第十八話 面影はなく

 帝国と魔王の戦いにより荒れ果てた戦場の跡地。

 敗者の残骸すら残らなかった地の空間が歪む。


「―――ッはぁ! 死ぬかと思った」


 繋いだ空間から身体を出し、治療の終わった少女と共に地面に倒れながらそう零す。


「地面は汚いので倒れるなら私の膝にしてください」


 そう言いながら後ろのグレイシーが歪んだ空間から顔を出す。


「もう動きたくない……」

「駄目ですよ。もう少し頑張ってください」


 咄嗟に一緒に連れてきてしまった皇女を拾い上げながらグレイシーは言う。


「勝手に連れてきてしまいましたが、どうするんですか」

「後で帝国に帰せば大丈夫。

 治療したんだから文句は言われないでしょ?」


 瀕死の重傷だった彼女を治してあげたのだ。

 感謝こそされど、文句を言われる筋合いはないはずである。


「それにしてもですが、今回使用した魔術。宮廷魔術師が使っていたものですよね? 

 この短時間でよく使えましたね」

「粗削りだけどね。本当はアレクシスの所まで移動しようと思ったけどずれちゃった訳だし」


 見よう見まねがいい所。私の魔術体系に落とし込むにはまだ時間が掛かりそうだ。


「ですが、ここまで転移する必要あったのですか?」


 帝国でやるべきことは終わっていない。

 であれば帝国から離れるべきではないのではないか、そう考えるのは必然で。


「私の直感だけどね。さっきの爆発、首都丸ごと吹き飛ばしてるんじゃないかなって」

「…………確かに、そうかもしれません」


 言われてみれば思い当たる所があったのか、グレイシーは納得したように頷く。

 正確な規模感は掴めないけど、城内だけで留まるとは思えない。


「自爆……。いえ、道連れですか」

「迷惑な話よね」


 死してなお、帝国を破壊しようとは恐れ入る。

 彼女の行いは個人的か組織的か。それによっても意味合いは変わってくるだろう。

 だが情報不足の現状、それは考えても仕方のないことだ。

 そう整理していると、


「あれ……? わたし……」


 グレイシーが抱えている少女が目を覚ました。


「あっ――いたっ!」


 グレイシーが手を離したことで少女が地面に落ち、悲鳴を上げる。


「落とします!? 普通!!」

「すみません。驚きで手が滑りました」

「それなら、仕方ないか。うん」


 土を払いながら起き上がり、少女は納得を示す。

 伸ばした紅い髪をたなびかせ、金色の瞳を輝かせながら、


「えっと、ここは何処なのかとか。どういう経緯なのかとか。

 いろいろと聞きたいことはあるけど、ひとまず自己紹介!

 わたしはイーリス・ファン・ラーミナ。

 イリスって呼んで! よろしくね!」


 元気よく、そして満足げに自己紹介を終えた。

 どう答えるべきか、少しの逡巡を経て口を開く。


「フィア・エーヴ・ザガン。魔王であ―――」

「すごい! 魔王様なんだ!! もっと怖い感じの人だと思ってた!」


 食い気味に迫って来るイリスの物言いに少し戸惑いつつ、問い掛ける。


「……怖くないのか?」

「なんで? 胸の傷塞がってるし助けてくれたんですよね? ありがとうございます! ……あっ、畏れ敬えってことだったのかな?」

「そういうことではないが……」

「なら、よかった!」

「はぁ……調子が狂うわね……」


 威厳など気にした所でイリスに恐らく意味はない。

 肩の力を抜き、息を吐く。

 戸惑っていた心を落ち着けていると、微笑む声が聞こえてくる。


「ふふっ」

「グレイシーも笑ってないで、少し手伝って!」

「すみません。少し珍しい光景でしたので」


 そう言って傍観していたグレイシーも会話に参加する。


「グレイシー・クレスケンスです。以後、お見知りおきを」

「ご丁寧にありがとうございます。

 フィアさんが魔王ってことはグレイシーさんはあの有名な六魔将だったり?」

「違います」

「違った! でも凄く強そうな佇まいだし、たぶん相当強いですよね。なんというか隙がない!」

「そうですかね。ありがとうございます」


 社交辞令に似た? やり取りを終え、少し間を開けてから本題に入る。


「何処から説明しようか」

「帝国城内にて白髪の女性と交戦し撃破した後、イリスさんを連れ撤退したという認識でよろしいかと」

「なるほど。ということは……兄さま、助からなかったんだ……わたしのせいで……」


 状況が見えてきたのか、ここに居ない兄に気づいたイリスは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。


「でもラリアを倒したのに撤退ってどういうこと? 

 騎士団に囲まれた?」

「いえ、詳細は分かりませんが爆発のようなものが起こり、フィア様の御力でここまで転移という形です」

「爆発!? なら、ここで休んでる場合じゃない! 急いで戻らないと!」


 自身の国の状況を把握し、イリスは急いで帰ろうとするが、


「ここどこ……」


 見渡す限りの荒野。

 帝国に向かう方向など分かる訳もなく。


「フィアさん。ごめんなさい! 

 もう一度、帝国まで転移お願いできないかな!?」


 そう言ってイリスは頭を下げた。

 イリスの願いを叶える義理はない。けど、帝国がどうなったのかの確認をしておいた方がいいのも事実。


「できなくもないけど、座標がどれくらいズレるか分からないから保証できないわよ?」

「それでもお願い!」


 意志は固く。曇りなき眼でイリスは助力を求めてくる。


「分かったわ。

 ただ転移先の安全も保障できないから、気を付けてね」


 転移の瞬間を狙って宮廷魔術師ソロンが奇襲してくるというのもあり得ない話ではない。


「分かった」


 イリスの返事を聞き、魔法陣を展開する。

 先程使用した空間を再び開け、少しだけ修正。

 精度に不安が残るけど、気休め程度にはなるはずだ。

 空間が歪み始め、目的地と繋がった感覚が伝わってくる。


「それじゃあ、行きましょうか」

「うん! ありがとう!!」


 そうしてイリスを先頭に三人は歪んだ空間へと入っていった。


--- ---


 視界に掛かった靄のようなものが晴れ、目の前の光景が鮮明に映り込む。

 朝日が昇り、照らし出される一面の砂海。


「え……?」


 乾いたイリスの声が虚しく響く。


「フィア様。また、間違えましたか?」

「またって言わないで。ここで合ってるはずよ。

 ……確かに少しはズレてるかもしれないけど、成功した感覚はあったわ」


 グレイシーが疑ってしまうのも無理もない。

 見渡す限りの砂の世界。

 首都を囲んでいた防壁はなく、民家もない。

 城も無ければ瓦礫もなく、人の居た痕跡、残骸に至るまでの何もかもが消滅していた。


「あれ……」


 何かを見つけたようにイリスはおぼつかない足取りで歩き出す。

 そんな彼女を追って砂の上を歩いていくと、地面に刺さった剣が見えた。

 煌びやかだったろう装飾はくすんだ色をして、刀身は所々が欠けている。

 特別な剣だったのだろうが、今はもう見る影もない。


 そんな剣の前でイリスは足を止め、恐る恐る柄へと手を伸ばす。

 指先が微かに触れる。

 直後、それは塵となり、風に吹かれて砂の上に崩れ去った。


「ッ……」


 ここが帝国だと証明していた物はもはや何もなく。

 イリスは膝から崩れ落ち、頬を濡らしながら呟いた。


「ここは、帝国だ……」

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