第五話 対話という名の脅迫

  そこには泣いている少女がいた。


 『どうしたの?』と問いかけると、少女はこちらを見上げて答えた。


「みんな、いなくなっちゃた……」


 少女の嘆きを聞き、顔を上げると荒れ果てた大地が目に映る。

 家屋などの建物は跡形もなく破壊し尽くされ、生きる者は他におらず、屍ばかりが転がっていた。


 大丈夫。大丈夫だから。と励まし少女を抱きしめる。

 抱きしめられた少女は、私の胸の中で再び大きな声を上げて泣き始めた。


 しばらくして泣き止んだ少女に、私は問いかける。


 もう大丈夫?


「うん。ありがとう」


 濡れた頬を拭いながら少女は答える。


 あなたの名前は?


「グレイシー」


--- ---


「うっ……」


 目が覚め、瞼を開けるとそこにはグレイシーの顔があった。


「おはようございます。フィア様」

「おはよう。グレイシー」


 真上から覗いてくるグレイシーに挨拶を返す。


「どれくらい寝ちゃってた?」


 現状の確認をしながらグレイシーの膝枕から起き上がる。


「一時間ほどです」

「彼女は?」

「あそこでまだ気を失っています」


 そう言ってグレイシーは地面に横たわるアネモアを指さす。


「よかった」


 彼女が起きるよりも先に起きることができて。

 グレイシーだけだと不安だったから……。


「何がですか?」

「なんでもないわ。ところでグレイシー?」

「はい」


「私と出会った時のこと覚えてる?」

「はい。覚えております。

 それがどうかされましたか?」


 脈絡の無い話に付いて行けず、グレイシーは疑問符を浮かべる。


「さっき夢で見たから、懐かしいなと思って」


 あれからニ百年以上、色々なことがあった。


「グレイシーは、どの出来事が一番記憶に残ってる?」

「フィア様との記憶は全部印象に残っていますが。強いてあげるのでしたら、ブレイク派閥との決戦ですね」


 ブレイク派閥。グレイシーの故郷を滅ぼした元凶であり、内戦の首謀者。彼らとの決戦でグレイシーは復讐を果たし、私は魔王へと大きく近づいた。


「ブレイクは手強かったわ」

「はい。それに拾ってくれたことに加え、仇であるブレイクを討つ機会を与えてくださったことには感謝しきれません」


 そう言うとグレイシーは頭を下げる。


「もういいわよ。過去についての礼なんて。それに私だってグレイシーに助けられることが多くあったからお互い様よ」


 思い返すと懐かしい。あの時も私は……。


「グレイシー。ちょっと大事な話が……」

「なんでしょうか?」


 この後のグレイシーの反応には大方予測がつくため、非常に言い出しにくい。


「…………私、しばらく副作用で魔法が使えなくなったわ」


 その言葉を聞くと、グレイシーの表情が喜怒哀楽とコロコロと切り替わり、最終的に呆れた表情に落ち着く。

 すると、ため息を吐いて一言。


「また、ですか」

「ごめんなさい……」


 申し訳なさで、グレイシーを直視できない。


「計画が遅れるのは、まぁ、いいです。

 ですが、この国はどうするんですか?」

「彼女を引き入れて、交渉すれば……」

「自衛もままならないのにですか? 彼女を引き入れることができなければどうするおつもりで?」


 正論を言われ、ぐうの音も出ない。


「でも自衛はグレイシーを信頼してるから大丈夫よ」


 彼女に勝てる者など魔界でも、そういない。


「……そう、ですね」


 若干嬉しそうにグレイシーは答える。


 チョロい……。


「それでも、それでもです。

 フィア様はもう少し自重してください」

「でも、あれで今の魔術師の実力が分かったから……」

「自重してください」


 グレイシーの圧を感じる。


「はい」

「それでいいんです」


 有無を言わせぬ気迫に負け、渋々と了承するとグレイシーは満足そうに頷いた。


「それで、フィア様から見て今の魔術師はどうだったのですか?」


 なんとも抽象的な質問だけど。


「そうね。

 アネモア、彼女だけを見るなら実力はかなり高いと思うわ。

 ただ、最前線のオリエンス王国ではこれほどの実力を持った魔術師は見なかった。

 だから彼女が特別、そう捉えるのが妥当じゃない?」


 個人的には、彼女と同格の存在が多くいてくれた方が面白いけれども。


「そうですね。私もフィア様と同意見です。ただ、それほどの魔術師が最前線のオリエンス王国ではなくこのノルトオステンに滞在していることが引っかかります」


 確かに変ではある。何故、彼女は……。


 そんなことをグレイシーと共に考えを巡らせていると。


「ここは……? あたし生きてる……??」


 少し離れた場所から、アネモアの気の抜けた声が聞こえてきた。

 そうして彼女は起き上がり、現状を認識すると、


「どうして魔王がっ!?」


 驚き、叫ぶと即座に横に置いてあった杖を取り、構えた。

 瞬間、白銀の線が視界を走った。


「グレイシー!!」


 その一声により、剣を抜き駆けた彼女の動作が止まる。


「……えっ?」


 数瞬遅れて、喉元に剣を当てられたことに気づいたアネモアから声が漏れ出る。


「グレイシー。剣を下ろして」


 できるだけ低い声音で、指示を下す。


「……分かりました」


 そう言うとグレイシーは剣を下ろし、アネモアから離れた。


「アネモア、失礼した。其方も杖を下ろしてくれぬか? 

 我らに争う意思はない」


 反対にアネモアにはできるだけ、穏やかな声音で語り掛ける。


「どういうこと? 滅ぼすんじゃなかったの?」


 何も知らないのだから、彼女の疑問は最もだ。


「何も全て滅ぼしたい訳ではない」

「でも、貴女はこの国を襲ったじゃない」

「それは其方ら人間が、降伏勧告に応じなかったからだ」


 何もない空中で三十分待たされた身にもなってほしい。


「なにそれ。

 あんな理不尽なものに応じるわけないじゃない」


 やっぱり魔族とは分かり合えない。とアネモアが吐き捨てたところでグレイシーの形相が更に険しくなった。


「待って」


 果たしてそれはアネモアに言ったものなのか、グレイシーに言ったものなのか。自分でも分からない。多分、両方だ。


「私は、この戦争を終わらせたいのよ」


 思わず素が出てしまったけど、構わず続ける。


「降伏と言っても、私の庇護下に入ってもらうだけで。

 無下に扱うことはないと約束するわ」


 私の言葉にアネモアは面食らたようだが、すぐに反論を口にする。


「どういうこと? なら魔王の貴女が魔族が人を襲わないようにさせればいいじゃない」


 ごもっともな反論だ。だが、


「無理よ。他の魔族の人間に対する恨みは大きい。それに、私が止めても貴女たち人間が魔界への侵攻を止めない限りこれは終わらない」


 どちらかが絶滅しない限り、終わることはない。これはもう、そういう所まで来てしまっている。


「だから、私がこの世界を支配し、この不毛な争いを終わらせるわ」


 勇者に断られたことで始まったこの計画。勇者が断っていなければ、魔族と人間が対等に手を取り合い平和になる未来になったのだろうか。

 そんな可能性を考えていると、アネモアが吠える。


「あたし達は、魔王の支配で平和になった世界なんて望んでない!」


 異種族が支配する世界。

 そんなもの誰だって嫌だろう。だが、


「理想を語るのは結構よ。現実を拒むのも勝手にすればいい。

 けど、それで世界は変わらない」


 世界を変えるのはいつも、力ある者か、理想を目指し行動を起こした者だけだ。


「支配の先に待つのは、人間の滅びかもしれない。それが嫌だと、拒み、抗うのであれば行動を起こせ。覚悟を決めろ。人が滅ぶ未来を変えたいと言うなら、我が手を取れ」


 アネモアへと歩み寄り、手を差し伸べる。


 手を取らなければ滅びるのは人間。

 殆ど脅迫と言ってもいい状況。

 どちらを選択したとしても彼女には大きな責任が伴うことになる。


 そのことを理解した上でアネモアは差し出された手を見つめ、取るべきか悩み続けているのだろう。


「あたしが手を取れば、この国は守られるの?」

「其方の努力次第だ。

 無論、手を取らなければ滅びるがな」

「もう一つ質問。どうして、あたしなの?」


 彼女の翡翠色の瞳が見定めるように私を映す。


「其方には力がある」

「貴女相手に手も足もでなかったのに……?」


 そう言ってアネモアは自身を卑下してみせる。が、彼女の魔術の才は突出している。いずれ人々を導く大きなものとなるだろう。


 それに私自身、彼女からいい刺激を貰うことがあるかもしれない。


「そして何より其方からは悪意を感じなかった」


 噓偽りのない本音であり、彼女を竜巻から助けた最大の理由。

 魔王という立場上、数々の憎悪や悪意を向けられる。

 魔界を統一するために敵となった同族を幾人も葬ってきた。故に憎まれることも覚悟はしている。


 だが、人間はどうだ。直接、手を下すことも無ければ、関わることすら稀だった。にも拘わらず私の知らぬ所で争いは生まれ憎しみは伝播し、いつしか憎しみは魔王へと向けられ魔王わたしは恐怖の象徴とされた。


 だが先ほどの戦い、目の前の敵に対する殺意こそあれど彼女からは憎しみを感じることは無かった。


「……はぁ」


 そこまで伝えるとアネモアはため息を吐いた。

 そして翡翠色の瞳に覚悟を宿らせると、


「話は聞くし、協力もする。でも、無闇に人を殺そうとするなら、あたしは貴女を殺すから」


 そう言って彼女は、魔王わたしの手を取った。

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