第16話 訪問者は誰だ①
本日は快晴。第三教会前の大切に育てられている花たちも心なしか嬉しそうに胸を張っているように見えます。私レイミヤも案件に立ち会うことで毎日少しずつ自信がついて参りました。なんちゃって。
実はこんな風に余裕があるのには理由がある。あの穏やかなエマさんと『調査』に限った案件だからだ。
第一教会とは真逆に位置する山林で不思議な人影を見た、と言う情報が寄せられたとガーディーンさんからこちらに手紙で調査の委託が届いたのは昨日のお昼のこと。
『まあ、大抵はお猿さんとかそこに住んでるじーさんとかだし、とりま見てきてちょうだいな』
こんな具合にラフな委託だったもので、ハイキングがてらエマさんとペアで調査に向かうことになったと、ただそれだけのことだ。
「いやーオバケや悪魔はもう懲り懲りですよ〜。こうしてエマさんとお話しながら調査なんて、私とっても嬉しいです!」
軽い足取りで平原を歩く私に、エマさんがほわっと微笑む。
「油断しないの。同行がルチェットだったらこーんな目して怒られるよー?」
いくら両手の人差し指を使って目の端を吊り上げても、エマさんのタレ目では全然ルチェットさんほどの迫力は出ない。思わずふふっと吹き出してしまった。
「あ、今全然怖くないって思ったでしょう!私だって怒ると怖いからね!」
「ダメですよエマさん、全然怖くなってないですもん」
「あーんもう、レイミヤまでそういう扱いをするぅ……」
でもそれがエマさんの大好きなところだ。初めて会った時から私に寄り添って優しくしてくれた、ルチェットさんとはまた別の憧れの存在。
「だけど油断しないでっていうのは本当だよ。こんな明るい時間帯だし、基本的には大した動魔も出ないだろうけど未知の存在がいるかも知れないんだからね」
未知の存在。例えば宇宙からの侵略者とか?しかし、エマさんの言う通りだ。ハイキング気分もここまでにしなければ。
「ところでレイミヤはルチェットが好きなの?」
「ブフォッ」
私がまさに気を引き締めんとした時に何をぶっ込んでくるんだろうこの人は。引き締めるとは逆の緩んだ笑顔でエマさんが私の答えを待つ。
「ルチェットさんのことは……憧れというか。そうなりたいっていうか。私が持っていない強さや厳しさを持っているところが、気にはなります」
動魔や幽霊にも怯まない威圧感、洗練された状況把握の感覚、並外れた身体能力。どれを取っても私が一生かけても手に入らないものだ。
「そっか。だけどそうなりたいっていうより、レイミヤには私たちの誰とも違う人間になって欲しいなって皆で話をしてたの」
「誰とも違う人間ですか?」
「それぞれが欠けたところを補って私たち第三教会はひとつの円になるの。ピザとかケーキみたいにね」
そう語るエマさんはどこかその完成図を夢見ているように思えて、私は自分がピースのひとつになれるか少し不安になった。
するとそんな私の顔を見てか、唐突にエマさんが私と距離を詰め、耳に唇を近付ける。
「それはそうとルチェットはフリーだよ、レイミヤのこと大好きにさせちゃえ♪」
「ゴホッゴホゴホッ!もう、エマさん!」
私の感情がスローテンポのメトロノームのようにグイングインと揺さぶられる。困ったことにエマさんもマリアさんと同じくいたずら好きだ。
「閑話休題。さて、話に聞くところによればここから先の目撃談が多いわけだけど……」
またも感情をフラットに戻される。
お猿さんかお爺さんだといいな、動魔もやめてほしいな、それから悪魔はもっての外。つい怖い想像をしてしまい、エマさんの半歩後ろに下がる。
「今日は私、調査ということでこの地の植物の様子から確認しようと思うの」
エマさんが両手を広げて、指揮者がゆっくりと曲を始めるように掌を目の前で動かし始めた。
地面に咲いていた白いすずなりの花が一瞬ぶるっと震えて、教会の花壇にいたお花の妖精と同じように地面から飛び跳ねてエマさんの肩に乗る。
「さぁ、教えてくれる?ここに物珍しい何がいたのかを」
すずなりの花のひとつがエマさんに耳打ちをする。でも、おそらくそれはこそこそ話さなくても私には聞こえない声だと思う。
「えーそうなの?そっか。それは不思議だね」
私はなんとなく足元の草ひとつ踏まないように気をつけながら、ふんふんと頷いて話を聞くエマさんの解説を待つ。
「じゃあ、こうしようか」
エマさんが近くの木に触れる。ぎぎぎと音を立ててその木の高い場所にあった太い枝が私たちの目の前まで伸びてきた。
「エマさん、すごい……」
「やだ褒めないで。すごいのは妖精さんよ」
謙遜しても、その妖精さんと話をつけているのは全てエマさんの力だ。
改めて目の前の枝を見ると、やや木の皮が剥けているようだった。それにはエマさんもすぐに気が付いた。
「靴、だね?」
すずなりの花が頷くようにふるふると縦に揺れる。確かに硬い靴底で蹴ったように見えなくもない。こんな高い位置の枝なのに。
「その割にこの辺りの地面には大して傷みがないわ。もちろん誰かが歩いた形跡はあるけど、枝の上にいたと思われる人の靴跡じゃなさそうに思うな」
探偵のように地面にじっと目を凝らすエマさんの周りですずなりの花も同感だと言わんばかりに飛び跳ねた。
「ルチェットも枝から枝に飛び移ったりするけどね〜。これはもしかすると、私たち気が抜けないかも」
「それなら一度帰りませんか?人数を増やすか、ガーディーンさんへ報告しましょう!」
「……それもそうね」
すずなりの花を土に見送って、エマさんと私は来た道を振り返る。まだ明るいこの山林もどことなく不気味に思えたが、今のところ誰かいる気配は少しもない。
少し静かになったエマさんは緊張して周囲に気を配っていた。
この辺りに住んでいる人はそう多くない、というか周りの集落からでさえ少し遠いのもあり、聞こえるのは鳥のさえずりくらいだ。自分たちが土や草を踏む音だけが浮いているように感じる。
そんな中で。
「あ、ようやく人に会えた!こんにちは!」
銀の髪を揺らし、私たちと同じ年頃の女性が岩から立ち上がってこちらに手を振った。エマさんが、今隣で歩いていた私にはわかる程度の硬い笑顔をその人に向けて返事をする。
「こんにちは。こんな所で、道に迷われたのですか?」
「やっぱ変ですよねーどこを見ても木ばっかりで、私ながらく迷っちゃいましたよー」
全く悪意のない笑顔だ。身に纏った白い変わり型のワンピースが土色に汚れている。遭難していたのだろうか?
「旅人ですか?この山林は仮に高い所から見渡したとしても街が見えないから、女性一人では不安でしたでしょう?」
「お姉さんよくご存知ですね!私距離感?が細かくわからないもので。方向音痴っていうんですかね?」
その女性はこの辺りに詳しいエマさんに目を輝かせた。エマさんは変わらずピリッとした空気で他所行きの微笑みを見せている。
「あの、私はレイミヤ、こちらはエマさんです。貴女のお名前も教えていただけますか?」
勝手な行動だと怒られないかヒヤヒヤしながら、思い切って私も会話に参加してみる。女性は私に手を差し出した。
「私はナツキ。お名前も知り合ったんだし、タメ口で大丈夫?よろしくねレイミヤ、エマ!」
「ナツキさん、よろしくお願いします」
「レイミヤにもお友達が出来たみたいだね。よろしく、ナツキさん」
握手を交わし、ようやくエマさんにもいつものほわんとした笑顔が戻った。私の勘なんて当てにならないけど、ナツキさんに悪意は感じられない。
「普段は愉快な仲間たちといるんだけど、時々は別行動したくなることってあるよねー。私はまさに今そんな感じ。だけど素敵な出会いもあるんだから迷子になってみるもんだね」
ナツキさんが嬉しそうに私の両手を握ってぶんぶんと上下に振る。
「レイミヤ、貴女すっごく素敵なオーラだね。もしかしてなんかこう、高貴な、貴族の方?」
「まさか!唯一の肉親の母も亡くなって、私はエマさんたちの教会でお世話になっているんですよ」
貴族だなんて。エマさんはお姫様のようだし、マリアさんは女神様みたいだし、ルチェットさんは王子様みたいだし、それに比べて私なんて何も特筆すべき点のない平凡な少し若いだけの女だ。なんて、言ってて寂しくなるレベル。
私の言葉にナツキさんが目を丸くする。
「へぇ教会。そしたらいるわけないかー」
「お探しの方でも?」
「ううん、こっちの話」
それからほんの一瞬、目だけで笑った気がした。
つづく
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