第14話 霊の村②


「ルチェットさん……早く戻ってくれないかな……」


 それにしてもこれだけ不自然に村が眠った状態だ。私でも直感で異常さを感じ取れる。

 とにかく今は目の前の子供を助けるところからだ。

 ドアをもう少し開けて中に踏み込む。一歩目でギィと音を立てた床に鼓動が早まったが、なんとか床に倒れている子供の肩を軽く叩いてみた。

 首で脈を取ってみると、トクトクと指に感覚が伝わってきた。よかった、大丈夫だ。


「起きられますか?助けにきましたよ~っと……」


 うん……と短い呻き声を発して、子供が顔をこっちへ向ける。まだ六歳程の男の子だ。


「うわぁ!やめろやめろ触るなー!」


「きゃっ!えっと、お静かに、お願いします!シー……」


 目を覚ますなり子供が手をバタバタさせて取り乱したので、私は口の前に人差し指を寄せ、男の子が静かになるようにこりと笑顔を見せた。自慢じゃないが私のお人好しの善人顔はとても悪魔や動魔には見えない自信がある。男の子も私に悪意がないことを感じてか、すぐに静かになってくれた。


 紫の炎を灯したランタンを頼りに周囲を見回してみる。今のところ何かが潜んでいるような気配は感じられない。

 当然、私のような未熟な存在には察知できない何かであれば気配を騙すことはあり得るが。とにかく男の子を保護しなければ。


「えっと、私は第三教会からきたレイミヤと言います。お手紙をくれたのはあなたで間違いないでしょうか?」


「まさかお姉ちゃん、教会の人!?全然強そうじゃないや。だめだ僕たち、死んじゃうんだ……」


 ガーン。そういう効果音が聞こえる程、今の言葉は私の心に効いた。


笑顔は取り繕ったけど。私だって死んじゃうかもって思ってるけど。なんか切ない感じ。

 それより取り乱すなと言われた言葉を思い出す。頼りないのは確かだけど、安心してもらう必要があるよね。


「大丈夫ですよ。私一人じゃなくてとっても強い先輩と一緒に来ています!」


 そう言うと、すぐに男の子の顔から少しだけ緊張が抜けた。


「よかった。あのね、お姉ちゃん。僕が手紙を書いたの。だけど、頑張って教会の近くまで来たのに、お父さんの姿をしたオバケに見つかっちゃって……妹もいたんだけど、さっき村が眠る前に連れて行かれたんだよ」


「連れて行ったのはお父さんたち?」


「うん、でも違うの!あれは本当のお父さんとお母さんじゃない。きっと化け物が入れ替わってる!」


 入れ替わってる?確信を持った瞳がまっすぐ私に向けられたその瞬間、部屋に冷気が漂った。ふと窓を見るとぼんやりとした人影のようなものが映っている。


「シャベり……スギるナヨォ?」


 私が肩をびくっと上がると同時に片言のような下手くそな警告が聞こえ、驚くことに窓をすり抜けた半透明の男が私たちの真横に現れた。咄嗟に男の子の手を引いて部屋の隅へと移動する。

 透けた体、血走った目に青白い顔。まるで死人のようなその存在に男の子は尻もちを着いた。


「お父さんじゃない!お前なんかお父さんじゃない!」


 青白い顔のまま男の子が父と呼んだ化け物が微笑む。張り付いた笑顔は気味が悪く、私まで腰が抜けそうだ。


「ヒトをヨンだのかい?ワルいコは……ウメようね、ムラのおヤマに、ネェ?」


「お姉ちゃん早くやっつけてよ!こいつお父さんじゃない!」


 ……参った。

 男の子は私の後ろに隠れてくれて安心だが、ここから何をどうしたら目の前の災を避けられるのか。戦いのタの字も分からない私は今すぐこの子を連れて家から出るしか選べないじゃないか。


「に、逃げ……」


 ドアに向かって走り出そうかと考えた時、ルチェットさんの言葉を思い出した。


『その部屋から絶対出るな』


 ルチェットさん。私、間違えてしまうところでした。そうだ、私の憧れの人が間違った指示を出すわけがないじゃないか。

 バチンと震える太腿を叩いて自分に喝を入れる。私は強く目の前の何者かを睨みつけ、両手を広げて男の子をソレから遠ざけた。


「絶対、絶対に手出しさせない!」


 脚はガクガク震えるし声だって裏返るし、私って本当に一般人。それでも私だって第三教会のチャイルドなんだ。これが今の私の役割なんだ。


「おマエから、コロシてもカマわナイ……ヨォ」


 ソレはさらに目を血走らせ、ついには赤い白目で私を睨みながら掴み掛かってきた。恐ろしい形相に危うく気を失いそうだ。さらに、透けた体は意外にも実態を持っており、その指先が私の両腕に食い込み痛みが走った。


「痛くなんてない!あなたなんて……全然怖くないんだから!」


 涙目で叫んだその時、部屋の中全体が燃えるように紫に光った。

 仄かなランタンの光だけに照らされていた室内が一瞬昼間のように明るくなり、その全ての光が目の前のソレを包み込み燃え上がる。


「ガァッ!モえるヤメてクレ!」


 男の子が父親によく似たソレの上げる悲鳴を聞き、目を逸らして私の後ろでしゃがみ込んだその時、ゆっくりと家の扉が開かれた。


 紫紺の修道服の上から羽織った黒のローブを靡かせて、凛とした表情の女性が堂々と現れる。


「ルチェットさん……おかえりなさい」


「ピンチが早い。でも間に合ったわね」


 燃え上がる紫の炎が、特徴的な赤い瞳の色にギラギラと反射する。ルチェットさんはそのままコツコツとブーツの踵を鳴らしてゆっくり私の前を遮るように立った。


 炎が室内にルチェットさんの影をゆらゆらと大きく映し出して、こんな時になんだけど改めて格好良いなんて思ってしまう。その姿は私にとって出会った時と同じヒーローそのものだ。


「こいつは幽霊。姿を真似しているだけであなたの本物のお父さんじゃないから安心して」


 視線をその燃え盛る『幽霊』から外すことなく男の子に声を掛ける。ルチェットさんがその炎を操るように右手を払うと、同じように炎も人魂のように追従して宙に浮いた。

 ようやく炎から逃れた男の幽霊は随分苦しそうな表情で今にも消えそうだ。


「シカし、ワタしのカラダ……ココにアラず。ナンどデモ、フッかツ……」


「あぁアレのこと?残念、あんたの宝物はもう破壊されるよ」


「ナンだと……キサま!」


 あからさまに狼狽えた幽霊は薄くなった体でルチェットさんに掴みかかったが、虚しくもそのまますり抜けて、いきなり私の目の前に現れた。その顔は悲哀に満ちて、ぼろぼろと涙を流している。


「ほらね。もう透けてきた」


「タスけて、コども……ワタしのコども」


 男の子が私の後ろに隠れたまま、父親の姿をした幽霊を悲しい顔で見つめる。その二人の様子に私まで悲しくなって鼻の奥がツンとした。

 ルチェットさんは偽物だと言うけどこんなに悲しんで泣いているじゃないか。もしかすると本物なんじゃないかという気持ちが私の中で大きくなる。


「はぁ。くっっ……さい芝居してないでさっさと成仏しなさい」


 私たちと違って呆れ顔のルチェットさんが両手で炎を操り、幽霊がまた激しく燃える。


「待ってルチェットさん!この人は、こんな姿になっていてもこの子の父親かもしれないんですよ!?」


 燃える父親の姿を見てついに号泣してしまった男の子を抱きしめて私は叫んだ。こんな残酷なことがあっていいのか。こんな別れがあっていいわけがない。


「だから偽物だって。レイミヤは少し疑うことを知りなさい」


 ルチェットさんは余裕の表情のまま、私の涙を親指で拭いながら言う。だってこんな幽霊でも父親だったかもしれないと思うと、そんなのってあんまりだ。私が返事もできず声を詰まらせていると、ルチェットさんは困った顔で頬を掻いた。


「これは本当に父親じゃないのよ……困ったわね」


 男の子と私が号泣しルチェットさんが困惑していると、再び家のドアが遠慮がちに開いた。



つづく

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