど。それも今日でお終いかもしれないわね。


「そう。でも留学期間はまだあるのではなかったかしら?」


 隣国の全寮制の学院に入学して成績も優秀だとか聞いていたけれど。


「ええ。そうだったけれど、エドガーのことがあったでしょう? だから至急帰ってくるように連絡したのよ。今週帰国して、王立学園への編入手続きも済ませたから、来週から登校することになったわ」


「そう」


「それで、スティールのことを考えてくれないかしら? もちろんエドガーのことがあったばかりで、申し訳ないけれど、フローラさんを傷つけたことはお詫びします。本当に図々しいお願いだと思っている。けれど、このまま契約解消になったら計画がすべてが水の泡になってしまうわ。だからどうかお願いします」


 エリザベスはテーブルに頭をこすり付けんばかりに何度も頭を下げる。

 気持ちはわかるわ。

 二人の結婚まで一年を切っていたし、結婚後の本格的な始動のために着々と準備は進められていたものね。


「エドガーさんはどうするの?」


「あの子は廃嫡して、スティールに後を継がせようと思っているの。わたしたちはフローラさんとの結婚はスティールを望んでいたでしょう? だから、これを機に元に戻せないかと思って」


 エリザベスは一縷の望みをスティールに託しているのでしょう。

 わたくしもそう思っていたから、随分と主人にも話をしたけれども、聞き入れられなかったのよね。

 男ってなんであんなに嫡男にこだわるのかしら? 


 エドガーは自信過剰が故の傲慢さが見え隠れしていて好きになれなかったのよね。人前ではそつなくやっているように見えても、隠しきれないものがあるのね。きれいな顔をしているのに、時々感じる人を見下げるような冷たい目が気になっていた。


 幼い頃には神童と評判でかなり優秀だと聞いていたけれど、それも入学した前期まで、後期からどんどん成績が落ちていって今では最下位クラス。性格が悪いうえに成績まで悪いなんて目も当てられない。容姿だけがいいなんてマイナスにしかならないわ。


 その反対に、スティールは茶色の髪に青い瞳で目立った容姿ではなかったけれど、おとなしくてしっかりしていて勉強もこつこつと頑張るような努力家で、隣国の最難関の学院に合格した優秀な子供だった。

 スティールの方が好感度が高かったのよ。愛する娘を嫁がせるのですもの。嫡男云々より性格が大事でしょう。


「エドガーさんのお相手の男爵令嬢はどうするの?」


「リリアさんね。結婚させるつもりよ。どうしても一緒になりたいと土下座までするのですもの。卒業したら本人に廃嫡を告げて、辺境の領地へ押し込めるわ。そしてスティールを後継者として発表するつもりよ」


「そうなのね。そこまで決断しているのね」


 スティールのことを認めさせようと必死ね。

 それもこれもフローラのブランド力が高いのを知ってるからよね。ローナの栽培成功で有名なフローラの名前で展開する商品、企画がいくつもあるから、それを全部撤退すればどれだけの損失、収入減が出るかわからないものね。

 

「エドガーはフローラさんには近づけないわ。だから、どうかスティールのことお願いできないかしら」


 縋りつくように丁重に懇願されても今となっては難しいわ。せっかく帰国してもらっても、無駄になるんじゃないかしら。せめてフローラの気持ちを大事にしてほしかったわね。


「そうねえ。フローラはあんなことがあったから、ショックを受けていてね。結婚のことは考えらないって言ってるの。心の傷が癒えるまでわたくしたちもこのことには触れないようにしているのよ」


 わたくしの言葉にエリザベスの顔が青ざめたのを通り越して、真っ白になってるわ。

 ここまで言っておけば、結婚話も消えるでしょう。

 結婚に消極的なのは事実だし、エドガーとリリアのことはショックを受けるどころか祝福してたけど、これは言わずともいいわね。フローラは優しすぎるのよ。

 

「それと、わたくしは当主ではないから何事も決定権はないのよ。ごめんなさい」


 わたくしは一言謝ると席を立ち、色を失くして力なく項垂れるエリザベスに一礼してカフェを出た。


 テンネル家は知らなかったかもしれないけれど、わたくしはフローラがエドガーからどんな仕打ちを受けていたか知っていましたからね。どこで婚約破棄をしようかと相談しているところだったのよ。

 結果オーライでこちらが手を出すことなく勝手に自爆してくれて良かった。主人にそのことを話したら激怒していたわ。当たり前よね。


 研究の合間に真面目に誠実にテンネル家のために働いていたフローラをぞんざいに扱って虚仮にしたのよ。

 それ相応の報いは受けるべき。これからそれがわかるでしょう。ブルーバーグ侯爵家を見くびらないことね。

 ということで、契約も早々に解消してテンネル家とは縁を切って、うちから派遣している職人たちも撤退させなきゃね。


「さて、今日はどこのケーキ屋さんに寄ろうかしら? お気に入りのお店がいくつもあるから迷うわあ。お店のを買うのもよいけれど……そうよ。どうせなら、自分好みのお店を作るのもいいのではないかしら。自分の好きなものしか置いてないお店。今まで思いつかなかったけど、これってなかなか名案じゃない?」


 馬車の中でわたくしは悦に入り自画自賛しながら家路を急いだのだった。

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