第15話 霊の村③
「うわ、泣かせちゃダメだよルチェット」
その隙間から、片側を結んだ特徴的なベールを被ったエマさんが顔を覗かせる。シスターの言う通り、近くの依頼が終わってすぐこちらに来てくれたみたいだ。そして、その後ろからは。
「ダイ!」
「お父さん!お母さんも!」
私にくっついていた男の子、ダイ君はすぐに本物の両親に向かって走り出した。
そういえば偽物は名前も知らなかったみたいだし、私だって困惑して名前さえ聞くことができていなかった。
私ってばいっぱいいっぱいになってルチェットさんに面倒くさいことを言ってしまった。思わず体をしゅんと小さくさせて存在感を消してみることにする。
偽物の、幽霊の父親はというと私以上にダメージを受けて既に薄く小さい浮遊体になってしまっていた。
「まだやることあるんだから、あんたは早く成仏しなさい」
ルチェットさんが幽霊を片手で掴むと、一瞬で燃え尽きて姿が見えなくなってしまった。
「お見事。幽霊退治お疲れ様」
「悪かったわねエマ、立て続けに」
「いいけどさ〜ルチェットは早く口下手を治してね。チームワークに説明不足は致命的だよ。レイミヤ、見ての通りご両親は私が見つけたから安心して」
「エマさん、よかった。本当によかった!」
「すぐに見つかったのはルチェットの探査力のおかげだよ、私は指示に従っただけ」
柔らかく微笑んでエマさんが私のそばに立つ。
そういえばルチェットさんは迷わず子供の場所を特定して、すぐに別の場所へ走って行ったんだ。怖くて訳がわからなかったけど、ここに到着した時には全て分かっていたんだ。
「邪悪な気配はすぐにわかるのよ。だけどエマが近くにいて助かった」
「これくらい、いなくてもなんとかするクセに」
つんつんとルチェットさんの腕に肘を当てるエマさん。ベテランな二人のやりとりに、また私はお役に立てなかったと感じてちょっと落ち込む。
「ふふ、レイミヤはいちいち落ち込まなーい。さぁ、ルチェットからもレイミヤにお褒めの言葉をかけてあげて」
「げっ」
ルチェットさん今げって言った。絶対げって言った。
「まぁでも、よくここまで体力を切らさず来られたわね。それに外に出ちゃだめって約束守れたじゃない」
「レイミヤ知ってた?この家の外でね、さっきの幽霊に操られた村の人の生き霊が全員敵になって襲ってきてたんだよ〜」
「もちろんさっきの本体と同様に、同じ顔の霊を潰しても本物の村人の方は無事だから安心して」
二人の優しさと強さが沁みる。今までもこんな大変なことをチームでこなしてきたのかと、その正義感と強さに脱帽する。
「私、これからも皆さんのように、自分にしか出来ないことを見つけます!それより……もう立っていられません……」
さすがに体力切れか、恐怖心が振り切った反動か。私はふにゃふにゃになった足腰で自重を支え切れずへたり込んでしまった。言ってる先からもう情けない。
ルチェットさんとエマさんがそんな私を見て口の端を上げる。
「やめてよ、また私に抱えられたいの?」
そういえばエーソンに行く際にもルチェットさんに運ばれたんだった。ルチェットさんが私に背中を向けてしゃがむ。
「いいねルチェット、可愛い妹にはちゃんと甘いじゃない」
「恥ずかしいから茶化さないで。レイミヤくらい小さくて軽いのは運んだ方が早いのよ」
「レイミヤ、チャンス!ほらほらおんぶされちゃえ!」
エマさんが地面にお尻をついた私の体を引っ張って、ルチェットさんの背中にぎゅっと密着させる。疲れた私の体にルチェットさんの体温が浸透していくようだ。情けないけどこのまま会話をしよう。
「お、お背中から失礼します。ダイ君には妹さんがいるそうですが」
「そうなのね。ご両親も目が覚めたばかりでわけがわからないことでしょう、エマからご説明して」
口下手を治せと言っているそばから……とエマさんは苦笑いしてダイ君のご両親に向き直る。
ご両親はダイ君の手を強く握ったまま緊張の面持ちでこちらを見つめた。
「怪異の原因である幽霊はもう退治しました。あなた達大人を夜になったら一斉に眠らせて、その間に目星を付けた子供を攫ってどこかへ隠したのでしょう。時間が経っているのならば、残念ながら助からない命も……覚悟していただきたく存じます」
「そんな、それじゃあうちの娘は……」
絶望に打ちひしがれる二人に、ルチェットさんが説明する。
「まだ見つかっていません。幽霊は山の中の古い祠に子供から奪ったエネルギーを貯めていました。それを破壊することで、徐々に力を増していた霊を弱体化させ、成仏させたというのが現状です」
ダイ君も、ご両親も助かった。だけど私には素直に喜ぶことはできなかった。さっき幽霊は埋めたと言ったんだ、村の山に。
「あの。その祠の近くには……もしかして……」
取り乱すご両親もダイ君も、また行方不明となった子の家族も連れず、私たちは山の祠に向かった。
私を背負ったルチェットさんとエマさんが壊れた祠の前に立つ。
「これは、ルチェットの指示で私がさっき壊した祠よ。それで、あの幽霊が地面に埋めたというのは本当なの?」
エマさんが地面の土に手で触れて私に問いかける。
「悪い子は村のお山に埋める……そう言っていました」
「よく情報を掴んでくれたわね。エマ、得意でしょう?」
「仰る通り。樹木の精よ、力を貸して……」
エマさんが地面に両手をかざすと、周りの木々が不自然に動き始めた。ボコボコと地震のように足元が動いて土が盛り上がる。
これがエマさんの能力?木を動かすなんてとんでもない。エマさんはノーマルな存在でいながらルチェットさんにもマリアさんにもない力を持っているんだ。
なんて、感心している場合ではない。土が勝手に動いて、地面から子供の……骨が現れた。
「あぁ……なんてこと。気付くのが遅かった、助けられなかった」
「一ヶ月以内のはずなのに、完全に養分として吸い尽くされてるわね……」
エマさんが土から現れた三人分の骨を拾い抱きしめて泣く。同じように、ルチェットさんも悔しさに震えているのが伝わってきた。
ダイ君が助けを求めなければきっともっとたくさんの人が亡くなっていただろう。
こちらとしても最善は尽くした。それでも、私たちは救えなかった命を悔やむしかできなかった。
しかし、そんな空気を変える存在が木の陰から顔を覗かせる。
「お姉ちゃんたち、兄ちゃんの、呼んだ人?」
ダイ君の妹だ!エマさんがすぐにその子を抱きかかえて怪我の有無を確認する。
服が土だらけで、切り傷もたくさん。私は思わずルチェットさんの背中から降りてその子の手を取った。
「お兄ちゃんが頑張ってくれたからあなたを助けられました!だけど、傷がたくさんで痛いですよね、私、治してあげられなくてごめん、ごめんなさい……」
まだ四歳程の妹さんはキョトンとして私の目を見つめる。
「レイミヤ、こんな小さな子供相手に敬語なんて本当、丁寧なんだから」
「よし、鞄から傷薬出して。今日はそれで十分よ。できないことを望んでも仕方ないんだから、そんなことから上手になればいいの」
「ありがとうございます、ルチェットさん」
二人は優しく私に寄り添ってくれた。
私は目の前の怪我人に対して、母のように治してあげることはまだできない。だけどその代わりに小さなことでもいい、人の為になれることを探していこうと思った。
いつか私が自信を持って人生を過ごしたとお母さんに報告できるように。
つづく
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