第六話 距離の近い協力者
「それでいい」
アネモアの手を握り返し、私は答える。
今はまだ表面上の協力関係。
だが、一歩前進した。憎しみに囚われ、まともな会話すらできなかった時と比べれば大きな成果と言えるはずだ。
アネモアとの握手が終わり、横で見守っていたグレイシーへと声を掛ける。
「ほらね! なんとかなったわ」
「はい。流石です」
グレイシーは顔色一つ変えないが、どこか嬉しそうに答える。
「ですが、フィア様……」
グレイシーの言い出しづらそうな声色に疑問を覚える。と同時にアネモアが視界に映り、違和感の正体に気が付く。
状況を理解したと同時に気恥ずかしさが込み上げてくる。
「……コホン」
咳ばらいをすることで落ち着き、何もなかったことにしようと本題を切り出す。
「さて、では今後について具体的な話をするとしよう。其方には話したが、我が望みは平和だ。そのために……」
そこまで話すと、アネモアが口を挟む。
「えっ、ちょっと待って。今のなに?」
「……」
アネモアの指摘に、顔が熱くなるのを感じる。
落ち着け私、落ち着け。
そう自分に言い聞かせて、毅然とした態度でアネモアに問い返す。
「何故、そんなことを聞く?
話し方など、どちらでもよいだろうに」
「どっちでもいいなら、あたしはさっきの方がいいかな。
話しやすいし」
「……」
見くびられないために、人前では魔王として相応しい態度をとるようにしていたが、アネモアは協力者。彼女が言うのであれば、素で話してもいいのだろうか。
少し思考を巡らせたが、結論は出ず。考えるのを諦める。
最悪の場合。惜しい人材ではあるが消してしまえば問題ないだろう。うん。
「はぁ。分かった。貴女とは
「うん。やっぱりそっちの方が話しやすい」
そう言ってアネモアは笑ってみせた。
さっきまで敵同士だったのに、この距離感。慣れるの早いわね……。
そんなことを思いつつも、逸れた話を戻すべく切り出す。
「そう。じゃあ話を戻すけど、今後について具体的な話をするわね」
アネモアは頷いて話を促す。
「貴女には国王との交渉を手伝ってもらうわ。この国の王は、
一度断られている私だけじゃ、話し合いにすらならないだろうし。面倒なことは優秀な者に任せるのが一番いい。
「うん。分かった」
そう言ってアネモアは了承する。
「何か聞きたいことはある?」
協力する上での情報共有は大事だと思い、アネモアに投げかける。
するとアネモアは不安が残るのか疑問を口にした。
「降伏した後、この国はどうなるの?」
どうなるか。
戦争で負けた国は、奴隷にされ悲惨な最期を遂げることも少なくない。彼女が聞きたいのはそういうことだろう。
「安心していいわ。貴女が協力する限り、私は貴女との約束を守るから」
彼女と交わした、無下に扱わないという約束。
「そう……よかった」
返事を聞いたアネモアはそう呟き、安心した様子を見せる。
「他には?」
問いかけるとアネモアは一度考えるように俯き、すぐに顔を上げた。
「少し、話が変わるけどいい?」
アネモアは少し真剣な雰囲気で尋ねてくる。
魔法が使えるようになるまで、まだ時間がある。
それに話が終わっても暇だし付き合ってもいいだろう。
「えぇ。答えられる範囲までなら大丈夫よ」
「なら、いくつか聞きたいんだけど、どうして魔王が世界の平和を求めるの?」
根本的な理由が分からないと、アネモアは私に問いかけてくる。
そんな疑問を浮かべる彼女と、かつて同じように問うてきた者たちの影が重なる。
『何の為に魔王となる?』
かつて魔界を統治するべく動いた時に、私の前に立ちはだかった者たちが問うた言葉だ。
そして、聞かれる度に私はいつも同じ言葉を返してきた。
「自分のためよ」
魔王になったのも、グレイシーを拾ったのも、平和を求めるのも全て自分のため。我がままだ。そこに高尚な理由など存在しない。
「私はいつだって、自分の為に動いてきたわ。
それに魔王が平和を求めちゃいけない?」
私の言葉を聞いてアネモアは首を横に振る。
「いや。安心した。
魔王といってももあたしたちと変わらないんだなって」
アネモアはそう感想を口にするが、
「そうでもないわ。魔族と人間、生き方や価値観、寿命に至るまで何もかもが違う。
私は、私の為に選んだ道が、たまたま人間との共存に向いていた。ただそれだけよ」
そう言って彼女の言葉を否定する。
もし人間の作り出した文化や文明に興味が無かったら、もし魔術に、彼女に出会っていなかったら、私は人間の可能性に向き合うこともせず、価値などないと切り捨てていただろうし、魔王にもなっていなかっただろう。
だからこそ、
「私がもし、道半ばで死ぬことがあれば平和は諦めなさい。それでも足掻き、平和を求めると言うのなら、ノクスという男を頼るといいわ」
人間である彼女の可能性を信じ、意志を託す。
聡明な彼であれば、アネモアから話を聞けば全て理解するはずだ。
「フィア様……」
縁起でもない話にグレイシーが心配の声を上げる。
「大丈夫よ。もとより死ぬ気なんてないわ」
あくまでも可能性の話。
「他に質問は?」
暗くなってしまった空気を変えるため、アネモアに話を促す。
「また話が少し変わってしまうけど、いい?」
「答えられる範囲なら大丈夫よ」
「さっき魔法陣使ってたけど、どういうこと?」
なんとも抽象的な質問だ。
「どういうこと、というのは?」
「どうして魔族が魔術を使っているのか、ということよ!」
少し興奮した様子でアネモアは答える。
「魔族が魔術を使っちゃいけない?」
「魔族には魔法があるでしょ?」
そう。アネモアが言う通り、魔族には魔法がある。
人間にはない魔法回路を使うことで魔法を扱えるのだけど。
「私、魔法が扱えないのよ」
「どうして?」
「正確には、扱いきれない。というのが正しいわね。
だから魔術で代用してるの」
「魔法が扱いきれない魔族がいるんだ……」
アネモアが驚いた表情で呟く。
「失礼ね。個体差があるのよ」
曰く、私の回路は繊細で複雑、その上で特殊な系統の回路の為、普段使いに向いていない。
ただ欠点ばかりという訳でもなく、大規模魔法など普通の回路には難しいとされる高度な魔法をより強力に扱える利点がある。
実際、縮消領域が良い例で、他の魔族にあれは使えない。
まぁ、あれは魔術と魔法の複合だけど。
「私も魔術を扱うから分かるけど、貴女の魔術もかなりのものよね」
先の戦闘を思い出し、アネモアに投げかける。
「そうでもないよ。魔王に手も足も出なかったし……」
先の戦いで私に手も足も出なかったことが、相当堪えたのか自虐的にアネモアは答える。
「大丈夫よ。貴女の才は私が保証する。
それと私のことはフィアでいいわ」
「えっ、うん。分かった、フィア」
戸惑う様子を見せるも、アネモアは受け入れる。
「よかったら、交渉が終った後でさっきの大規模魔術教えてくれない?」
「いいけど……あれはあたしの魔術だから難しいよ。
大丈夫?」
「大丈夫よ。頑張るから」
アネモアの言い方が引っかかったが、恐らく大丈夫だろう。
この後の予定も決まり、いい感じに時間も潰せた。
おかげで回路もある程度まで回復できた。
「よし。そろそろ行きましょうか」
沈黙を貫き続けた愚王の元へと。
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