第十六話 戦況確認
「んんッ……」
傾き掛けている陽の光に当てられ、意識が覚醒する。
瞼を開けると、こちらを覗き込んでいたグレイシーと目が合う。
「おはようございます」
「おはよう」
「調子はどうですか?」
心配した様子でグレイシーが尋ねてくる。
「万全とはいかないけど、だいぶ良くなったわ」
そう言ってグレイシーの膝から起き上がるが、
「痛っ……」
ソロンに負わされた傷は未だ残ったままなのを忘れていた。
「はぁ……」
ため息を吐きながら魔法陣を展開し、自身に治癒を施していく。
「グレイシーは大丈夫?」
「はい。ただフィア様の血を少し頂けると」
「あー、確かに使ってたもんね」
先刻、ソロンとの戦いで使用していた
混血故に鬼族としての力を振るうために必要な角もなく、吸血種としての力も弱かった彼女が共に戦うために生み出した努力の技だ。消耗が激しく血液の補給が必須なのが難点ではあるけど、その力には何度も助けられてきた。
そんなことを振り返りながら、姿勢を正したグレイシーに左手を差し出す。
「はい」
「それでは、頂きます」
手の甲に口づけをする要領でグレイシーが歯を突き立て、血が流れ出す。
「ッ~~!」
一瞬の痛みと流れ出る血液を吸われる高揚感でなんとも言えない気持ちになる。
吸血種特有の効果であることは分かっているけど……。
「ふぅ」
深呼吸することで吸血の作用で高まる気持ちを無理やり抑え込む。
そうして少しの間、独り格闘しているとグレイシーの吸血が終わる。
「ありがとうございました」
「う、うん。こっちも丁度終わったみたい」
焼け爛れていた右腕は完治し、吸血の際に生じた傷を治し終えたことで展開されていた魔法陣が消えていく。
万全とは言えないまでも準備は整った。
「それじゃあ行きましょうか」
「フィア様。お召し物は如何なさいますか?」
「あっ……」
そう言われてお互いの衣服がボロボロであることに気が付く。
このまま人前に出る訳にもいかず。
「……少し着替えてから行きましょうか」
魔法陣で生み出した収納空間から二人分の衣裳を取り出しながら、そう答えた。
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衣装を新たに、黒を基調としたスカートと黒と紅の混在するローブに身を包み込む。
対してグレイシーは白を基調とし水色のレースがあしらわれた衣装に身を包み、美しく伸びた銀髪と合わさってより儚さが増して見える。
「やっぱり綺麗よね。グレイシーって」
「急にどうされましたか?」
「いや、よく似合ってるから」
「そ、そうですか」
少し頬を赤らめながらグレイシーは視線を逸らす。
スタイルも良く、何を着ても似合うのは反則ではないだろうか、などと改めてそう思っていると、
「フィア様もよくお似合いだと思いますよ」
「そう? ありがとう。でもどうしたの? 私に何かついてる?」
まじまじと見詰め続けるグレイシーに問いかける。
「いえ、目に焼き付けておこうと思いまして」
「馬鹿なの?」
「今回のようにいつ見納めになるか分かりませんので」
「はぁ、そろそろ行かないと。ほら」
気づけば日が沈み掛けている。
惜しむグレイシーを連れ、アレクシスの居る南軍へと出発した。
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「もうそろそろよね?」
「はい。そのはずです」
南へ向かい小一時間。
アレクシスが受け持った南軍の勝敗はどうなったのか。
「見えてきた」
進むにつれ帝国兵の残骸が多くなっていき、一つ明確に決戦はここであったと分かる境界があった。
それは大きな窪み、というには深い穴。そこに大量の帝国兵の死体が落ちていた。
穴の外周には帝国兵と王国兵の死体が散見される。
「落とし穴ってところ?」
「そのようです。ですがここまで広範囲のものを一体どうやって……?」
単純な仕掛けだげど、帝国軍の残骸を見る限り効果は覿面ようだ。
アレクシスの言動から策がある気はしていたけど、こんな小細工を用意していたなんて。この規模は一日二日で為せる技ではなく、予め準備していたということで。他の戦場にも恐らく準備自体はしてあったのだろう。
「三年もあれば滅んでいる、とはよく言ったものね」
アレクシスの用意周到さには驚かされる。
「フィア様」
「えぇ、恐らくあそこね」
グレイシーの指し示す方向。
大穴を越えた奥の方に忙しなく駆けまわっている一団の姿が見える。
「重傷の者はこれで終わりか? 動ける者は仲間の遺体を回収しろ! 後に火葬を執り行う!」
指示を飛ばす声を聴きながら、一団のもとへと降り立つ。
「「敵襲!?」」
その一声から、ほんの数瞬で包囲されてしまった。
敵意の籠った多くの視線が向けられる。一触即発の状況。
それを一つの声が解消させる。
「剣を下ろせ。恩人だ」
「「はっ! 失礼しました」」
囲んでいた兵の中から現れたのはアレクシス・アルウェウス。
彼の言葉に従い包囲が解かれ、それぞれが持ち場に戻っていく。
「悪かったな」
「よい。戦を終えたばかりだというのに火葬の準備とは苦労が絶えぬな」
「あぁ。だがここで弔ってやらないと
「? そうか。ここには
六魔領主に名を連ねる骸骨種の主。自立した思考を持たない骸を統率することができる彼の様な者が居ないのであれば治安が最悪になるであろうことは想像に難くない。
「それで。ここに来たってことは、お互い無事に終わったとみていいんだな?」
「あぁ。だが其方のその姿で無事と言えるか些か疑問ではあるがな」
腕が折れているのか応急措置で固定しただけとなっており、右目は潰れ、全身には出血した跡が見えている。
「必要な代償って奴だ。それに帝国軍を相手にこれだけで済んだなら御の字だろ?」
「確かにな」
実際、帝国軍の死体の数からしても相当な戦力差であったことは容易に想像がつく。
それだけ厳しい戦であれば命が残っているだけで奇跡といっても過言ではないだろう。
それに、
「魔剣を使う者相手によく勝利したな」
「ちょっと待て。魔剣? 使ったのか!? 帝国が??」
「何を言っている。三大騎士とやらが使っていただろう?」
三大騎士と銘打って魔剣使いが一人だけとは考えにくい。
そう考えての言葉だったのだけど。
「グレイシー、其方の所はどうだった?」
「はい。私の所はラザロスという名の魔剣使いでした」
「まさか、魔剣まで持ち出していたとは……」
「驚嘆に値することか?」
アレクシスの反応についていけず、確認のため質問する。
「あぁ、余程のこと。それこそ国難ぐらいでなければ持ち出されることのない代物だ」
「それほどまでか」
帝国の国難というのはどれ程のことか想像つかないけど、相当重要な代物なのだろう。
「よく勝つことができたな?」
「魔王故、当然だろう」
「それにしては追い詰められていましたが」
グレイシーの鋭い指摘が入る。
「ソロンさえ現れなければ余裕だったわよ!」
思わず素が漏れ出す。
それに対し間髪入れずアレクシスが怪訝な顔をしながら聞き返して来た。
「おい、待て。宮廷魔術師まで出張ってきたって本当か?」
「ほ、本当だ。そう名乗っていたことから間違いない」
「そうか。……一体、どうなってるんだ?」
そう言ってアレクシスは一人、頭を抱える。
今の話からして宮廷魔術師の存在を認知していたことは確実。
彼に一つ確認しておかなければならないことができたため、問いかける。
「責任を問うつもりはないが、宮廷魔術師なぞが居ると知っていて何故事前に説明しなかった?」
おかげで死にかけたのは言うまでもなく。
今回の戦いは宮廷魔術師に魔剣、猛焔の獅子と予想外の相手が多すぎた。
「悪かったな、まさか出てくるとは思わなかったんだ」
「実際は出てきていたがな」
無いとは思うが、実は帝国と共謀していました。と言われてもおかしくない程のイレギュラーだった。
「そもそも宮廷魔術師のソロンは大魔術師と呼ばれる存在であるため、
極力戦争に関与するのは避けていたはずだ」
「ほう。大魔術師というのは?」
「最高位の魔術師に送られる称号みたいものと考えてくれればいい」
「ふむ」
どうりで手強かった訳か。
次こそは万全の状態で会いたいところだけど。
そんな感想を抱いているとアレクシスは弁明を続ける。
「再三言っているが本来、こんな小国相手にするのなんて宮廷魔術師の手を借りずとも三大騎士一人の率いる軍だけで事足りている」
アレクシスの言い分は間違ってはいないのだろう。
真偽はともかく、客観的に見て誰もがそう感じるはずだ。
「それが三大騎士に魔剣、宮廷魔術師とこんな小国相手にするには過剰戦力がすぎるだろ。
全面戦争でもしそうな勢いだ」
「確かにな」
小国だと侮らなかったからと考えることはできるが、見方によっては余裕がないとも捉えられる。
そう思い至ったのは彼も同じようで、
「帝国は何を焦っている? それとも魔王が居ることを既に知っていたのか?」
帝国の常軌を逸した戦略の意味。
それをアレクシスは推察しようとしていくが、
「駄目だな。情報が少なすぎる。辞めだ」
結論を出せなかったのか、それとも出すには早計だと考えたのか、アレクシスは早々に思考を放棄した。
「それで、これからどうするんだ?」
「どうするか、か。其方らはどうする?」
「重傷者のこともある。オレたちは、火葬が終わり次第戻るつもりだ」
このまま帝国に攻める訳もなく。妥当な判断を下すアレクシス。
「ふむ…………」
アレクシスたちを使えないということは、たった二人で帝国に乗り込むことになるということで……。
楽をするためにアレクシス達と足並みを揃える。という案が脳裏を過った、瞬間。
「フィア様。駄目ですよ」
「ひッ!」
思考を読まれたのか、グレイシーから冷たい声音で釘を刺される。
「はぁ……、では我らはこのまま帝国に向かうとしよう」
「そうか。武運を祈ってるぜ」
こうして方針も決まり話が一段落した直後、再びアレクシスが口を開く。
「そうだ。帝国に乗り込むなら皇女には気を付けろ。あ、いや今は皇妹だったか」
「ほう?」
宮廷魔術師に意識が割かれていただけに予想外の忠告だった。
「耳にした話だと、三大騎士に並ぶ実力者だそうだ」
「ふむ」
それほどの実力がありながら、全面戦争並みの戦力を投入した今回、なぜ姿を現さなかったのか。
無論、皇族という身分だからだろう。
だが、三大騎士に並ぶ程の実力があるのであれば最前線に立ち鼓舞し、全体の士気を上げる方が効果的なはず……。
そんな疑問に答えるように、アレクシスが補足する。
「恐らく此度の戦に参加しなかったのは、彼女の平和主義による所が大きい」
「平和主義ね……」
現在、侵攻を行っている帝国の者とは思えないけど。
さぞ、生き辛いことだろう。
「オレも平和主義者だから分かるんだが――」
「何処がだ」
享楽主義の間違いだろう。
帝国に仕掛けた罠だって笑みを浮かべながら作らせていたに違いない。
そんなことを思っていると、アレクシスは話を再開する。
「ともかくだ。当り前な話、攻め込めば誰だろうと抵抗する。だから、死んでくれるなよ?」
お互いの命運が掛かっている。
アレクシスからの言葉は重い。が、
「道半ば倒れるつもりはない」
「そうか。なら、もう言うことはないな」
「忠告、感謝しよう」
新たな情報が手に入り、帝国に乗り込む準備は一先ず整ったと言ってもいい。
「それでは、向かうとするか」
「はい」
--- ---
ラーミナ帝国城内。
一人の少女が剣を携え、皇帝の待つ玉座へと歩を進めていく。
一歩踏み出す度に少女は覚悟を問われる。
兄を殺してでも帝国の平和を取り戻す覚悟はあるのか。
兄が為してしまった非道の数々。
多くの怒りを目にし、戦場の凄惨さを知り、数多の嘆きを聴いてしまった。
成さなければならないことがあるとしても、地獄が許容されていいはずがない。
これ以上、民が平和を忘れてしまう前にこの帝国を変えなければ。
三大騎士はアルウェウスに出向き、宮廷魔術師は戦場から異変を感じたと言って出ていった。
チャンスは今しかない。
覚悟を胸に、玉座に坐する皇帝へと剣を向ける。
「兄さま。答えてください。何故、ここまでしなければならなかったのかを」
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