第十七話 帝国の終わり

 陽が沈み、夜の闇の中を飛び続けようやくラーミナ帝国の首都が視えてきた。

 暗闇の中で煌々と輝く街の光。それはまるで燃えるような……、燃えるようで……。


「あれ? 燃えてない……?」


 近づくにつれ、夜の街を焼く火の光と焦げた臭いがより鮮明になっていく。


「燃えてますね」

「燃えてるわね」


 眼下からは逃げ惑う人々の悲鳴や燃える家屋の爆発する音などが聞こえてくる。

 

「思ってたのと違うんだけど」


 これでは降伏勧告などできる状況になく。


「どうされますか?」

「どうしようか」


 動こうにも全容が掴めていないことから、無闇に動けない。

 ソロンの罠である可能性もある。

 情報を集めようにも眼下は阿鼻叫喚。

 介入しようにも空から降り立った魔族に助けを乞う者はいないだろうし……。


「直接、皇帝に会いに行くわよ」

「畏まりました」


 思考を巡らせたとてノクスのように最適解を出せるとは思えない。

 なら、帝国に来た理由を優先させるのがいいはず。

 降伏勧告或いは眼下の問題の介入、いずれかの話が直接できれば万事解決に向かうだろう。

 そう思い、首都の中央に位置する城のバルコニーへと羽ばたいて降り立つ。


「この辺りから入れそうね」


 外と中を繋ぐ扉は開いており、そこから城内の様子が伺える。

 万が一の奇襲を警戒し、城内を覗いてみると、


「ハハハハハァ!!」


 嫌に耳障りな嗤い声が響いて来た。


「不愉快な声ですね」

「同感」


 直感として理解できる。相容れないタイプの嗤い声だ。


「このまま滅ぼしてもいい気がしてきたんだけど……」

「駄目ですよ」

「……仕方ないわね」


 諦めて対話に臨むとしよう。

 そうして嗤い声の響く城内へと足を踏み入れると、部屋の中央に立つ声の主が視界に映った。

 短い白髪に濁ったような黒眼の女。手には先端が紅く染まった槍が握られている。

 嗤い声が止み、こちらに気づいた女は声を上げた。


「誰ですかぁ? 予定にないんですけどぉ」


 気怠げで、鬱陶しいと言いたげな声音。


「予定なぞは知らぬが、皇帝に用がある。何処に居る?」


 そう答えると女は一歩引き、目の前に広がる惨状を誇らしげに見せてきた。


「皇帝陛下はあそこにございまぁす」

「…………」


 血に塗れた玉座。広がり続ける紅い絨毯。

 その中心には紅い髪が特徴的な二人の男女が倒れていた。


「成る程。此度の騒乱。其方が元凶か」

「正解でぇす。いやぁ、終わってみれば楽なもんでした」


 血に染まった槍をぶらぶらさせながら、女は語る。


「皇女は人を疑わないしぃ、この槍は盗めるし、期待してなかった小国が最高の働きをするしぃ、ちょっと扇動しただけで反乱を起こせるしでぇ。何もかもが上手く行って、気持ちよく殺せました」

「ほう?」


 自らの行いを振り返り、愉し気に己が罪を並べていく彼女。

 つまり死にかけたのも、グレイシーと練った計画の邪魔をしたのも全て、目の前で嗤っている人間での行いであると……。

 不愉快だった気分に少し苛立ちも混ざり始める。


「それで何故このようなことをした?」

「帝国を壊す為だけど、それ以外に理由あります?」


 神経を逆撫でするような声に、純粋な悪意による返答。

 何故、帝国を壊す必要があったのか。についての回答は得られそうになく。

 これ以上の対話は、大して意味がないと諦める。


「そう。グレイシー、殺して構わないわ」


 私と同じく不愉快そうな表情を浮かべていたグレイシーへと許可を出す。


「分かりました」


 そう返答した直後、銀閃が駆け女の首元へと剣が迫る。

 嗤い声と共に火花が散り、首を捉えていたはずのグレイシーの剣は槍によって流された。


「ハハッ! やる気満々って感じですぅ?」


 反撃とばかりに女は槍を持ち直し、横に薙ぎ払う。

 それをグレイシーは身を翻しながら跳ぶことで躱し、振り向きざま空中から斬りつけた。


「フフッ」


 寸前で身体を捩り女が躱す。

 跳んでいたグレイシーの着地を狙い槍で突きに行くが、すんでの所で剣が槍の軌道を逸らした。


 着地後、すぐさま反撃するが女はそれを槍で弾く。

 反撃後、生まれた一瞬の隙を逃さず女が槍で突きに行く。が、グレイシーは躱し二度三度と続く突きを剣で捌き切る。

 直後。槍を捌き切る中でグレイシーは女の致命的な隙を創り出した。


 すかさず一歩踏み込み斬りつける。

 確実に防御が間に合わない一撃。

 にも関わらず、次の瞬間には剣の軌道上に槍が滑り込み、金属音を鳴らしながら防いで見せた。


「あっぶなぁい」

「チッ」


 そんな感想を吐きながら、女は体勢を立て直し刺突の速度を上げていく。

 一進一退の攻防。

 彼女自身の実力も高い。が、詰め切れない一番の要因となっているのは、


「やっぱり魔槍ね……」


 魔剣の亜種。三大騎士の中で一人だけ使わなかったのが違和感だったけど。

 盗まれていたとは……。


「グレイシー! 最悪、血角アレ使ってもいいから。任せたわ」

「分かりました!」


 風でも操っているのか女の瞬間的な速度はグレイシーを凌ぎつつある。

 魔槍は確かに厄介だけど、グレイシーであれば問題なく倒せるはずだ。


「さてと、私はこっちね」


 邪魔者はグレイシーに任せ、倒れている皇帝の下へと足を進める。

 目の前で未だ広がり続けている血の絨毯。

 刺し貫かれてから、まだそれほど時間も経っていないように見える。

 普段であれば、こんなことをしようとも思わなかっただろうけど。


「癪だからね」


 帝国が滅ぶのは構わない。むしろ滅ぼす側だった。

 皇帝が死んでも構わない。興味のない人間が死のうと何も思う事はなかった。


 だが、先ほど対話した女の思惑通り進むのだけは気に食わない。

 悪意による計画も、害意による実行も、成果から来る嘲笑も全て――


 不愉快。

 故に、ことごとく邪魔をしよう。


「だから生きててくれると嬉しいんだけど」


 膝を折り、倒れている二人の生死を確認する。

 男の胸に空いている大きな穴。

 当然息は無く、心臓を貫かれているため、即死だったのだろう。


「駄目ね……なら、こっちは」


 横に倒れている少女へと視線を移す。

 胸に刺された傷があるが貫通はしておらず、傷口から今も血が溢れ出している。

 位置的に心臓は貫かれていない。


「……」


 背後の剣戟の音に混じりながらも、微かに聞こえてくる呼吸の音。

 今にも消えそうな命の灯。

 致命傷を負っているが、まだ死んではいない。


「よかった」


 すぐさま魔法陣を展開して、倒れている少女に治癒を施していく。

 早速効果が出始め、徐々に傷口が塞がり始める。

 胸に空いた刺し傷以外に目立った外傷はない。

 それ故に違和感を覚える。


「どういうこと?」


 女が手練れであったとしても、二人ともが胸を一突きされるだろうか。

 抵抗すれば多少の切り傷ができることが普通であり、倒れている皇帝と顔立ちが似ているこっちの少女は恐らくアレクシスの言っていた皇女であるはず。三大騎士に比肩する者が簡単にやられるとも思えない。


 そんなことを考えていると、横の血だまりに落ちている二本の剣が目に入る。

 鞘から出ていることから反応はできた。……いや、争っていたのだろうか。

 不愉快極まる実行犯の性格も考えると……、


「不意打ち……」


 真偽は分からないけど、そんなところだろうと思う。

 魔槍の力もあれば不可能ではないはずだし。

 そんな推測に集中していると、


「フィア様!」


 グレイシーの声が響き、思考の海から現実へと引っ張り上げられる。

 そして背後に視線を向けなくても理解できる、誰かが駆けてくる気配。

 それに合わせ、魔法陣を展開。

 分厚い氷の壁が伸び、背後に迫る槍の侵攻を阻む。


「一筋縄じゃいかないですかぁ」


 槍を弾かれ、苦い顔をしながら女はそう零す。


「どうしても殺しておきたいのは分かったけど、

 余所見してる余裕なんてあるの?」


 次の瞬間。

 女に迫った真紅が剣を振り下ろした。

 

「ッ―――!!」


 槍が加速し防御が間に合う。

 が、勢いを受け止めきれなかったことで、玉座を吹き飛ばしながら奥の壁へと激突していった。


「申し訳ありません」


 紅い角を生やしたグレイシーがそう口にする。


「大丈夫よ。妨害にすらなってないから」


 少女の治療は中断されることなく、現在も進行している。

 もうすぐで終わりそうなことから、女の目的は半分失敗したと言ってもいいはずだ。

 いい気味である。


「あ~、いったいんですけどぉ」


 そう言いながら、女は頭を抑えつつ姿を見せた。


「なんで邪魔するのかなぁ。そもそもぉ誰なんですかぁ。関係ないですよねぇ。

 せっかく愉しんでいたのにぃ。ほんと最悪ぅな気分。ほんと、早く。

 早く、早く、早く早く早く。死んでくれませんか?」


 そう言って女は俯いていた頭を上げ目を大きく見開いた。

 黒く濁った眼に宿る狂気。

 露出した白い肌に浮かび上がる赤い術式。

 何かしようとしているのは誰の目にも明らかで。


「グレイシー!」


 言うよりも早く動いたグレイシーの一太刀が女の胴を捉える。

 それに反応し、女は槍を加速させる。が、


「なんで―――」


 反応した時既に遅く。

 グレイシーの剣は女の胴を両断していた。


 胴と槍の落ちる音だけが虚しく響く。

 勝敗は決した。


 魔術というより、魔法に近いように感じたあの術式は……?

 そんな疑問を浮かべながら、決着を見届けていると、


「あれは……?」


 胴が切り落とされ、残った下半身。立ったまま血が噴き出す中で目に映る黒い球体。

 血に塗れることなく漆黒を保ち続け、胴のあった場所に浮き続けている。

 何かは分からない。推測もできない。だけど嫌な予感だけがある。


「……っ!?」


 錯覚か、見間違いか。或いは現実か。

 黒い球体が今、脈打ったように感じた。

 直後、黒い球体は急激に膨張を開始し辺りを呑み込み始めた。


 即座に魔法陣を展開し、球体の膨張を抑え込もうとするが即席の術式では抑え込むことができず、


「グレイシー! 急いで! 早く!!」


 手を伸ばし、叫ぶ。

 グレイシーが駆け、真紅を纏った手が私の手に―――、


 次の瞬間。


 黒い球体は大爆発を引き起こした。

 衝撃の波があらゆる全てを呑み込んでいく。

 それはまるで積み上げてきた文明モノは全て無駄だったと嘲笑うように。

 無意味に、無慈悲に、理不尽に。

 一つの国を崩壊させていく。


 そうして、この日。

 一夜にして帝国領土全域が消失した。

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