第18話 訪問者は誰だ③
すっかり暗くなった森に第三教会の明かりだけが灯る頃、マリアさんを除いた四人のほのぼのした会話が続いていた。
「そしたら、私のお母さんってばお芋ばっかり買ってくるようになってしまって!」
「あー、あの子ってこっちが好きっていうとそればっかりくれるようになっちゃうのよね」
「あらシスター、それは惚気じゃありませんか?」
「エマ、そこで指摘したらシスターの惚気の続きが聞けなくなるわよ」
シスターが耳を赤くして、三人がそれぞれニヤニヤする。私の母との思い出もシスターがいればまるで今も母はどこかで生きているようだ。
「大人をからかわないの!はい、この話は終了です!」
明らかな照れ隠しに私たちはやはり口元が緩むのを止められなかったが、ルチェットさんの咳払いでなんとか表情を保てたので、私は気になっていることを聞くことにした。
「そ、そういえばガーディーンさんっていつこちらに来られるんでしょうか?」
どうやらマリアさんに届いたトリ便によれば今日着くということだけど。
「まぁでももう夜だし、そろそろ着くんじゃないかな?マリアには会わせないけどね」
エマさんが謎にやや黒いオーラで微笑む。エマさんもあの人が苦手なんだろうか?敵が多いな、ガーディーンさん。
ふいにルチェットさんが手のひらを前に出し、私たちにストップをかけた。
「ちょっと待って、何か聞こえない?」
スプーンをそっと置いたルチェットさんは、目を閉じてじっと何かを感じ取っている様子だ。私も同じようにしてみると、たしかに音楽?のような、振動を感じた。
しかし、推測をするまでもなくその答えは唐突に判明する。
ガチャ!
「誰か〜!エマ〜!助けてぇぇ!」
二階の部屋のドアが勢いよく開いてマリアさんが這い出てきたのだ。ドアが開いたことで先程の音も私たちの耳に届きやすくなる。
ボンベベ、べべボボ…
「二人の愛は止められないのさ〜距離がもしも邪魔をするなら〜私は鳥にだって 鳥にだって〜なりたい〜」
歌詞はともかくすごく聞き取りやすいボーイッシュな美声とベース音が鼓膜を震わせる。なんてオシャレな音楽なんだろう。あまり私の知っている音楽のタイプではないけれど、とにかくそれがマリアさんの部屋で披露されていたのだ。
誰に?それは私にはすぐにはわからなかったが。
「ガーディーン!マリアが嫌がってるじゃない!」
木の階段をギシギシ激しく駆け上がったエマさんが部屋の奥に向かって叫ぶ。ドアの手前では駆けつけたエマさんの脚に縋り付く弱りきったマリアさん。
そして電気を消された部屋からはガーディーンさんと思しき人影が出て……
「あれ?ガーディーン、さん?」
いや、前に見た時と違う。ワックスでツンツンと部分的にトサカのようなヘアアレンジをしていたあのガーディーンさんではない。サラサラのショートヘアで優しげな目尻の女性だ。
「嫌ですよぉエマさん!ガーディ、マリアさんにとっておきの新曲をお届けに来ただけなんですぅ」
私は頭がおかしくなりそうだった。
「レイミヤ、紹介するわ。あれは前に会った第一教会のガーディーンよ。深く考えなくていい」
「だってガーディーンさんは……あれ?」
ルチェットさんが目を閉じて首を左右に振る。シスターも思わず細い目を開いて真顔になっていた。
マリアさんがふらふらしながらもエマさんの後ろに隠れて立つと、ガーディーンさんも一歩前に出て手を差し伸べた。
「ガーディってば、いい曲が出来たからつい一番にマリアさんに聴いてもらいたくなって来ちゃったんですぅ。迷惑でした?」
「迷惑じゃない?迷惑だよね?!いや迷惑だよ!!」
「そんな、マリアさんその三段活用は酷いですぅ。傷付く……歌詞にしよ……」
あぁーガーディーンさん、心が強い。私の方がちょっとしんどくなってきた。
周囲の空気に怯むことなくガーディーンさん(乙女)は両手を一度バッと開いて、スカートのポケットに手を突っ込みメモ帳を取り出す。本当に歌詞にしてるみたい。
「ごほっヤバいちょっと無理になってきた、レイミヤ、こいつ頼むよ私の身代わりになってくれぃ……」
作詞に気を取られている隙にマリアさんが胸を押さえながら部屋に戻り鍵を掛ける。とはいえガーディーンさんはおそらく窓の外からいらっしゃったんだろう。ここは私がなんとかしないとマリアさんが大変なことになってしまう。
エマさんが心配そうに眉をひそめ、マリアさんを部屋の中に見送った。
「あの〜、ガーディーンさんお久しぶりです。レイミヤです」
私が意を決して話しかけると、乙女の顔をしたガーディーンさんは少しきりっと目を釣り上げた。
「やぁ!ルチェットの子猫ちゃん!」
そう言って手のひらをパンと打ったガーディーンさんは、両手で髪の毛をクシャクシャとかき上げていつものヘアスタイルに戻した。
「……おしゃれですね」
「ありがとう子猫ちゃん!愛しいマリアさんに会うのに彼女の好みに寄せたお洒落をしたつもりだよ」
「ついでに性格もイかれてたわよ」
ルチェットさんも階段を登ってきてガーディーンさんに辛辣な言葉を浴びせる。
「それで、本当にマリアに新曲発表をしに来たわけじゃないわよね?」
「これはこれはエマ。今日もキュートだね。もちろん新曲発表のついでに話したいこともあったんだけどね」
エマさんが真顔で頷く。
「例の件、任せてしまって悪かったね。ベル様から変な胸騒ぎがするってことで、フォローするよう指示があって来たわけだよ」
胸騒ぎ。エマさんの意見と同じだ。私には平凡な調査にしか思えなかったが、これでナツキさんの件は一層怪しげな案件になってしまったということか。
私は困惑してルチェットさんの方を見た。
「レイミヤ、なんでもかんでも信用しすぎるのは良くないと先日も身に染みて知ったはずよ」
幽霊の時もそうだ、私は騙されやすい。そんなことは昔から分かっているのに。
「そんなこと……ナツキさんを疑うなんて」
下を向いた私にガーディーンさんが興味を示す。
「ナツキ?もしかしてもう怪しい人影の正体は掴んでいるのかな?」
遅かれ早かれナツキさんのことは報告されるはずだったが、うっかり名前を出してしまったことを申し訳なく思う。
「あう、えっと……」
つい言い淀むと、エマさんが部屋のドアに背中を預けて腕を組み、ガーディーンさんに目を向けた。
「ナツキっていう子は確かにその辺りにいた。ただ怪しいっていうのはまだ早合点よ。まぁ、単純にかなりやり手の旅人だったかな」
「今はどこにいそう?」
「大きめの街を探していたから、念のため一度遠ざけた方がいいかと思ってシードルをお勧めしたんだけど」
「顔は可愛い?」
「ガーディーンの好みかどうかなんて知らないわ」
空気を破壊するガーディーンさんの質問に、相変わらずいつもと違ってニコニコ笑顔を消した真顔のエマさんが答える。先程ナツキさんに悪い印象を与えかねないタイミングで口に出してしまったお詫びに、ここは私が代わりに答えなければ。
「銀色の綺麗なロングヘアをサイドで束ねた、とても綺麗な人でした。でもすごく明るくて、印象としては可愛らしかったです!」
思ったままを伝えると、ガーディーンさんが目を輝かせて私の手を握った。
「それはそれは私好みに違いないじゃないか!よし、すぐに探そう、そうしよう」
それを聞いてエマさんが大層白けた顔を見せたが、もちろんお構いなくガーディーンさんは言葉を続ける。
「レイミヤ、君はお城を見たことがあるかな?」
「いえ、生まれてこの方ありません」
「それじゃあ私と一緒にお城に行こうじゃないか。ガーディ、名案☆」
ガーディーンさんが人差し指を私の胸に向けて親指を上に立てる例のポーズで何かを打ち込んでくる。不安でルチェットさんに助けを求めて軽く視線を向けてみたが、すっと逸らされてしまった。
「エマさん……どうしたらいいでしょう」
「シスター、ご判断を」
まさかのたらい回しである。
「あのベル様が選んだガーディーンと一緒なら何も危険なことはないでしょう。レイミヤ、学ぶことがたくさんありますよ、気をつけて行ってらっしゃい」
シスターの悪気のない笑みにより、この場はお開きとなった。ガーディーンさんが隣で無意味に前髪を掻き上げて、自信満々に微笑んでいた。
つづく
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