第十二話 紅き戦域・中央軍の戦い

 グレイシーが北軍を壊滅させたのと、ほぼ同時刻。

 少し遅れて平原を進軍する帝国軍と会敵していた。


「あれね……」


 見えてきた帝国軍。その数は目算で五万以上。

 見るのも嫌になるほどの兵が地面を歩いている。


「いくらなんでも数が多すぎじゃない?」


 報告では十万以上。三分割であれば、それなりに楽できると考えていたのが甘かった。

 均等に軍を分ける道理はないのだから、主力の本隊に戦力を集中しても不思議ではない。


「グレイシーに言った以上、私も全力でやらないとね」


 北軍はグレイシーに任せたのだ。

 ここで退けば格好がつかないというもの。


「よしっ」


 気持ちを切り替え、宙へと手を上げる。

 手の平から構築された術式が展開されていき、上空に巨大な魔法陣を描き出す。

 突如現れた魔法陣に気づいた帝国軍は動揺しているのか、どよめきが伝わってくる。


『告げる。我が名はフィア・エーヴ・ザガン。魔王である。

 帝国の人間よ。一度しか言わぬ。

 降伏か、滅亡か選べ。

 降伏の意志があるのであれば全員武器を捨てよ』


 思念で眼下に見える人間全員に接続し、帝国にとって最初で最後の降伏勧告を告げていく。

 帝国にとって明らかな想定外。

 魔王わたしを相手に戦意を喪失してくれるのが一番いいけど。

 そんな思いとは裏腹に、眼下の帝国軍は規律の取れた動きで素早く軍の配置を入れ替えていく。

 そうして前線に出てきた数千人規模の魔術隊が詠唱を始めた。


「そう。愚かね……」


 明確なる敵対行動。

 アレクシスの忠告通り、帝国は滅亡を選んだ。

 これ以上、愚かな帝国に送る言葉はなく。

 上空に描かれた魔法陣に手を伸ばす。


 <魔法陣展開>


 帝国軍の大規模魔術は、マナの流れ方を見るに炎熱系の魔術。

 それに合わせた術式を魔法陣で組み換え、出し惜しみすることなく八層に重ねる。


 <魔法回路起動>


 回路にマナが流れることで、重ねられた魔法陣に作用し起動する。

 起動した八層の魔法陣は、紅く灯ると静かに少しずつ回り始めた。


 <魔法術式構築>


 重ねられた魔法陣を一つの術式に再構築する。

 すると、


「「放て――!!」」


 上空の魔法陣に危機感を覚えたのか、それとも定石通り魔術隊の援護か。

 矢を番えた数百人の弓兵が、号令と共に無数の矢を放ってきた。


「無駄よ」


 空いている左手で魔法陣を展開し、水の障壁を創り出すことで飛来する矢を防ぐ。

 時間稼ぎにもならない弓兵部隊には目もくれず、上空の魔法陣に注力していく。


「「「火焔よ、集いて――――」」」


 眼下の魔術隊の詠唱がより力強くなる。

 周囲のマナの流れが加速し、炎が渦を巻きながら集まり巨大な火焔を形成していく。

 数千人規模の大規模魔術。その光景は壮観で。

 並みの相手であれば消し炭になるだろう、と予感していると大規模魔術が発動の兆しを見せた。


「「「――滅せ!! 焼き払うイグニス・大烈火ウィオレンティア!!」」」


 詠唱が終わり、大規模魔術が発動する。

 渦巻いていた巨大な火焔が圧縮され、上空の私へと発射される。

 空を焼き焦がしてしまいそうな程の烈火が目前に――。


 <魔法術式完成>


 少し遅れて整った魔法陣を起動し、掲げていた右手を振り下ろす。


「焦土と化せ。劫火撃滅インフェルノ・ノヴァ


 術式が作動し、加速した八層の魔法陣から巨大な炎弾が撃ち出される。

 それは炎というには赤黒く、球体というには歪な形をした炎弾。

 迫りくる大烈火と衝突し、拮抗することなく大烈火を赤黒く染め上げ呑み込んでいく。

 

 そうして全てを呑み込んだ劫火は落ちていく。

 絶望と苦悶の表情に満ちた帝国軍へ――。


--- ---


 劫火撃滅が着弾と共に引き起こした大爆発が収まり、吹き荒んでいた爆風が落ち着いた頃。

 防御に使っていた魔法陣を解き、眼下に存在していた帝国軍を見る。


「これって、後で問題にならないわよね……?」


 帝国軍は跡形もなく消し炭となった。

 その代償に、広がる不毛の大地。

 草木が生え緑に覆われていた大地は全て焼け焦げ、焦土と化した。

 帝国領か、王国領か。

 王国領ではないことをそっと祈っていると、砂埃の中から一人の男が姿を現す。


「うそ……?」


 驚きに満ちた言葉が口から零れる。

 正直、人間が生き残れるとは思って居なかった。

 見た所、多少焦げている所はあるがほぼ無傷。


 どういうこと……?

 そんな疑問を抱いていると、


「全員死んだか……」


 男は広がる焦土を見て淡々と呟いた。


「お前だな?」


 見下ろす私に赤黒い輝きを放つ剣を向け、男はそう問いかけてくる。

 言葉が足りていないが、意味は分かる。


 なら返す言葉は一つだけ。


「そうだ」


 答えた瞬間。

 男が跳び、目前に迫る。


「――ッ!?」


 なんという跳躍力。

 感心している余裕はなく、咄嗟に後ろに退くことで男の斬りこみを回避する。


 躱してしまえば自然に落ちるのを待つだけ――、


「其方は本当に人間か?」


 落下することなく、浮かび続けている男に問う。

 感じ取れるマナ量も人間とは思えない。

 六魔領主に比肩する程だろうか。


「人間だ……。少なくとも今は、……な」


 何かに抗うような、苦悶に満ちた声で男が答える。


「……? そうか」


 なら目の前の男の力の源は……。

 そう考えた瞬間。男の構える赤黒く輝く剣が異質な気配を放っていることに気がつく。


「そうか。なるほど、魔剣か」


 ならば納得がいった。

 だけど、何か引っかかる。


「お喋りは好きじゃない……。早く……終わらせよう」


 男はそう答え、再び斬りこんでくる。

 それに合わせ魔法陣を展開し、創った水壁を<虚飾の錬金>で変換して、層の厚い金属の壁を生み出す。


 簡易的な障害を盾に次の一手を――、


「――!?」


 生み出した金属の壁は易々と両断され、男の剣が喉元に迫る。

 刹那、男の剣の軌道に魔法陣を滑り込ませる。

 即座に魔法陣からは氷柱が射出され、迫る魔剣に衝突することで一撃を逸らした。


「ッ!?」


 予想外だったのか、男は少し驚きの表情を見せる。

 だが、これで終わるはずもなく。男の追撃よりも先に反撃に出る。

 割り込んだ魔法陣を起点に無数の魔法陣で男を囲み、全方位から氷柱を射出し始める。


「……さて」


 普通なら蜂の巣になっているはずだけど、


「……なるほどね」


 囲んでいた魔法陣が消え、現れた男に外傷は見えない。

 魔法や魔術の無効化? それとも影を操るノクスのように別の本体が居る?

 大規模魔法を無傷な理由と、さっきの言動。赤黒い魔剣が鍵?


 得た情報を整理し推測していこうとすると、男が動き出し思考が中断される。


「ッ!!」


 迫る男の剣を躱し、すかさず魔法陣を展開して礫を生成。


 まだ情報が足りない。

 氷柱が駄目なら礫は? 


 そんな期待を乗せ礫を男へと叩き込むが、あっさりと切り捨てられる。

 だが、


「斬った?」


 わざわざ? 


 疑問を確信に変える為。

 次の魔法陣を展開し、無数の礫を渦のように高速で飛ばして男を囲い込む。


「くッ……」


 生成した無数の礫を渦巻かせることで視界を奪い、可動域を狭めていく。

 さらに同時展開した魔法陣で大地から巨大な土塊をくり抜き、四方向から叩き込む。

 その間。逃げられないようにするため、渦巻いていた礫を男へと一気に集中させる。


 全方向から飛来した礫に対し、何かを行う兆しが見えたが構うことなく抉り取った巨大な土塊で挟み込んでいく。

 そうして山程の塊に挟まれた男を容赦なく大地へと叩きつける。


 着弾の衝撃で塊は崩れ、男は生き埋めとなった。

 常人であれば挟み込んだ時点で、圧死するはずだけど。


「まだ息があるか……」


 気配に勘付き、そう口にした瞬間。

 生き埋めにしていた土砂が赤黒い炎と共に爆発した。


「今の魔王はこの程度なのカ?」


 地面からゆっくりと立ち上がる男は紅い焔を纏いながら、そう口にした。


「魔族モ随分と落ちぶれたモノダ」

「……面倒なことになったわね」


 男の雰囲気が変わる。

 纏う焔は猛り、男を焔の獣へと変貌させていく。


「其方、何者だ?」


 明らかな異常。

 人間ではあり得ない変化が、目の前で起こっている。


「オレは猛焔の獅子。レオニス・マルドニオス」

「猛焔の獅子だと?」


 聞き覚えがある。

 かつての大戦で名を馳せた者の中に、その名があったはず。

 戦死したと記憶しているけど、対峙しているのも事実。

 魔剣の影響か。


 先の戦いで消耗が激しいし、同胞であれば戦う必要はないかな。

 という思いに反してレオニスの反応は悪く――。


「この程度ならオレでも魔王に成れそうダナ」

「大戦の亡霊よ。口を慎め。二度は無いぞ?」


 死者には敬意を払うが、それも一度まで。

 愚者に払う敬意を、私は持ち合わせていない。


「魔王ノ席ヲ、空け渡シテ貰うゾ」

「驕るな。三下」


 例え、同胞であろうと簒奪を口にした者は許されない。

 悔い改める気もないレオニスに対し、最期の勧告を行う。

 踏みとどまって、という願いを込めて。


「再び屍に帰りたくば来るがよい。凄惨な死をくれてやる」

「ウ゛ォォォ―――――!!」


 願いは虚しく、争う意思を示す咆哮が響き渡った。


「愚か者め」


 呟いた言葉は誰に届くこともなく。


 こうして猛焔の獅子との戦いが幕を開けた。

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