第十話 想定外
アルウェウス王国に来て二日が経った。
当初、アレクシスとの話し合いが終わった段階で帝国へ向かおうと思っていたが、王国軍の再編に時間が掛かることや連日の疲れや使いすぎたマナを回復させることが重なり、日にちを改めることとなった。
とはいえ、当初の予定に二、三日も遅れがでるとなると少し焦りも出てくるもので。
「ねぇ、グレイシー?
本当に待つ必要あったと思う?」
「はい。
予定外ではありましたが、必要ではあったと思います」
不安から零れた言葉にグレイシーが力強く答える。
確かにグレイシーの言う通り必要ではあった。
マナの潤沢な魔界とは違い、大気のマナ濃度の薄い人界ではすぐに活動限界が来てしまう。
それを防ぐために休息は必要不可欠。だが、それでも。
「流石に不味くない? 時間的に」
時間は無制限ではない。
それに時間を掛ければ掛ける程、滅亡した国の情報が伝達されていく。
各国の迎撃態勢が整う前に平定しなければ、厳しい戦いになるはず。
「そうですが、今回の相手は人界最大規模を誇るラーミナ帝国です。入念な準備が必要不可欠かと」
時間に厳しいグレイシーらしからぬ発言。
そんなに慎重になる要因があっただろうか。
「以前グレイシーが倒したのが次期三大騎士筆頭候補だった訳でしょ?
そんなに警戒する必要ある?」
グレイシーがいつも通り切り捨てた相手。特に苦戦していた様子はなかった。
筆頭候補があの程度であれば、三大騎士も大したことがないように思えてくる。
「私の剣が一度躱されました。
それだけで、警戒するには十分だと思います」
「んー。そう? 心配し過ぎじゃない?」
昔、勇者一行を相手に激戦を繰り広げていた彼女とは思えない言葉。
初撃を躱されただけで、ここまで慎重にならなくてもいいのに。
他に理由があったりするのかな、なんてことを考えているとグレイシーは胸中を吐露した。
「フィア様がいつ魔法を使えなくなるか分かりませんので、準備はし過ぎるぐらいが丁度いいです」
「……」
予想外の理由に言葉を失う。
確かに、私であればいつ使えなくなるか分からない。
自分でも納得の理由だ。改めるつもりはないけれど。
そんなグレイシーの苦労が垣間見えた話の途中。
ノックの音が聞こえ、返事をする間もなく扉が開かれた。
「失礼します! 伝令です。先ほど帝国軍が動き始めたとの情報が入りました。
至急、玉座の広間へとお集まりください」
「ッ!?」
兵士が口にした内容に衝撃が走る。
帝国軍の侵攻。
話し合いの三日後、明日攻め入る予定だっただけに、驚きが大きい。
計画が露呈した? それとも偶然? 今、動き出した理由は?
様々な憶測が頭の中を駆け巡る。
意図的か、偶然か。どちらにせよ。
先手を取るつもりで動いていたが、後手に回らされたことは事実。
「行くか」
「はい」
帝国軍との全面戦争を予感しながら、グレイシーと共に客室を後にした。
--- ---
招集され玉座の広間に顔を出すと思いの外、
「お、やっと来たようだぜ」
気づいたアレクシスは話を切り上げ、こちらに視線を向け愉し気に話しかけてくる。
「少しは休めたか? 早速だが、残念なお知らせだ。
帝国軍が進軍を始めたぜ」
「そのようだな。規模は?」
「聞くか? 笑えるぞ?」
数日前、モーリスの部隊と争っていた帝国軍は三百人程度だった。
今回もその程度、例え本軍であっても五千人から一万人ぐらいだろうと予想するが――。
「ざっと十万以上。
帝国は本気で滅ぼしに来るつもりだ」
「……は?」
予想外の数に頭が追い付かなくなる。
十万以上など大戦が起こせる規模だ。小国相手に出していい数ではない。
圧倒的な数の暴力に気が遠くなりかけるが、一つ思い出す。
そんな帝国相手に三年は持つとアレクシスは言っていた。
ならば、ある程度の兵は望めるはず。
そう希望を込めて問う。
「対してこの国は?」
「三千が限度だな」
「……」
「……」
絶句。
あまりの戦力差に言葉が出ない。
十万の帝国に対し三千の王国。
絶望的な状況は誰の目にも明らかで……。
「よく今まで持っていたな……」
「何度か滅びかけたことはあったけどな。ハハハ!」
過去を振り返り、笑うアレクシス。
笑い事になっていない気が……。
実際、三年どころか一カ月で滅んでもおかしくはない。
ここまで持っていたのは、奇跡ではないだろうか。
そんなことを感じていると、隣で聞いていたモーリスが口を開く。
「やはり、次期筆頭候補を殺してしまったことが原因でしょうか?」
「だろうな。侮っていた小国が牙を剝いたんだ。
脅威となる前に滅ぼすのは別に不思議なことじゃねぇ」
なるほどね。
疑問だった部分が解消され、帝国の侵攻理由に合点がいった。
当初は少しずつ削っていくつもりだったのだろう。
先遣隊を送り相手の戦力を測りつつ、同時に戦力を削っていく。
周辺国家を掌握しつつ、格下の国も着実に攻める。
大国だからこそできるやり方だったが、派遣していた次期筆頭候補を失う誤算が発生。
小国に対する危険度が上がり、この国が力を付ける前に早期決着を狙う、か。
そう帝国の動きを推察していると、アレクシスから確認の声が掛かる。
「一つ訊くが、六魔将とか呼べたりしないよな?」
「……? あぁ。六魔領主のことか。残念だが不可能だ」
人間の間では六魔将と言われていることに少し驚きを覚えつつも、悲しい現実を口にする。
彼らを呼べればどれだけ楽だったことだろう。居ないものは仕方ないけど。
残念な知らせにアレクシスは少しだけ不満げな表情を見せたが、すぐに切り替えてモーリスに指示を飛ばす。
「援軍は期待できないが、それでも大人しく滅びを待つよかマシな状況だ。
散った部隊に連絡を取れ。自由に生きる未来を掴み取りに行くぞ」
「了解した。アレクシス」
理解を示したモーリスはそう答えると、足早に広間から去っていった。
少しすると広間に残されたアレクシスは再び口を開く。
「確認だ。率直に言って勝てると思うか?」
不安、から来る質問とは違う。
別の手、保険が必要かどうか。その確認。
「愚問だな」
「そうか。なら存分に魔王の力を見せて貰おうか」
十万以上の兵の相手。前例がない戦いだが、負ける訳にもいかない。
全力で迎え撃とう。
「それと必要ないと思うが、一応言っておく。
降伏勧告はしようと思うな?」
「ほう?」
一応、降伏勧告だけは行おうと思っていただけに、予想外の忠告。
「弱小国家になら意味はあるかもしれないが、一定の国力を持つ相手にはむしろ逆効果だ」
「何故?」
「圧倒的な力を自負する魔王には分かるはずもなし、か。
いいぜ、教えてやる」
そう言ってアレクシスは丁寧に解説し始める。
「確かに魔王の力は圧倒的であり脅威だ。
これまで勇者や冒険者を幾度となく派遣して誰一人として討ち果たせなかった」
勇者だけではなく、冒険者も派遣されていたという事実に内心驚く。
勇者しか見ていないという点から、辿り着けなかったのだろう。
「当り前な話。魔王の得意な戦場で、敵である魔族が跋扈するような場所で勝つのは至難の業だ。
だが、それは魔界だからだ。脅威である六魔将どころか、大した勢力も連れてきていない。
ならば、これは逆境ではなく、魔王を討つ絶好の機会。全勢力をもってすれば勝てると思ってもおかしくはねぇ。だろ?」
「なるほどな」
個人で動いていることが裏目に出たといえる。
強い国であればあるほど、またとない好機に映る訳か。
降伏勧告には意味がない。そう忠告を受けたが、考えを改めるつもりはなく。
「話は理解した。それでも我は問い続けるだろう」
アレクシスの忠告は理解できる。だが、降伏勧告もなしに、滅ぼすのはフェアではない。
憎悪も罪もない者を一方的に滅ぼす趣味はなく、平定後に禍根を残さない為にも選ぶ権利ぐらいは与えるべきだと考える。
「そうか。ならこれ以上は言わねぇさ。
道半ばで死んでくれるなよ?」
「言われるまでもない」
--- ---
それから少し経ち、
「其方も出るのか?」
出陣の準備を終え、鎧に身を包んだアレクシスに問いかける。
「当り前だ。
まだ王である以上、責務は果たさないとな。
それにオレが出た方が兵の士気も上がるだろ?」
「そうだな」
「それに負ければ、どの道死ぬ。
死を待つだけなんてのは、つまんねぇからな」
最初の真面目な返答に感心していたが、付け加えられた理由に考えを改める。
「それとついさっき連絡があった。帝国軍は三方向に分けて進軍してきているんだそうだ」
「三方向か」
一点突破ではなく、軍を分けて包囲するつもりか。
できる限りリスクを分散させつつ、天然の要塞を手堅く攻略。
仮に予想外の事態が起き、落としきれなくても包囲することで兵糧を断つこともできる。
「まぁ妥当な采配だな」
予め想定していたようにアレクシスは零す。
元々悪かった状況だが、三分割されたことでさらに悪化したと言える。
一点突破であれば地の利を利用し数少ない兵を集中させることで希望があったが、三つに分けるとなると数の差を覆すことは不可能になる。
「さて、兵をどうやって分けるか……」
何処を護り、何処を捨てるか。
数を回せば護りきれるが、一つでも護り切れなければ国は滅ぶ。
その正答不能の選択にアレクシスは迷っている。
「兵を分ける必要はないだろう」
「何か案があるんだな?」
その言葉から察したアレクシスが活路を求めて問うてくる。
向けられた期待に応えるべく、正解のない問題に新たな選択肢を提示する。
「我とグレイシーで二つの軍に当たろう。
できるな? グレイシー?」
「はい。フィア様の命とあらば」
静かに話を聞いていたグレイシーが答える。
快い返答を聞き届け、アレクシスに問う。
「其方らでもう一軍は対応できるな?」
「まじかよ……。ハハハ、流石魔王だ」
一瞬、目を丸くしたがアレクシスは、すぐに笑いだした。
「そうか。なら存分に頼らせてもらうぞ?
未だ状況が不利に変わりないが、不可能ではなくなった」
あとは王国軍の頑張りと時の運次第。
活路を見出したアレクシスは迎撃の配置を告げていく。
「よし、じゃあ北はグレイシーに。南はオレ達王国軍が。
中央は
「承知致しました」
「承った」
こうして担当箇所が決まったことで話し合いが終わり、帝国軍を迎え撃つべくそれぞれが王国から出陣した。
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