第七話 敗戦の王

 ノルトオステン城内。


 アネモアに案内されて謁見の間の扉の前までやってきた。

 中は突如現れた魔王の対処に追われているのか、扉越しでも騒がしさが伝わってくる。


「……」


 緊張しているのか、扉に手を掛けたままアネモアは動かない。


 国の命運が掛かる話し合いに臨むのだから、緊張するのは仕方ない。

 けれど、話し合いなどなるようにしかならないのだ。


「何してるの? 早く行きましょ」


 代わりに扉を押し開け、騒々しい中へと踏み入れる。


 すると突然の来訪者に広間にいる全員の視線が異物わたしへと向けられた。

 それに構わず、歩を進めていくと、


「……何者だ!?」

「女……?」

「魔術師と誰だ……?」


 様々な疑問が飛び交い始める。

 そうして騒めきに収集がつかなくなり出すと――


「静まれい!」


 玉座に座る初老の男の一声で広間は静寂を取り戻した。

 静まり返った広間を歩き三人が玉座の前に到着すると、国王が口を開く。


「翠嵐の魔術師アネモア・ネフトライト。

 此度の魔王撃退、大義であった。して、その横の者は何者か?」


 国王の問いかけに、アネモアは跪き答える。


「はい。この者たちは――」

「――頭が高いぞ人間。我を誰と心得る?」


 アネモアの言葉を遮り、不遜にも玉座から見下ろしてくる国王へ問う。


「なっ……!?」


 国王の驚きの声を筆頭にどよめきが伝播する。


「よもや……魔王……なのか?」

「如何にも。我こそフィア・エーヴ・ザガン。魔王である」


 その決定的な一言で、場内のどよめきは悲鳴や怒号へと変わる。


「……どうしてここに魔王が!?」

「衛兵! 衛兵はどこだ!?」

「そこの魔術師は何をしている!?」

「死にたくない! 死にたくない!!」


 パニックに陥り逃げ出す人や、衛兵を呼び取り囲む人、現実を受け入れられない人と様々だが、一貫して国王は玉座で静観していた。


 やがて槍を携えた衛兵が周りを取り囲み、一触即発の状況に。

 後ろに控えるグレイシーが静かに剣の柄に触れようとした瞬間。


「騒々しいぞ!! 衛兵を下げよ!」


 再び国王の一声により、場内が落ち着きを取り戻した。


「陛下。お言葉ですが今、衛兵を下げては――」

「下げよ! 魔王相手では意味などあるまい」


「しかし――」

「下げよ!!」

「はッ! 衛兵よ。下がれ!」


 国王の賢明な判断で衛兵は撤退し、最悪な状況は免れた。

 あと一歩遅いか、判断を間違えていれば広間が血の海になっていたことだろう。


「失礼した。魔王よ」

「頭が高い。其方らは負けたのだぞ?」


 未だ玉座から見下ろして来る国王へ再度問いかける。


「……」

「それとも其方の首でも落とさねば分からぬか?」


 国王を討ち取れば否が応でも認識するだろう。敗けたのだと。

 玉座に固執して滅ぶか、玉座を捨てて生きるか。本来、降伏勧告を拒否した王に選択肢など与えないが、アネモアと紅茶に免じて一度だけ赦そう。


「我らは敗北したのだな……」


 受け入れきれていなかったのか、国王はそう呟き玉座から立ち上がった。


「魔王よ。望みはなんだ?」

「魔族と人間の争いを終わらせることだ」


「それは我々、人間の絶滅でもってか?」

「違う。我が支配で以てだ」


 異種族が支配する世界の到来。それは簡単に許容できるものではない。

 それはやはり人間にも言えるもので。


「魔王の支配する世界など……」

「奴隷になるに違いない」

「共存などできる訳がない」


 横の群衆で様々な意見が飛び交うが、国王は玉座から下り対等な位置まで来ると最後の質問を投げかけてきた。


「魔王。いや、フィアよ。お主の思い描く世界はなんだ?」

「憎悪や争いのない平和な世界だ」


「そうか。ではアネモアに聞く。これに賛同できるか?」

「……はい」


 横で跪くアネモアの意見を聞き、国王は身を翻して再び玉座へと上って場内の人間に宣言した。


「聞け! 我が国、ノルトオステンはこれより魔王フィア・エーヴ・ザガンの支配下に入ることをここに宣言する!」


 その言葉に場内の人間は驚愕し、様々な声を上げる。


「なッ!?」

「正気ですか!?」

「陛下、今からでも遅くありません! ご撤回を」


 宰相と思しき男が国王に詰め寄り、宣言の撤回を求め始めるが、


「我々は敗けたのだ。撤回すればこの国は滅ぶ。それとも国民の命を無駄にしろというのか?」

「それは……」

「それに翠嵐の魔術師が賛同できると言ったのだ。争いが無くなるのか見てみるのもいいだろう」


 そう言って国王は空いた玉座に王冠を置き、下りてくると目の前で跪いた。


「魔王様。我が国はこれより貴方様の統治下に。ですが何卒、国民の命の保証をして頂きたく」

「よい。もとより、そのつもりだ」


 文明や文化の担い手を殺してしまっては、支配下に置く意味がない。

 国民の保証を約束し一段落してから、跪く国王に本命の話題を振る。


「我が国との交易の話がしたい」

「畏まりました」


--- ---


 国王との話が終わり、王城から解放される頃には夕焼けで空は紅く染まっていた。 


「終わった~」

「お疲れ様でした」


 終始静かに見守っていたグレイシーが労いの言葉をくれる。


「最初はどうなるかと思ったけど、上手くいってよかったわ」

「ほんと、どうなるかと思った……」


 紅茶やお菓子、特産品などの交易の話も円滑に進み満足な私と対照的に、アネモアは疲労困憊の様子を見せる。


「どうしたの? そんなに疲れて」


 そんなに疲れることがあったのだろうか。

 終始、跪いてるだけだった気がするけど……。

 そう思っているとアネモアは遠い眼をしながら、心境を語った。


「何回か、あたし死んだなって思ったから……」

「そう? ……あぁ」


 思い返せば心当たりしかない。

 彼女からすれば終始、気が気でなかっただろう。……反省するつもりはないけど。


「まぁ、でも。何事もなく終わったからよかったじゃない?」

「ほんと、よかった……」


 そう言ってアネモアは改めて胸を撫で下ろした。


「グレイシー。まだ時間あるわよね?」

「はい」


 確認にグレイシーは答える。

 目的は達成し、時間もある。なら今からすることは一つだけ。


「それじゃあ、紅茶でも飲みに行きましょうか」

「はい」

「アネモアも来るわよね?」

「……うん!」


 そうして、ノルトオステンを支配下に置けた祝賀会と交易に指定する茶葉選びを兼ね、紅茶を飲みに日の沈む街へと繰り出した。


――――――――――



次回予告兼おまけ


「美味しい! やっぱり人間の作る紅茶は格別よね」

「そうなの?」


「はい。味はさることながら、清涼感のある柑橘系の香りは魔界では出せませんから」

「そもそも魔界だと環境が違いすぎて、良い茶葉が育たないしね。

 はぁ~至福ぅ~~」


「魔王がそんなに紅茶好きだったなんて、ほんと意外……」

「そう? みんな好きだと思うけど……ねぇグレイシー?」

「はい。ですが紅茶一つでこの国の滅ぼすか、頭を悩ませていたのはどうかと思います」


「それは言わないでよ~。次の国はどうしようかなー」


「えっ、この国って紅茶で救われたの!?」


次回『思いがけない出来事』

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