第十一話 紅き戦域・北軍の戦い

 王国から出陣して、程なく。

 北西側から進軍する帝国軍の前にグレイシーが降り立った。


「――空から!?」


 予想外の来客により、帝国軍内で動揺が走る。


「失礼ですが。貴女は……?」


 先頭に経ち軍の先頭を率いていた金髪の騎士が警戒の色を強めながら、来訪者に問いかける。


「魔王フィア様の命にて貴方方に降伏勧告をしに参った次第です」

「魔王ッ……!?」


 問いかけに答えることなく、グレイシーは淡々と要件だけを告げていく。


「降伏か、死か選ぶようお願い致します」

「なるほど、分かりました」


 先程まで動揺していた帝国軍だったが、要件を聞くや否や迷う様子もなく剣を抜いた。


「降伏勧告、感謝します。ですが我々を侮るのは辞めて頂きたい。

 我ら騎士である前に戦士の志を持つ者。戦に散るが本望。この勝負受けて頂く!」


 戦場に出た以上、帝国軍の覚悟は決まっている。

 戦士故に逃げ出すことはない。


「そうですか。失礼しました」


 降伏の意志が見えない帝国軍の言葉に理解を示し、グレイシーも剣を抜く。


「ラーミナ帝国三大騎士が一人、ラザロス・マルセイユ!

 我が剣、受けて貰おう」

「魔王の剣、グレイシー・クレスケンス」


 ラザロスとは対比的に淡々と名乗り、グレイシーが動く。

 初動の予備動作を最小限に、全身のバネを使って一瞬で男の懐へ迫る。

 全ての人間の反応を置き去りにした最速の一刀がラザロスの首に届く――。


「ッ!?」


 直後、飛び散ったのは鮮血ではなく、火花。

 金属音が響き、不可避と思われたグレイシーの一刀がラザロスの剣に阻まれた。


「なんて重い一撃ッ……!」


 間一髪。

 防いだラザロスがそう零すのと同時に、グレイシーは次の一撃を叩き込もうと動いた。

 瞬間。違和感を覚え、即座に身を翻し大きく距離を取る。

 すると先ほどいた地面から鋭い棘が表出し、ラザロスの前を通過した。


「グレイシーという名に聞き覚えはありませんでしたが、魔王の剣というのはあながち間違いではないようだ。

 なるほど、道理で誰も魔王を殺せない訳です」


 これまで勇者や冒険者が幾度となく魔王討伐に赴いた。

 そのどれもが失敗に終わり、今日まで魔王を討ち果たすことは叶っていない。

 その一因となっているのが現在、相対しているグレイシーという存在だとラザロスは理解する。


「来ますかッ!」


 一度目の打ち合いを経て、ラザロスはグレイシーの動きに対応し始める。

 再び迫ってきたグレイシーに合わせ、地面から棘を表出させることで踏み込む場所を誘導し、初撃を防ぐ。

 それをグレイシーは弾き、すかさず空いた胴に斬りこむ。


「くッ!!」


 弾かれたラザロスの剣が防御に追いつき、紙一重でグレイシーの剣を逸らす。

 軌道を逸らされたグレイシーは勢いを殺すことなく、剣に身体を任せ一回転。

 予想外の曲芸的な一撃に回避が追い付かず、ラザロスの腕から鮮血が飛び散る。


「なんて動きだ……」


 ラザロスは一度、距離を取りそう呟く。

 右腕の傷はけして浅くはなく、今も血が溢れ出している。


「残りの方々は戦いに参加なされないのですか?」


 ラザロスとの戦いを傍観している三万もの兵にグレイシーは疑問を投げかける。


「野暮なこと言わせないでください。

 それとも私だけでは力不足ですかね」


 ラザロスは服を破り、腕の止血をしながらそう返答する。


「いえ、その二本目の剣を抜くのであれば、そうでもないかもしれません」


 ラザロスが帯剣している二つ目の剣を指しながら、グレイシーは答える。


「そのようですね。全く、自分の不甲斐なさが嫌になります」


 現状ではラザロスにグレイシーの相手は務まらず。

 二本目の剣に頼らざるを得ない状況にラザロスは嘆く。


「起きてください、地の獣サン・ティエラ


 鞘から剣を引き抜くのと共に、悲鳴に似た咆哮が辺り一帯に響き渡る。


「――ッ!?」


 ラザロスの構える歪な爪の様な形をした剣。

 初めて見る剣だが、グレイシーには思い当たる名前があった。


「魔剣……」

「良く知っていますね」


 グレイシーの呟きを聞き逃さなかったラザロスは感心する。


「魔族である貴女には見ていて気持ちのいいものではないでしょうが」

「……」


 魔剣。かつて起こった魔界と人界の戦争の際、討ち取られた魔族を核として作られた武器。

 核となった魔族特有の魔法を使用でき、魔族と同等以上の力を使用者に与えるという。

 敗者の末路とはいえ、人間の醜悪さの産物にグレイシーは嫌悪を覚える。


「不愉快です。早く終わらせるとしましょう」

「同感です」


 ラザロスが同意し、両者が動く。

 刹那、中間地点で互いの剣がぶつかる。

 一方的だった戦いにラザロスが追い付き、激しい剣の応酬が繰り広げられる。


 素早いグレイシーの動きに翻弄されることなく、ラザロスは堅実に受け流して隙を待つ。

 幾度となく行われた打ち合いの果てに、ラザロスは賭けに出た。


「ふッ!」


 丁寧に受け止め続けていたグレイシーの剣を躱し、攻撃に転じる。

 グレイシーはその一閃を容易く躱すが、死角から棘が突き出される。

 驚異的な反射神経で大地の棘に対応し、紙一重で避けた。が、一瞬の隙が生まれてしまう。

 そして、その作り出した隙をラザロスは逃さない。


「ッ――!!」


 グレイシーの胴に斬りこみ、鮮血が飛散する。

 身体を斬られたグレイシーは一度、距離を取り立て直しを図ろうとする。

 が、ラザロスはそれすらも逃さない。


「休む隙は与えませんよ」

「ッ……」


 ラザロスの容赦ない攻めにグレイシーは防戦一方に持ち込まれる。

 それでも何度もいなし続け、機を見て再び離れる。


 すると再び距離を詰めてきたラザロスは、剣を大きく振り下ろした。

 隙のある大振り。

 カウンターを警戒し、グレイシーは受けを選択。

 直前。違和感を覚えたが、答え合わせはすぐにやってきた。

 ラザロスの剣を受け止め、鍔ぜり合った瞬間。


「なッ……!?」


 背後から表出した大地の棘がグレイシーの横腹を抉っていった。

 痛みにグレイシーの表情が歪む。


「そろそろ終わりですかね」

「……そのようです」


 劣勢。窮地。

 その事実は誰の目にも明らかで。

 ラザロスと背後の帝国軍は勝ちを確信する。

 そんなラザロスの攻撃圏内から一度離脱し、グレイシーは呼吸を整える。


「ふぅ……」


 胴は斬られ、横腹は抉られ、虫の息という状況。


「次で終わりにします」


 これ以上、続ける理由はないとグレイシーは口にする。


「受けて立ちましょう」


 絶対的優位は揺るぎないと確信するが、ラザロスは決して油断することなく魔剣を構える。


 次で勝敗が決する。

 一帯が緊張に包まれる中、グレイシーに異変が起きた。


 空気が張り詰め、周りには可視化される程濃密な紅いマナが浮遊し始める。

 変化はそれだけでなく、彼女の額に真紅の角が現れていた。


「何が……?」


 起こっているのですか。とラザロスがそれ以上口にすることができないのも無理はなく。

 未だ優勢を維持しているはずの彼の本能は警鐘をうるさいくらいに鳴らしていた。


 それと同時にラザロスの中に一つの疑問が生まれる。


「……鬼?」


 ラザロスは最初、彼女が降り立った時。

 確かに羽を視たのを覚えていた。

 悪魔種か吸血種か、どちらかだと予想していた。


 だが、目の前の彼女は真紅の角を生やしている。

 その現実がラザロスに強烈な違和感を植え付ける。

 しかし、そんな疑問を考える時間など許されず、眼前で構えるグレイシーに意識を集中させる。


「こ――!」


 自らを奮い立たせるために発した彼の言葉は打ち切られ。


 ――ラザロスの胴は呆気なく両断された。


 一瞬。

 誰の目にも追い付けぬ速度で。

 魔剣で強化され、相対していたラザロスですら気づけない神速でもって。


 真紅を纏った銀閃は帝国三大騎士の一人、ラザロス・マルセイユを切り捨てた。


--- ---


 それから程なくして、北軍三万の兵を切り捨て終わったグレイシーは血角を解いた。


「やはり魔剣とは戦いたくないものですね」


 ラザロスごとへし折った魔剣について感想を零す。


 さぞ名のある獣族を核としたものだったのだろう。

 想像以上に手強かった。

 自身の消耗具合からそう振り返る。


 もし残りの三大騎士も魔剣を所持しているとしたら。


「また無茶をされてなければいいのですが……」


 北の帝国軍を壊滅させたグレイシーは、中央軍を担当するフィアを思いそう呟いた。

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