第13話 霊の村①

 お母さんみたいになりたい。とは言ったものの、正直なところ治癒能力の発現は思ったより難しいかもしれない。これまで生きてきて一度も意識をしたことがなかったし、それが無意識に現れることもなかった。

 私はただ漠然と、エマさんの手入れしている花壇の前で自分の気持ちを手から出すような感じでイメージトレーニングをしていた。いや、まさかこんなので出来るとは自分でも思ってはいないんだけど……。

 辺りも暗くなり始め、シスターが第三教会のドアの外側にある燭台にろうそくを挿して火をつける。

 シスターの優しい微笑みが、外でたそがれていた私に向けられた。


「そんなに焦ることはないんじゃない?そのままのレイミヤで何も悪くないんだから」


「だって、シスター。私足手まといにばかりなってしまいそうで……」


 私がしょぼくれていると、教会の裏側を見回っていたルチェットさんが帰ってくるのが見えた。

 少なくとも私がここへ来てから、ルチェットさんは毎日外に出て何か異変が起きていないかを調べている。本当に熱心で私の憧れは強くなるばかりだ。

 そして、今日はいつもの表情とは少し違う緊張感を私にも感じることが出来た。つまりそれが意味するところは。


「レイミヤ行こう、今晩にも川辺の村の子供が襲われるかもしれない。話は道中!」


 一気に空気が緊迫し、私とシスターは顔を見合わせて頷いた。この足手纏いだと思われている私を迷わず指名してくれたのは、きっとルチェットさんの考えがあってのことだろう。

 小走りでこちらへ駆け寄ってきたルチェットさんがシスターの前で足を止める。


「シスター、すみません。エマに応援を頼んでください。場所の書いてあるメモが落ちていたので置いていきます。レイミヤは鞄持ってついて来て」


「二人とも気を付けてね、エマも近い場所にいるはずだから伝令しておくわ」


 同室になってすぐの頃、何かあったらすぐ出発できるように鞄に必要な物を入れて部屋に置いておきなさいと言われて準備しておいた鞄が私たちの部屋にある。ランタン、外套、お薬一式などなど……ルチェットさんに助言を貰いながら用意していた。焦る気持ちを落ち着かせ、急いでその鞄を掴み背中に背負って外に飛び出した。


「今はエマもマリアもいない。二人いた方がいい依頼だからしっかり頼むわよ」


「承知しました。それで、一体何があったんでしょうか?」


 私はもちろん体力に自信がある方ではないが、ここでの時間を無駄に過ごしてきた訳ではない。ルチェットさんが合わせてくれているのはわかるものの、ちょうど後を追うように走り始めた。

 ルチェットさんもその事を確認し、頷いて前を向き走る。


「お父さんとお母さんがおかしい。毎週友達が消える。今晩も消えた。助けて。つたない子供の筆跡で、こんな内容の手紙が森の中に落ちていたわ」


「毎週?それ、次がいつかわかりますか?」


「実は日付と場所が書いてあったんだけど……ちょうど先週の日付。そして落ちていた場所に何か引きずったような跡があった。相当不穏じゃない?」


 それってやばいじゃないか。とっくに事態を把握して焦っているルチェットさんに遅れを取りながら、私の胸が鼓動を早めた。

 私の想像とルチェットさんの想像は同じだろうか?この手紙を書いた子供は私たちに届けたくてここまで来た。しかし、何かによって逃げることが叶わず捕まってしまったのではないだろうか。


「今回、私が必ずレイミヤを守る。ただし、レイミヤは必ず子供を守りなさい」


 森の中、何も言わずとも走りやすい場所を選んで先行してくれるルチェットさんの背中が頼もしい。

 私は憧れのこの人のようになりたい。その想いがとっくに切れた体力を支えていた。


 脚が震えながらも、先日マリアさんと訪れた集落と同じく生命力を感じない暗い村に到着した。

 廃村のようにも思えるこの村は奇妙な静寂に包まれており、なんだかんだビビリの私は疲れのせいではない震えにも襲われてしまう。

 何も見えないくらいに仄暗いこの空間で、月明かりだけがルチェットさんの赤髪を照らしていた。


「完全に暗くなったわね。レイミヤ、鞄からランタンを出して」


 指示通りルチェットさんの持ち物であるランタンを鞄から取り出し、そっと差し出す。


「ありがとう。さて、これ持って着いてきて」


 一瞬その持ち手を握ったかと思えば、不思議なことにランタンに紫の炎が宿った。


「あの、この火はいつ着けたんですか!?」


 あぁそうかとルチェットさんは顎を指で触って私の目を見つめる。


「能力の一種よ。空間の中の火の要素だけを集めて操ってる。レイミヤの周りにはきっとそういう人がいなかったから、今初めて見たのね」


 びっくりした。これが魔法の能力か。一部の特殊な人だけが操ることができるという空間に存在する目に見えない要素。要素のコントロールは極めて難しく、単純に火をつけると言っても私には当然やり方は検討もつかない。


「私の場合、ただの炎でもないけどね」


 私がポカンとしている間にルチェットさんは前を歩き始めてしまう。その足取りに迷いは見えない。眠った村に人影は私たち二人分。慌ててランタンを持った私も後を追う。


「例の手紙をくれた子供の場所、検討はついてるんですか?」


「もちろん。そこの家に子供がいると思う。見てきてくれない?」


 指をさされた先には他と同じような、電気の消えた真っ暗な家があった。指示通り、家の前に立ち扉に手を掛けてみる。

 っていうか、もしかすると私が一人で見るんですか?ルチェットさん。

 心の中でそう思いながら無言で後ろを振り返ると、いたって真面目な顔でルチェットさんが行けと呟いた。

 ゆっくりと数センチ、ドアを引いて中を覗いてみる。すると探すまでもなく、まだ小さな子供がこちらに頭を向けてうつ伏せで倒れているのが見えた。


「……一人、お子さんが倒れてます」


「その子、保護しておいて。そして起きたら私が戻るまで落ち着かせて、その部屋から絶対出るな。あと、決してレイミヤまで取り乱すようなことはしないで。わかった?」


 私はその真っ暗な家のドアに手を掛けたまま、蚊の鳴くような声で返事をした。


「ふぁい……」


「えらい。私にはランタンは必要ないから、レイミヤが持っておいてちょうだい。今回子供を守るのは貴女なんだから。それじゃまた後で」


 本当は怖くて怖くて返事にも力がまるで入らないが、そう言うと躊躇いもなくルチェットさんは闇の中に消えた。

 月が雲に隠れたせいか、名残惜しくも目で追うことはすぐに出来なくなってしまった。



つづく

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