第19話 天空の白①

「踊ろう♪踊ろう♪わたしとシェイキッ♪セイッ!」


「お、踊るの、大好き〜……」


「いいよーレイミヤ!どん、ちゃん、騒ごう〜」


 ここは昨日もエマさんと歩いたシードルに続く林道。背中に大きな楽器を背負ったガーディーンさんに連れられて、私は再度この道を辿っていた。先程から歌わされているのはガーディーンさん作詞作曲の歌だ。

 人見知りの私がいきなりガーディーンさんと二人になるのは気まずくて、できれば他にも来て欲しかったが、第三教会への別件の依頼もあり難しかったらしい。


「レイミヤ、レイミヤ。子猫ちゃん、いいお名前だよね〜」


 唐突にガーディーンさんが空を見つめてうっとりと私の名前を反芻した。母から貰った名前なのでつい嬉しくなってしまい、頬が緩む。


「お母さん、レインっていう名前で、それで……」


「お会いしたことはないけど、存じているよ。君に会った後調べさせて貰ったからね。君のお母さんは偉大な治癒者だったね」


「まだ、データでお母さんのことはこの世に残っているんですね」


「ずっと残るよ、お母さんの生きた証は君以外にもあるものさ。ん?レインさんの可愛い可愛い子猫ちゃんだからミャーって後ろに付けたのかな?れいみゃーって」


「そ、それはどうでしょう。私も知りませんがなんとなくそうじゃないような……」


 そうかな惜しいとこまでいってるはず、と不服な顔でガーディーンさんがぶつぶつ呟く。私も自分の生まれた辺りの話はずっとはぐらかされてきたから、知りたいのは私の方なのだけど。


「れいみゃーほらほら、エマの報告の場所まで来られたよ。楽しく話しているとあっという間だよね」


 屈託のない笑顔が眩しい。さすが街の人々に愛されるカッコ可愛い人気者だ。そういう私も嫌いなんかじゃない。

 そんな彼女の言う通り、私たちはナツキさんが居た場所まで到着していた。


「ここからシードルの方向にすごいスピードで飛んで行ったということだよね?」


「はい、跳躍して移動していました。蹴った所が抉れるくらいの力強さでした!」


 エマさんと同じようにガーディーンさんも地面に顔を近付けてよく観察し始めたが、すぐに背筋をピンと伸ばして立ち上がる。


「ま、痕跡とかはどうでもいいんだ。シードルに向かったのが確かならそこに行くまでさ」


 その顔はいつになく真剣な眼差しに思えて、思わず私の頬は熱くなった。普段はあんな感じでもやはり仕事となるとしっかりしているんだ。マリアさんも悪魔事件の時はあんなに素敵だったのに普段はああだし。


「なに?失礼なこと考えてないよね?」


 案外鋭く表情を観察しているらしく、ガーディーンさんに顔を覗き込まれた私は罪悪感で目を逸さずにはいられなかった。


「って図星か。私だってやるときゃやるよ、こう見えてこの仕事は天職だと思ってるんだ。人を助けてキャーキャー言われる最高の仕事でしょ?」


「間違ってないのでしょうけど、その言い方じゃなんとなく不純な気がしますね」


 私の言葉を聞いてケラケラと笑ったガーディーンさん。人助けがしたいという気持ちは本当に立派なもので、私は少し彼女を尊敬した。


「それから私はこう見えて気が利くんだ。れいみゃーそろそろ疲れてるでしょ?少し休もう。地面は土がつくからここにお座り。できればこっち向きで」


 地面にお尻をついて木の幹を背もたれにしたガーディーンさんが太ももを叩いてアピールしている。


「え、こうですか?あ、でもすみませんスカートが邪魔して脚が開かないので難しいですね……」


 私のワンピースの裾はスリットが入っていないのでガーディーンさんの両脚を跨いで向かい合うことは出来ない仕組みだ。


「れいみゃー、君は素直が過ぎるね。叩かれるかと思った」


「叩かれ……?」


「ううん、こっちの話。なんか逆にこう、怒られないと私がすごく悪い気がするから、土がついて大丈夫なら横にお座り」


 ガーディーンさんがちょっと恥ずかしそうに私の座る場所を指さしたので、それではとそこにお尻をつく。


「シードルまではあとどれくらいですか?」


「そうだなー、このペースだとあと二日歩くかもしれないね」


 あと二日……?

 エマさんそんなに遠い所を教えたの?という気持ちと、自分もそこに行くの?という気持ちが混ざり合う。私の人生、小さな家でほとんどを過ごしたおかげで少しも距離感にピンとこなかった。


「正直遠いよね、馬車に乗るって言っても道がしっかりしてないから簡単に呼べやしない。最近では新しい移動手段の研究も進められているようだけど、いつまでかかるやら」


 ガーディーンさんも遠いと感じる距離だ、私は到着する頃にはどうなっているのだろう。果てしなく遠く感じるお城を思い浮かべて目を閉じてみる。


「そんなわけで、ここらでしっかり休け……」


 私が肩に違和感を覚えた時、ガーディーンさんの視線が私の頭上でぴたっと静止した。その顔はしっかりと青ざめていて。


「ぎゃー!子猫ちゃん、上、上!!」


 私の両肩はがしっと何かの脚に力強く掴まれていた。見上げると真っ白な、鳥。いや、鳥らしき爬虫類。このよくわからない生物が両翼を羽ばたかせると、私の体は簡単にふわりと浮かび上がった。


「今すぐ助ける!」


 ガーディーンさんが慌てて立ち上がり、両手をこちらに伸ばすと、私の頭の中に声が響いた。


(助けて、聖なる者)


「え!?ガーディーンさん、待ってください!」


 肩を掴む生物の爪がとても優しく私に接していることに気が付き、咄嗟に声の主を悟る。


「私、大丈夫そうです!攻撃しないでください!」


「ど、どこをどう見ても大丈夫なわけないだろう!?とりあえず攻撃しないけど、追いかけさせて貰うからね!」


 冷や汗ダラダラのガーディーンさんが木の高さまで浮かび上がった私を目で追いかけ、楽器を背中に担ぐ。

 私を掴んだ白い生き物は一目散に空を駆け出した。実を言うと高い所がそんなに得意じゃないのでぎゅっと目を閉じてひたすらに無事到着することを祈る。


「白い鳥さん、わ、私を無事に連れて行ってくださいぃ……」


(大丈夫だよ、聖なる者。私は貴女に助けて欲しいだけ)


 またも頭の中に声が流れてくる。しかもこのタイミング。


「もしかして会話できてます……?」


 私は半信半疑で白い鳥に向けて質問を投げかけた。


(驚いたね。私も驚いてるよ。君を見つけられてとても嬉しい)


 やはり白い鳥は私に話しかけていた。それも好意的に接してくれているではないか。心当たりはないけれど。

 思い切って目を開けてみると、そこには誰も踏み込むこともできないような断崖絶壁。白い鳥が私を掴んだままひらりと身を翻すと、外からはまるでわからなかった大きな横穴が現れた。洞窟のような広い空間になっていて私もようやく地に足を着けそうだ。


「ここ……あなたのおうちなんですか?」


(そう。でもあまり人に知られたくないんだ)


 白い鳥はゆっくりと私を地面に降ろして、真っ白な鳥の羽を小さく折り畳む。トカゲによく似た頭が私の目の前に晒される。よく見ると鳥とは言えなさそうな外見だ。奇妙な、でも真っ白でどこか神秘的な姿にも思えるその姿は一体どういう存在なのだろうか。


(私はパイロン。偶然にも私の姿を見た人間には、神獣と呼ばれているらしいよ)


「神獣!?そんな、パイロン様、どうして私なんかをここに連れてくるのですか!?」


(畏まらなくていいんだよ。実は……)


 キューキュー。キューキュー。そんな音が彼の後ろから聞こえてくる。私が首を傾けて背後を見ると、たくさんの藁の中で二回り小さいパイロン様がくったりと横たわっていた。


(お願い、聖なる者。この子を助けて欲しい)


「ど、どうやって……」


 皆さんご存知、平凡な田舎娘の私に何ができるんだろう?神獣からの無茶振りに冷や汗が流れた。



つづく

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聖女の見上げる赤い月 おおきな犬 @yurikawa

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