第9話 穴と勇気の状況①
エーソンの第一教会から帰ってはや一週間が経とうとしていた。さすがに、はじめよりも同室のルチェットさんとは少し打ち解けた気がしている。
私がここへ来てからは動魔の動きも落ち着いているらしく、毎日散策をしたり、読書をしたりして過ごしていた。
「レイミヤはもう、ここには慣れた?」
そんなことを思っていたら読書中のルチェットさんの方から話しかけてくれた。私はベッドの上に座って、デスクに向かうルチェットさんを見つめた。
「おかげさまで、楽しいと思える日々になりました」
こちらを見ていないのはわかっていながら、深々と頭を下げる。
「それはよかった。初めて会った時のレイミヤの顔は結構ひどかったものだから」
ルチェットさんに悪気がないのはわかりつつ、ひどい顔というのに少し傷ついてしまう。もちろん、唯一の肉親の死に顔色ひとつ変えないような人間になりたいわけではない。
「私の顔、今はどうでしょうか?」
「アァもちろん可愛いよ、世界で一番ね」
……これにはもう私も騙されない。案の定、いつのまにか開いたドアの隙間からマリアさんがアテレコをしていた。
ルチェットさんは目だけドアの方に向けて冷ややかに言い放つ。
「せめてもっと言いそうなことにしろよ」
「オーホホホ私の美貌にはかなわなくてよ!とか?」
「逆にマリアさんのルチェットさん像どうなってるんですか?」
こんな私でも思わずツッコミを入れさせられてしまうのはマリアさんのボケの凄いところ。
またルチェットさんが言葉を崩し、マリアさんが悪ふざけをしている。どうやら本当に日常風景なようで、二、三週間前に私だけがハラハラしていたことがやや懐かしい。
そのままマリアさんが部屋に入ってきて横に腰掛け、ナチュラルに私の腰に腕を回す。
「そりゃカッコいいよ〜ルチェは。しかし!その姿をレイミヤにも見せてあげたいんだけど、私のイイとこも見てほしい気持ちはある」
「マリアさんの、いいところ?」
私の腰を撫でまわしながらマリアさんが真剣な表情で目を見つめながら言う。
それにしてもやはり、やや濃い色の金髪が眩しい。この美少女にドキドキしない人間なんているのだろうか?心臓が……。
向かいではルチェットさんが変わらず読書を続けている。
「そういうわけで最初の動魔退治は私と行こう、レイミヤ君」
マリアさんの言葉に思わずギョッとした。在籍だけとはいえチャイルドになったのだから、それもいずれはあるだろうと思っていたけど、いざ出番となると焦ってしまう。
「でも私まだ何もできなくて…-」
「大丈夫、大丈夫。前にも言ったけど何かあればルチェットがヒーローの如く登場するでしょう!」
ちらりと見たルチェットさんはやはり不安げな表情でため息を吐いていた。
「うそうそ、私だってチャイルドですから。きっとレイミヤも私を好きになってくれるような活躍を見せるぞ〜」
動魔退治だというのにマリアさんは嬉しそうに飛び跳ねてやる気を見せていた。ようやくルチェットさんが体を捻ってこちらへ振り向く。
「それにしても珍しい。マリアへの依頼は動魔退治が少ないのに」
「そこなんだよね。私は護衛がメインなわけだけど……」
はて、とマリアさんが不思議そうに首を傾げてどさくさに私の肩を抱く。
「はじめからルチェットさんやエマさんも一緒に行くことはできないんですか?」
私はごく当然の疑問をぶつける。退治であれば複数で行く方がそれはもう心強いはず。
「依頼は私たちの得意分野からシスターが内容を見て振り分けているんだけど、どうやら今回はマリアの方が何か都合がいいみたいね」
「あるいは、別の案件がエマとルチェットに後から来るかも?」
「いずれにしてもそんな状況なら初めてのレイミヤをマリアと二人にしていいのか?」
マリアさんとルチェットさんが真剣に議論を始めてしまったので、私は私で自分の心の準備を整えることに集中した。
その日の晩。私とマリアさんは必要な身支度を整えて、いつも皆が集まるリビングでシスターの話を聞いていた。
「さて。マリア、レイミヤ。二人には動魔退治に向かってもらいますがその前に概要を話しましょう。」
「はい、お願いします」
「どんな内容でもバッチコーイ!」
マリアさんが袖を捲って鼻息を荒くする横で、今、私は大変縮こまっている。あの日私を襲った動魔、あるいはもっと強大な動魔なのかもしれないが、それに立ち向かおうというのだから。構わずにシスターが続ける。
「ここから一時間程度のところに小さな集落がありますが、知らないうちに動魔が地下道を掘り進めてしまったそうで、そこから集落の作物を荒らしたり人が襲われたりするようになってしまいました。」
「つまり、その地下道の動魔を殲滅させて穴を閉じればオッケー?」
シスターのおぞましい説明に対し、マリアさんは簡単に言った。
「基本はそうですが、私の見解ではおそらく奥に大きくて賢いのがいるんじゃないかと」
卒倒しそうになる私をよそに二人は作戦会議を続ける。
「シスター、それ悪魔じゃないよね?」
「そうかもしれない。でも、もしそうならマリアが適任でしょう」
「なーるほどね、そゆこと」
ここへきてマリアさんが初めて態度を落胆させた。悪魔。動魔じゃなくて悪魔。私のこめかみに冷や汗が流れる。
「悪魔って、本当にいるんですか?封じられたって聞いたんですが……」
「そうですね、昔すごく力を持った悪魔を、人間が封じました。というのも住む世界を分けたかたちになりますから、境界を越えて時々現れることがあります」
シスターが重い声色で語った。マリアさんは嫌そうに唇をイ〜っと横に開いて地団駄を踏む。
「私は奴らが生理的にダメなんだよ!何がダメかわからないけどゾワゾワしちゃう」
「マリア、その感覚を大切にしていきなさい。そして悪魔だったなら、できればあちら側へ封じること」
「はぁ。レイミヤが一緒なことだし、頑張りますか……」
観念した私とマリアさんはお揃いの白いローブを羽織って第三教会の重い扉を開いた。今日はぬるい風が手招きをするような夜だ。何が起きるのかわからない不安で、私は少し無口になってしまう。
そんな私の汗ばんだ手に、冷たいマリアさんの手が触れた。
「じゃ、デートしようか♡」
そのまま互いの指を組んで手を繋ぐと、さらに私の全身から汗が滲み出た。頭の中が、悪魔がいるかもしれない恐怖と美少女と手繋ぎデートのマリアージュ状態だ。いやいや、なんだそれ。
「汗かいてるね、緊張してる?エスコートするから絶対に大丈夫だよ」
マリアさんが暗い闇に目を向けたまま私の手をぎゅっと力強く握る。そう言われると少し怖さが和らいだ気がした。
この間のエーソンよりはかなり近い。しばらく森の中を歩いていくと、動魔一匹も現れずに集落の明かりが見え始めた。
「レイミヤ、今日は何もしなくていいからそばにいておくれよ」
思わず目を細めてしまう程の眩しい笑顔でマリアさんが微笑んで、ついに私たちは集落へと足を踏み入れた。
つづく
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