第8話 初めての第一教会!②
二人がけ程度のベンチの割に何故かこれでもかというほど私に密着する彼女。逃げられないようにか初対面にもかかわらず腕を組まれてしまっていた。
「君はどこから来たの?なんだかいい匂いがするね。」
この人やばいかもしれない。私の首筋に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。が、完全に捕まえられているので少し落ち着いて話してみようと思った。
「わ、私レイミヤと申します。第三教会から、き、来ました……」
「やっぱり、やっぱりそうか!私はガーディーン・ケルヴェン・ローザ。第一教会のチャイルドだよ!」
ガーディーン氏は腕を大きく開いて大袈裟に私の体を横から抱きしめる。うすうす思ってはいたものの、この人の着衣はルチェットさんの服装とかなり似た紫紺の修道服だった。
ガーディーンさんは嬉しそうに私の両手を握りしめ、目を見つめる。
「新入りさんかな?君はマリアさんと同じ匂いがするね。もしかして一緒に来たから移り香なのかな?」
目をキラキラと輝かせてより一層その握力を強めるガーディーン氏に、私は思わず顔だけ後ろに逸らせてしまう。
「違います!今日はルチェットさんと二人です!」
「えぇ……」
露骨にがっかりしたガーディーン氏の様子を見て、さりげなく手を自由にさせてもらう。
「ちっ、ルチェットか」
名前を聞いて一気に目を曇らせ悪態をつくのはチャイルドとしていかがなものか。私はベンチから立ち上がり、くるりと後ろを振り返った。
「なんだかがっかりさせてしまって、すみません。本当は明日お伺いするつもり……だったんですけど」
「私のマリアさんに会えなかったのは残念。だけど君に会えて嬉しいよ野良猫ちゃん。私のことは気軽にガーディーンと呼んでいいよ、完全に君を気に入った」
ガーディーンさんは立ち上がった私の胸に人差し指を向けて、バキューンと何かを打ち込むポーズを決めた。この人とってもキザだ。
「明日、楽しみに待つよ」
そう言って同じように立ち上がったガーディーンさんは修道服のお尻をパンパンとはたいて、ゆっくりと歩いて行ってしまった。
幸い宿に戻った頃にはしんどさは少し消えていて、ルチェットさんが帰る前に元通りベッドの上でぐっすりと眠ることができた。
眩しさで少しだけ目を開くと、もう朝が訪れていた。朝日で自分の金色の毛先がキラキラとしている。あと、今度は少し見知った天井。それにふんわりと石鹸の香りが私の鼻を掠めた。
「レイミヤおはよう。充分休めた?」
「あっ、おかげさまで元気です!ルチェットさんはその、疲れていませんか?」
私と違って歩き詰めでそのうえ街に着いて休む間もなく出て行ったのだから、私なら三日は筋肉痛になっているだろう。
しかしルチェットさんはケロッとした顔でお風呂上がりのその紅の髪をタオルで拭き取っていた。
「まぁ、これくらいなら。今日は第一教会に行くけど別に緊張しなくていいわよ」
第一教会と聞いて私の心臓が少し跳ねた。そういえば昨日のことを伝えていなかった。そんなにやましいことでもないけど大人しく寝ていなかったことを咎められるだろうか?
「変なのがいるけど皆実力者なのは間違いないから」
変なの、もう会いました。結局私はなんとなく言えないまま宿を出ることになった。
例の噴水広場を突っ切って歩くこと二十分程、第三教会よりも二回り立派な聖堂が現れた。
ルチェットさんが慣れた様子でズカズカと中に入り、奥の扉を開ける。
「お待たせ。連れてきたわよ」
「お疲れちゃん、まぁ座んなよ」
そこには昨日と同じく顔にペイントを入れたガーディーンさんがひとり、大きなテーブルに肘をついて気怠そうにしていた。
「いつもみたいにがっかりしないの?」
ルチェットさんがちょっと怖い真面目な顔でその向かいの席について聞いたので、私も同じように隣の席に座った。
「昨日、そこの野良猫ちゃんに聞いたからね」
「……レイミヤ、そういうのは報告しなさい」
「すみませんちょっと風に当たろうと思ったらガーディーンさんに偶然お会いして……」
怒られる私を見てけらけら笑うガーディーンさん。この人はこの人で、第三教会にはいないタイプの人なんだなぁと思った。
「さて。早速データを貰おうか。君は一体どんな人間なんだい?」
ガーディーンさんがこちらに寄越せと手を伸ばしたので、私は焦って鞄から例の履歴書を取り出してその手に乗せた。ルチェットさんが姿勢を正したまま発言する。
「見ての通り、今は一般人よ。身寄りがないけど、一応シスターの関係者ではある」
書類を険しい目で見つめるガーディーンさんとそれを説明するルチェットさんに、私が入る隙は見当たらない。黙っていることにする。
「ほんとにただの猫ちゃんだ。けど私気付いてしまったよ、彼女は神聖な者で間違いない。マリアと匂いが似ているからね」
「書いてある通り治癒力が発現する可能性がある。貴女が犬並みに鼻が効くってのもあながち嘘じゃないのね」
私そんなに特別に匂うんだろうか。
「まぁ、ルチェットが大切に思ってるなら私からは何も意見なし。ベル様には私から特別推薦するよ」
ガーディーンさんのウインクでその場は終了ということになった。書類にはガーディーンさんの長い名前のサインが追加され、少しの静寂が訪れた。
「あれ?聞こえなかった?ルチェットが大切に思ってるなら何も意見なし」
「聞こえてるからさっさとベル様に会わせて貰えない?」
ルチェットさんの表情はよく見えなかったが、否定されなかったことを嬉しく思う。反応がなくてつまんない、と不貞腐れながらガーディーンさんが立ち上がる。
「残念だけど先日力持ちな動魔が現れて一部の壁が壊されちゃったんで、修復に行ってしまったよ」
私たちがエーソンに入る際には門から入ったが、門以外はぐるっと一周石の壁に囲まれている。私はこの街の建築技術に関心したけれどそれを修復するのがチャイルドなのか?
「その、ベル様という方は建築をされるのですか?」
思い切ってその疑問をガーディーンさんにぶつけてみる。ガーディーンさんは、そうだったと指をパチンと鳴らした。
「そうだね、知っているべきだ。ベル様は建築もできるし、大体なんでもできる。世界の教会で最もすごい人さ」
「そんな人がここにいるんですか?!」
「お皿を作ったり、水道のパイプも修理できるさ」
是非お会いしたかったという気持ちと、緊張するのでまた今度で……という気持ちが同居していたが、いずれお会いできるだろう。ルチェットさんも席から立ち上がり、私に手を差し出す。
「レイミヤ、ガーディーンはこんな風でも実力はあるから意見が通りやすい。ベル様も細かいことは気にしない性格だから特に問題ない。目的は果たしたから帰りましょう」
「そうさ私は実力があるからね。今度は遊びにおいでレイミヤ、ルチェット」
ガーディーンさんが私の目だけを見つめて微笑む。
「ベル様にもよろしくお願いします。不甲斐ないチャイルドですみませんが、ご指導お願いします!」
帰り道、ガーディーンさんが手配した馬車で森の手前まで送ってもらい、私たちはまた森を越え、川を越え、森を越え……そして私ひとり三日間寝込んだのだった。
つづく
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