第九話 小国の賢王

「着きました。ここがアルウェウス王国です」

「ほう。ここが……」


 四方に連なる山々を丸一日掛けて越え辿り着いた、秘境とも言えそうな山奥にある王国。


 最初に目に入ったのは、比較的低い防壁の上に等間隔に並べられた監視塔。

 四方の山頂付近にも同じような監視塔が置かれているのを見る限り、監視が連携できるようになっているのだろうか。

 そんなことを考えていると、モーリスが手を振って合図を送ったことで門が開いた。


「さ、中へ」


 案内するモーリスに従い、アルウェウス王国へと足を踏み入れる。

 門を潜り視界に映ったのは立ち並ぶ住居と露店の入り乱れる大通りだった。

 往来する人の多さにこの国が戦時中であるということを忘れそうになる。

 そんな街の光景に目を奪われていると、モーリスは近くで待機していた人間から伝達を受けていた。


「そうですか。わかりました」


 話が終わったのか、モーリスはこちらにやってくるなり口を開いた。


「御二方と、我が王がお会いしたいとのことです」

「ほう」


 願ってもない申し出に頬が緩みそうになるのを堪え、毅然とした態度で答える。


「連れていくといい」


--- ---


 城に招かれ、モーリスを先頭にして歩いていく。

 すると一際大きな扉が現れ、モーリスがノックしてから開けて中へと足を踏み入れる。

 そうして中へ入ると玉座に鎮座する黒髪の少年の姿が目に映った。


「陛下。只今、帰還致しました」


 モーリスは跪き、玉座に座る少年に報告する。


「ご苦労。よくぞ戻った!」


 帰還の言葉を聞き、陛下と呼ばれた少年は答えた。

 

「此度の迎撃。大義であった。

 お前が無事であることを嬉しく思うぞ」

「有り難きお言葉」

「二日後に伝令を出す。

 それまでしばし休息を取れ」

「はッ。有難く」

「下がってよいぞ」

「はッ」


 玉座に座る少年はモーリスに労いの言葉を掛け、退出を促す。役目を終えたモーリスが足早に玉座の間から退出すると、少年は再び口を開いた。


「話は聞いている。我が民を救って頂き感謝する。

 我が名はアレクシス・アルウェウス。貴殿。名は、なんという?」

「フィア・エーヴ・ザガン。魔王である」

「笑えない冗談だな。そうでなくとも戦の処理で、冗談に付き合う暇などないというのに」


 温和な雰囲気が一変し、アレクシスの纏う空気が鋭くなる。

 冗談ではないのだけど。


「なら、これで理解できるか?」


 隠していた羽を広げ、玉座の間全体に及ぶ魔法陣を展開してみせる。


「おいおいおいおい!!」


 アレクシスの悲鳴に似た驚きの声が上がる。が、何処か様子が違う。

 力を持たない者は畏怖するのが常。だが彼は……?


「本物かよ!? 最悪だ!!

 また、面倒が増えやがった!!!」


 恐れ慄くというよりも、自棄になっているように見える。

 口調も粗野になっている辺り、私と同類なのかもしれない。


「面倒とは言ってくれるな」

「そりゃ、そうだろ!? 魔族の王が人間のオレに良くしてくれるのか? なら歓迎だね。

 だが、基本不利益しか持ってこないのが現実だ。違うかよ?」


 態度が一変。

 乱暴な口振りだが、彼の言っていることは正しい。

 異種族の関わる問題で有益なことは稀だから。


「其方からの視点では、そうなることもあるだろう」

「そうなることしか、ないんだよ。オレの人生ってのはな」


 何かを諦めてきた様な遠い目をしながらも、アレクシスは語る。


「それで話を戻すが、魔王様がこんな辺鄙な国まで何の御用で? わざわざ滅ぼしにでも来たか?」

「それは其方の返答次第だ」

「へぇ~? 聞かせろよ」


 恐れを知らないアレクシスは不敵な笑みを浮かべながら、話を促す。


「では問おう。降伏か滅亡か選べ」

「……」


 降伏勧告への返答はなく。

 アレクシスはただ沈黙した。

 それから少しすると、突然我に返ったように笑い始めた。


「ふ……ふっ……フハハハハハハ!」


 玉座の間にアレクシスの笑い声が響き渡る。

 そうして、ひとしきり笑い終えた彼は口を開く。


「傑作だ。魔族の王が降伏勧告? 最高に笑える」

「何がそんなにおかしい?」


 彼も以前の勇者達と同じなのだろうか。

 やはり人間は難しい。

 そんなことを思っていると、後ろのグレイシーから明確な殺意が溢れ出ているのを感じた。


「何がおかしいか? 

 全てだな。笑う所しかないだろ?」


 アレクシスがそう答えた瞬間。

 目の前を銀閃が駆けた。


「何がおかしいのですか?」


 一瞬で玉座に迫ったグレイシーは、アレクシスの首に剣を押し当てて問う。


「なんだ、気に障ったか? 殺すか?

 いいぜ。やれよ」

「答えになっていませんね」


 そう言ってグレイシーは押し当てている剣に力を入れていく。

 そうして首の薄皮が切れ、血が流れ始めた頃。


「やめなさい。グレイシー」

「……はい」


 一言。それで落ち着きを取り戻したグレイシーは玉座から降り、後ろへと戻ってくる。


「失礼した。だが無礼はお互い様であろう?」

「あぁ。気にしなくていいぜ? オレは寛容だからな」


 アレクシスの態度が改まることなく。

 肝が据わっているというか、命知らずというか。

 そんなことを感じていると、彼は再び口を開いた。


「そこのグレイシーとか言ったか? 

 仕方ないから、何がおかしかったか教えてやるよ」

「……」


 グレイシーは沈黙したまま。

 アレクシスは気にすることなく語りだす。


「一つ。降伏する余地があること。圧倒的な武力を持つ魔王ならば、鏖殺だって容易だろうよ。

 仮に奴隷にするにしても、こんな小国じゃ、魔族にとっては大して価値がない」


 意外と考えられていることに少し感心する。

 事実。脆弱な人間よりも魔族の方が殆どの場合効率がいいため、奴隷として使用することは少ない。

 それにこの程度の小国では、態々わざわざ魔界の王である私が出張る理由もない。


「二つ。現在、隣国の帝国に攻められている最中であること。

 魔王が来ようが来まいが、あと三年もあれば滅んでる」


 道中、殺してきた帝国軍を思い出す。

 三年もあれば滅んでるか、思っていたよりも逼迫している。


「三つ。降伏すればオレは玉座から降りれる」

「嫌なのか?」

「当たり前だろ? 元よりオレは王の器じゃないんだ。

 それでも急逝した親父の責任を果たす形で帝国と戦ってきたが、それも今日までってことだ」


 つまり、それは帝国の侵攻を受け続ける滅亡寸前の小国を引き継がされたということで。


「……」


 全てがおかしい、と彼は言っていた。

 確かに、滅亡寸前。手詰まりという状況で都合よく責任を放棄できる相手が現れれば笑いも込み上げてくる。


「てことで、我が国は魔王様に全面的に降伏致します。全権限はこれより魔王であるフィア様へ。分からないことがあれば宰相にでも聞いてくれ。それじゃあ、後はよろしく。国王陛下?」


 そう言って、アレクシスは責任を全て押し付け、足早に去ろうとするが。


「おい。開かねぇ。どうなってんだ!?」


 扉が開かず、逃げることが叶わないアレクシスの声が聞こえてくる。


「そんなに都合良くいく訳がなかろう?」


 全て押し付けてお終い、なんてことは許されない。

 それに彼は先ほど三年もあれば滅んでる、と言っていた。裏を返せば三年近くは帝国相手に抗えるだけの手腕を持っているということになる。

 他にも自棄になっていた感は否めないが、それでも状況を柔軟に受け入れる思考力や対応力。間違いなく彼は優秀な人間だ。これを逃す手はない。


「其方が退位することは許さぬ」

「おいおい。降伏を要求しておいて、退位は許さないってオレにどうしろって言うんだ? 

 まさか属国の王として生きろとか言わないよな?」

「不満か? なら、安心するといい。

 の属国とはならない」

「あ? それはどういうことだ?」


 考えていた前提がひっくり返ったのか、怪訝そうな表情を浮かべながらアレクシスは訊いてきた。


「魔界の統治下に入るのではなく、我が統治下に入ってもらう」

「魔界ではなく魔王? 個人の享楽に付き合えってか?」


 おおかた、魔王が暇つぶしのために支配しようとしている、とでも思ったのだろう。

 だが、享楽という言葉はあながち間違いでもないのかもしれない。

 平和を望むのは私個人のエゴだしね。


「否定はせん。が、対立の続く世界に平和をもたらすというのも中々に面白いのではないか?」

「それは魔族の云う平和か? それとも魔族と人間、その他種族の云う平和か?」

「無論。後者だ」


 その言葉で一瞬、アレクシスは理解できないものを見る目で見てきたが、すぐに我に返ったのか再び笑い始めた。


「フハハハハハ!! 面白いッ! 最高だ!! 

 魔王が共存の未来を示す日が来るとはなッ!!」

「……」


 元々根付いている魔王に対する悪印象からか、アレクシスは嗤い始めた。

 あまり返答に期待できないかもしれない。そんな覚悟を決めつつ、アレクシスの次の言葉を待つ。


「あー笑った。はぁ」


 アレクシスはそう言って一呼吸置き、答える。


「いいぜ。乗った。その享楽に付き合ってやる」

「本当か?」

「あぁ。クソみてぇな面倒事だけは勘弁だが、面白ければアリだ」


 享楽主義的な所が魔族と似ていてどうかと思うが。

 思いの外いい返事が聞けて安心していると、アレクシスから疑問が飛んでくる。


「一つ聞く。なんで魔界ではなく個人なんだ? 誰かと賭けでもしてんのか?」


 国取りゲームでもしているとアレクシスは推測したのだろうか。


「我と張り合える者がいると思うのか?」

「思わねぇよ。ただの確認だ」


 アレクシスにはああ言ったが、魔界で私と張り合える者はほんの一握りだが存在はする。グレイシーだってその一人だ。後は六魔領主の面々ぐらいだろうか。


「個人である理由は、魔界も一枚岩ではないということだ」

「なんだ。魔王といえど人望ないのか。大変だな」

「誰のせいで大変だと思っている……」


 人間憎しで動く者の制御がどれだけ大変か。

 おまけに稀にやって来る勇者の対応、冒険者と名乗る意味の分からない者たちに荒らされた森や山の修復。消化しても終わらない業務にどれだけ苦労したことか。主にノクスとグレイシーが。


「はぁ。魔界には恨みを持つ者が多い故な。我が所有物として保護する以外にないのだ。

 それに所有物であれば、人間を攻撃する者に対する大義名分が立つ」

「なるほどな。そっちの事情は大体理解できたぜ」


 協力が決まり、事情も大体理解できたらしいアレクシスはそう言うと次の話を切り出す。


「話を進めるぜ。この国は魔王に下った訳だが、それでも帝国は攻めてくるはずだ。

 なんせ相手は大国、我が国だけでは手に余る。平和を目指すなら攻撃してくる相手はどうにかしないとな?」

「はぁ」


 思わずため息が零れる。

 国が滅ぶことを回避し、攻めてくる帝国に勝つ切り札まで手に入れたアレクシスと協力者を得ることが出来た私。

 結果だけ見ると利用された気がするが……。

 どの道、帝国にも行くつもりだったから、良しとしよう。


「仕方ない。

 だが、其方らからも兵を何人か出してもらうぞ?」

「よし。決まりだ」


 こうしてアルウェウス王国との話が付き、侵略を広げる帝国との戦が幕を開けるのだった。


――――――――――


次回予告兼おまけ


「一つ訊く。何故、帝国には降伏しなかった? 

 他種族に降伏するよりも、同族の統治下に入る方が良いと思うが?」


「簡単な話だ。帝国の侵略理由は労力不足。

 民を奴隷にされるぐらいなら、潔く滅んだ方がマシってだけだ」


「ほう。民を思うか。それにしては、我が降伏勧告に応じるのは早かったな?」


「天災に抗おうとする奴はいねぇだろ? それと一緒だ。

 平等に訪れる終末に抗うのは無駄でしかない。

 もちろん、抗うことで好転する可能性があるなら話は別だがな」


「それは好転する可能性が出てくれば裏切ることもあるということか?」


「まさか? それとも裏切る隙を与えてくれるのか?」


「それこそ、まさかだな」


「そうだよな? アハハハ!」


「アハハハハハ!」


次回『戦域のラーミナ帝国』

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