第28話 招待状Ⅰ
「お父様、フローラです」
話があると執事のバートに呼ばれて書斎の扉をノックすると
「入りなさい」
お父様の声がしたので部屋へと入りました。
重厚なつくりの机と椅子。執務室も兼ねている書斎の壁一面に設置された書棚には、歴代の当主が集めた様々な分野の本が整然と並べられています。我が家にも図書室はあるのですが、興味深い本を見つけるとお父様の許可をもらって借りることもあります。
ソファに腰を下ろしたお父様の隣にはお母様もいました。
「座りなさい」
私は両親の向かい側に座りました。二人揃っているということは重要な話があるということでしょう。
お茶の準備が終わるとメイドたちが出て行き、ドアが閉まったのを確認すると、お父様が口を開きました。
「フローラ。来てもらったのはいくつか話があったからなんだ」
「はい」
複数あるのですね。内容はわかりませんが心して聞きましょう。あと私も尋ねたいことがあったので、お父様の話が終わった後で聞いてみましょう。
「まずは婚約破棄の件だが、正式に解消となった。あちらの有責だから、慰謝料を含めて契約通り履行してもらうことになった。テンネル家と締結していた事業も撤退して、こちらが派遣していた人員もすべて引き払うよう手筈を整えている。だからフローラは今後テンネル家と仕事関係で関わりはなくなったから安心していい」
「そうなのですね。わかりました」
事業と関係がなくなる……肩の荷が下りたような、寂しいような。新しくオープンするリゾート先に何回か足を運んで顔見知りになった人たちもいたので、会えなくなるのはとても残念です。皆さん、ニコニコと笑顔で出迎えてくれて、熱心に話を聞いてくれる良い人たちばかりだったのですけれどもね。
「事業が撤退となると、今まで私が開発してきた商品はどうなるのでしょうか? もう必要ないということですか?」
リゾート地の特産品をいくつか開発していたのですけれど、それも無駄になったということかしら。そうだとしたら悲しいわ。誰の目にも触れることなく幻と消えてしまっては苦労が報われないもの。どこかで役に立てないのかしら。
「いや、実は代案を考えている。シャロン、君から話すといい」
代案? 商品が無駄にならないアイディアがあるのかしら?
「じゃあ、わたくしから話すわね。あのね、先日思いついたのだけれどスイーツのお店を出そうと思ってるの」
お母様がにこやかにキラキラとした瞳で私に語りかけました。
「お母様が? スイーツのお店を? 本当ですか?」
お母様はドレスのアトリエを経営しています。人気のお店で忙しいと聞いていますが、お店を増やして大丈夫なのでしょうか?
「ほら、わたくしってケーキの食べ比べが好きでしょう? いろんなお店に行くのもいいけれど、いっそのこと自分で自分好みのケーキを出したらどうかしらって、閃いたのよ。ローレンツに話したら名案だってすぐにOKしてくれたのよ。ねっ、あなた?」
お母様はニコッと少女のようなあどけない笑顔をお父様に向けました。お父様はハハッとぎこちない笑いを浮かべると何度かうん、うんと頷いています。
二人の様子を見ているとお母様に強引に押し切られたのでしょう。
「それでね。あなたが開発したお菓子類も一緒に出そうと思うのよ。どうかしら?」
「はい。それが可能ならばお願いします。せっかく考案した商品が、日の目を見ずに消えてしまうのは忍びないですもの。でも、いいのですか? テンネル家へ提供するはずだった商品を我が家で使用しても大丈夫でしょうか?」
「そこは案ずる必要はないよ。プレゼンをしたという事実はあるが、契約不履行でプレゼンを撤回したという形になっただけだ。だから、商品の権利はこちらにあるんだ。そこもテンネル家と確認している。フローラが関わったものはすべて白紙に戻っている。それが条件だったからね」
お父様がはっきりと断言してくれたのでホッとしました。
「それを聞いて安心しました。それではお母様、どうぞよろしくお願いします」
すべてが再商品化できたわけではありませんが、無駄にならずにすみそうです。
「あっ、それから。スイーツ店と併設でカフェもオープンしようと思うの。ここでもフローラが開発した商品を取り扱いたいと思っているのよ。よろしくね」
首をかしげて茶目っ気たっぷりにニッコリと笑うお母様に、私はすぐに言葉が出ませんでした。
「お母様……」
まだ隠し玉を持っていたのですね。
私の努力が無駄にならないように考えてくれたのでしょう。
「私も協力するからな。何でも相談にのるからいつでも言ってくるんだぞ」
お父様の力強い言葉が心に響きます。
「そうよ。家族で頑張りましょうね」
お母様の励ましの言葉が胸に染み入ります。
お父様とお母様が私を慈しむような愛情で包んでくれているようです。両親の思いにジーンと胸が熱くなりました。
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