第二十話 言葉のナイフは突然に
「うぅ……頭痛くなってきた……」
客室の机に身体を倒し、古めかしい書物に向き合い疲れてそう零す。
「お疲れ様です。紅茶を淹れましたのでどうぞ」
そう言ってグレイシーが紅茶の入ったティーカップを机に置いた。
「ありがとう」
身体を起こし、早速ティーカップへと手を伸ばす。
それを口元へと近付けると、上品な香りが漂ってきた。
香りを楽しみつつ、一口。
少しの甘さを感じるコクのある味わいに、後を引かない爽やかさが広がる。
「美味しい……!」
「それは良かったです」
そう言ってグレイシーは嬉しそうに微笑む。
「やっぱり、この瞬間に幸せを感じる……」
魔界から出て大変な日々を送っていたけど、グレイシーと一緒に紅茶を飲むこの瞬間だけは変わらない幸せだ。
そんなことを思っていると、自分の紅茶も用意して対面に座ったグレイシーに現実に引き戻される。
「それで、どうですか? 進みましたか?」
「微妙~。ある程度の理解はできても応用が難しいのよね」
「そうですか。既に三日経っているので急いで欲しい気持ちはあります」
「言わないで……」
横のベッドに積まれた大量の魔術本。
基礎や原理の理解。知識の擦り合わせを行いながら、専門書を読み進めていくのは思いの外時間が掛かった。
「こんなことなら、もっとアネモアに訊いとけばよかった……」
感覚で自身の魔術体系に落とし込んでいたツケがこんな所で回ってくるとは。
そんなことを一人思っていると、グレイシーから素朴な質問が飛んでくる。
「同じ魔術でもそこまで違うものなのですか?」
「違うわ。確かに基盤は同じだけど二百年以上掛けて私の魔術と人間の魔術は進歩してるから、名称は同じでも別物と考えて貰っていい。それに私の場合、高度な魔術になってくると魔法も混ざって来るから」
魔法で強化することを前提として進歩した私の魔術と、単体で完結し効率よく進歩してきた人間の魔術。
基盤が同じだからこそ、見様見真似である程度の再現や分析ができるがより高度な技術や知識を求められれば何処かで必ず致命的な齟齬が生まれる。
「だから、この三日間。その理解を深めるのに費やした訳だけど……。
正直、凹みそう」
理解はできた。原理も基礎の知識もついた。
なのに防衛機構だけは別格の難解さをしている。
「魔法陣は私の専門分野なのにぃ……」
そうぼやきながら、再び机に倒れる。
やる気はなくなってしまった。
もうベッドに飛び込んでしまいたい。
そう思っていると、グレイシーから言葉のナイフが突き刺さる。
「やはりフィア様には少々難しかったかもしれませんね」
「……」
「見栄を張って一人で中央軍を引き受けた挙句、大魔術師相手に醜態を見せてしまいましたし」
「うっ……」
「大爆発を抑えるはずが、抑えきれず退避するのがせいいっぱいの様でしたし」
「ううっ……」
「その上、自身の専門分野ですら躓いて投げ出しかけているなんて、魔王の名折れですね」
容赦のない言葉の暴力。
言い返そうにも言い返せない。予想外のことが多かったとはいえ、事実は事実。
実際、そんな中でグレイシーは全てをほぼ完璧にこなして見せた。
故に言い返す権利を私は持たない。それでも、
「そんなに言わなくてよくない!?」
情けないのは分かっている。
それでも私は行使する。逆ギレを。
「そんなに苛めて楽しい!? うわっ! 愉しそうな顔してる!!」
少しだけ恍惚とした表情を浮かべるグレイシーに若干引く。
「フィア様がいけないんですよ?」
「分かってるわよ!」
悔しいがそれは事実。
言い返せないでいると、
「いつまでも情けない姿、晒していいんですか? 私はいいですが」
「私が良くない!!」
このまま言われ続けて良い訳がない。
醜態を晒すのはここまで。ここから先は称賛の声しか聴くつもりはない。
「今に見てなさい。すぐに終わらせて絶対に、凄い。さすがって言わせてあげるから」
「はい。楽しみにしておきます」
上手く口車に乗せられた気はしなくもない。
が、このまま言わせておく訳にもいかないので再び魔術書に向き合い始めた。
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