第17話 訪問者は誰だ②
「そんなことよりレイミヤ、エマ。確実に大きな街に行ける方向を教えて貰えないかな?」
すぐにナツキさんはまた懐っこい笑顔で私に手を合わせた。先程の表情に少しだけ胸がチクッとする感じを覚えたのはやはり気のせいだ。
エマさんは周囲をくるっと一周見回して私たちの出発した第三教会と逆の方向を指差した。
「どこの街でもよろしければ、あちらの方角にただ真っ直ぐ行かれればシードルという城下町が見えてきますよ」
それを聞くとナツキさんは目を輝かせた。
「ありがとうエマ。そこなら探し物が見つかりそうかも!城下町ったら、美味しい食事もたくさんありそうだし」
「ちなみに私のオススメはシードル産レタスのクリームスープです。あ、レイミヤも今度行こうね」
「城下町だなんて私行けるだけで嬉しいかもです!ナツキさん、良かったですね!」
田舎暮らしで育った私は、いつかみんなで大都会に行ってみたいなと想像してしまう。そんな私を見てナツキさんがうんうんとニコニコ顔で嬉しそうに笑うと、エマさんも同じく和やかな表情を見せた。
「それではナツキさん、暗くならないうちにお行きになってください。城下町は少し遠いですから途中、安全な場所を見つけて過ごすのがいいですよ」
エマさんが言うとナツキさんは親指を立てて私たちの目の前に差し出した。
「大丈夫、私とっても強いから。また会えるといいな。名残惜しいけど、それじゃあね」
ナツキさんが地面を蹴ったかと思うと、瞬時にその姿は消えて見えなくなってしまった。
地面には強く蹴られて抉れた土が残っている。もしかするとあの木の上の傷はこの時の……。
エマさんの顔を見ると、すぐに私の視線に気が付いて口の端を上げた。
「ナツキさんがああやって一瞬でいなくなったり、木に登ったりしていたから誰も姿がはっきり見えなかったのかもね?」
「それはあり得ますね。それなら特に問題なさそうですし、本当に帰りましょうか」
帰り道のエマさんは静かだった。
機嫌が悪いとかそういう雰囲気でもなく、何かを考えているような顔で、私は邪魔することもできずただ隣でエマさんが躓いて転ばないように地面を見ながら歩いていた。
それから、第三教会に戻る頃には周囲は橙の空の色に包まれていた。ちょうどルチェットさんも戻ってきていて、シスターの調理を手伝おうとしているところらしい。
二人がキッチンから玄関に出てきて私たちを出迎える。
「お疲れ様。収穫はあったの?」
ルチェットさんはナイフを片手に持ったままエマさんに真面目な視線を向けた。
エマさんもまた真面目な顔で一呼吸してその目を見つめる。
「結論、妖精達にも聞いたけど人間の少女だった」
シスターもルチェットさんもほっとして肩を撫で下ろしたが、エマさんが続ける。
「少なくとも幽霊でも悪魔でもなさそうなんだけど、少し何か引っかかっているわ。これはあくまで主観だから、レポートに記載するまでもない個人的な意見だけど」
先ほどから妙に静かだったエマさんは、まだナツキさんを疑うような考えだ。せっかくお知り合いになれたのに、何が引っかかっているんだろう。私は、擁護するような気持ちで発言した。
「それでも私には元気で奔放な旅人に見えました。ただ探し物をしてるだけだって……」
「そうね、私もそう思いたい。だから今のは個人的な気持ちの問題ってだけよ」
エマさんが失礼でごめんねと私の頭を撫でて弁解する。シスターはどちらともつかない表情で私たちの話を聞いていたが、すぐにはっとしてこの場から姿を消した。
ルチェットさんが器用に小さなナイフでじゃがいもの皮を剥きながら言う。
「いずれにしてもガーディーンに報告して、ベル様の耳に入れておこう。人間の感覚も馬鹿にできないし、エマの直感も記した方がいいと思う」
エマさんがそうねと相槌を打つと、濡れタオルを手に持ったマリアさんが二階からよろよろと階段を降りてくるのが見えた。
今日は朝からマリアさんの具合が良くなかったので一日中部屋で寝ていたのだ。
「あの馬鹿、今日こっち来る、らしいよ……ごほ、ごほっ」
え。調査を委託したくらいだからすっかり来ないものだと思い込んでいた。
マリアさんが咳き込みながら手を羽ばたかせて指で四角いマークを表現する。さっぱりわからない。
「トリ便きてたの?」
でもすぐにエマさんは解読する。さすが同部屋のパートナーだ。トリ便、つまりエーソンからガーディーンさんが飛ばした手紙が今マリアさんの部屋の窓に到着したと言うこと。
「ごほん……そう、私しんどいから、会えないと伝えてね」
顔を青くしたマリアさんはそのまま部屋に戻らず私たちの側にゆっくりとやってきた。
「エマ、会いたかった」
体が弱って心細くなったのか、マリアさんがエマさんにしがみつく。
「はぁ……キューンとくるわね。見てレイミヤ!まるでほら、こうしていると可憐なスズランのようでしょ?」
エマさんが嬉しそうに何かよくわからない表現でマリアさんを抱きしめ返すと、マリアさんはふにゃっと目を閉じて口を緩ませた。
「顔がフニャフニャになって力が出ないよ〜」
「ガーディーンが来るっていうのに、マリアは完全に腑抜けているわね」
ルチェットさんが呆れた顔で腕組みをした。
ちょっと、とエマさんがマリアさんを抱きしめたまま私に手招きをする。
「少しの間、マリアの背中をさすってあげてほしいの」
「えっ?はい、わかりました!」
言われた通り私はマリアさんの背中にそっと手を置いて上下にさすった。弱っていく本人の心細さが掌に伝わるようで、少し痛い。それでも良くなれ良くなれと願って続けた。
マリアさんが猫背を伸ばして一人で立つ。
「レイミヤ、エマ、ありがとう。少し咳が落ち着いたみたい。後は奴が来る前にゆっくり寝ようかな」
私とエマさんの応援もあって、マリアさんが少し顔に血色を取り戻す。心配と呆れ顔の混ざり合っていたルチェットさんもすっかり安心しているのが伝わってきた。
「ちょっと、誰か手伝ってくださいな?」
和気藹々とした中、突然キッチンからシスターが顔を出して不満そうに言うと、ルチェットさんが微妙に右眉を上げた。
「やば、途中だった」
すっかり忘れられていたが、途中からシスターは一人で食事を完成させていたのだった。
「マリアはごはん食べられそう?」
優しい声でエマさんが病人のマリアさんへと微笑む。その表情はまるで愛しい人を見るかのようだ。
「うーん、後で部屋に持ってきて欲しいかも。あ、やだーもうスプーンも持てないかも」
「心配させるような嘘つかないで、甘えたいのはわかったから、ね?」
二人による激甘トークが目の前で繰り広げられ、思わず私もルチェットさんも目を見合わせて笑ってしまった。
「冷めるから早く着席しましょう。ほらマリアはベッドで寝ていること。後でエマに持って行って貰いますからね」
そう言って、呆れ顔のシスターはテキパキとテーブルにシチューとパン、サラダを並べた。
私が妹で三人のお姉ちゃん。それからシスターはお母さん。ほわっとバターの香るシチューを口に運びながらそんな風に想像すると、身体の芯からポカポカと温まった。
つづく
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