第7話 初めての第一教会!①
気まずい。気まずい気まずい。
そんな気持ちに思考を支配されながら、私レイミヤは赤髪の先輩、ルチェットさんの半歩後ろについて無言で林の中を歩いていた。
森の奥の第三教会を出て三十分、会話をしたのは「行くわよ」「よろしくお願いします」その一言だ。
後ろを歩いているので表情も見えず、かと言って横に並ぶのも遠慮していて、すっかり仲良くなる糸口を見つけられずにいた。
この状況を作り出したのはシスターだ。
朝起きると、シスターから一枚の書類を渡された。なんでも第一教会という所ではチャイルドの履歴書を保管しており、教会に所属する人物の情報を全てファイリングしているそうだ。
書類には推薦人としてシスティリア・アリーミヤという文字が流れるような字で記入されていた。
何だろうかわからない難しいグラフや文字が並んでいたので、私はあまり見ないまま鞄に大事に仕舞った。
これを第一教会に届けるだけなのだが、その道中の付き添い人として指名されたのが、あのルチェットさんであった。
「疲れた?」
無口なルチェットさんに対しどう話題を切り出せばいいのか……。
考えながらぼーっとしていたので、すぐに反応することが出来なかったが、その張本人の声が耳に届いて三秒後、ようやく私の脳に情報が到達した。
「は、はい!?」
「いやそんな驚く?」
思わず裏返った声で姿勢を正す。なんの自慢にもならないが長年同年代の知り合いもおらず、ペラペラ話せるのが母くらいだった私はすっかり対人能力が落ちているらしい。
もっとも、それは相手があのルチェットさんだからというのもあるのだが。
「第一教会はこの先の川を越えてもうひとつ森を進んだ所に位置するのだけど……」
どうやらこの頼りない同伴者の体力の心配をしているようだった。
もちろん体力は足りていない。きっとすでに多少息が上がっているのをわかっていて声を掛けてくれたのだ。
「大丈夫です。ご迷惑をお掛けしないようにしますから」
あははは……なんて冷や汗をかいたバレバレな強がりも、本当は意味がないとわかっていながら口をついてしまう。振り向いたルチェットさんの瞳は私の心を覗くような深い紅色をしていた。
半ば震える脚で歩みを進める私に速度を落としてルチェットさんが横並びになる。その手の紫紺のグローブを外すと、色白の掌を私の額へくっつけて眉をひそめ、溜め息を吐かれてしまった。
「熱があるなら言ってくれれば……ごめん、気が付かなかった」
どれくらい時間が経っただろう。
車輪が砂利を踏むたび揺れながら、馬車はどんどん街へと向かって進んでいく。
思えば私は慣れない環境で再出発することになり、知らぬうちに疲れを溜めてしまっていたのかもしれない。自身の発熱にも気が付かず、ルチェットさんにお姫様のように抱えられた私は眠ってしまったまま、ついに気が付けば馬車の中という失態をおかしてしまっていた。
景色は草原。遠くには街の姿が見え始めている。街への一本道の上をガタゴト揺られながら順調に……うん、順調に進んでいた。不甲斐ない。
「気分はどう?」
ルチェットさんが柔らかいハンカチで私のこめかみに流れる汗を押さえた。
気温は暑すぎず寒すぎずだが、私の体は熱を逃そうと発汗しているらしい。
もしかして肩にもたれ掛かって寝させてもらっていたせいで、服をじっとりさせてしまったのではないだろうか。
「レ、レイミヤ……?」
反応のなさに不安になったルチェットさんが思わず軽く私の頬をパチパチと叩いた。
「なぁっ!ごめんなさい、大丈夫そうです!」
「反応がないからまだ辛いのかと。心配だから一日宿に泊まってから第一教会に向かいましょう」
ルチェットさん。まだ慣れない二人組だなと自分でも思うけど、みんなの言う通り優しくて本当に素敵な人だと改めて感じた。
「ありがとうございます、ルチェットさん」
だから私は精一杯の気持ちを込めて微笑んだ。
小さい第三教会は森に囲まれた場所にあるけど、第一教会のある、ここ『エーソン』という街は城下町のような都会的な雰囲気だった。
エーソンの建築技術がすごいのか、街全体が石で出来たブロックで囲われている。
その切れ目にある門の前で馬車を降りた私たちは、旅人向けの店が立ち並ぶ商店街を歩き、ようやく泊まる宿を確保した。
「私は街の見回りに行くけど、レイミヤは熱が下がるまで寝ていること」
心配性のルチェットさんは私をベッドに座らせて、息をつく暇もなく出て行ってしまった。
あっという間にひとりになった部屋の中で私はぐったりとそのまま横になった。
「疲れた、ほとんど歩いてないけど……」
おそらく私を抱えたまま川や森を越え、平坦な道に出てからは馬車を呼んで私を乗せてというのを全てひとりでこなしたルチェットさんだけど、そのうえまだ見回りに出かけてしまうなんて。超人的な体力に自分のこれからが心配になる。
改めて、また私の見慣れない天井の登場に少し寂しい気分に襲われた。
本当のところ恐縮しっぱなしの毎日だ。優しいシスターにルチェットさん、エマさん、マリアさん。だけどそこに母はいなかった。
本当の家族だと思ってと優しい言葉をいただいて、私もそう思えるように過ごしてきたつもりだったのに、ひとりになるのはまだ不安らしい。
「少し外の風に当たろうかな……」
寂しい気持ちを紛らわすには人の姿を見る方がいいかもしれない。
私は宿を出て、商店街の奥にある噴水広場を見つけてベンチに座った。
寝ていろとは言われたけど、少しくらいいいよね。熱が下がりつつあるのを感じながら、涼しい風を頬に受けて目を閉じる。
日が落ちるまであと二時間ほどだろうか、人の流れも落ち着いたように思う。
しかし、穏やかな時間は噴水の後ろ側から現れた黄色い歓声に消されてしまった。
「きゃー!サインください!」
「今日もお素敵です〜!」
「新曲聴きました!」
「握手してください!」
なんだこれ。私は聴き慣れない女性たちの声に思わず身を乗り出して噴水の向こうに目をやった。
「ごめんね子猫ちゃんたち!順番にお話しよう!」
女性ばかりの集団の中心には、片頬に青い文字のペイントを入れた、アレンジがかった黒のショートヘアの女性がにこやかに存在していた。
しかし微笑みも束の間、その人が神妙な顔をして言った。
「いや、待って、ごめん。今日は子猫ちゃん達は解散しておくれ。大切な用事があったんだった」
年齢的にはルチェットさん達くらいに見えるその中心人物は子猫ちゃんと呼ぶ女性ファン達に手を合わせて、スムーズにその一団を解散させた。
きょろきょろと辺りを見回す有名人な彼女が徐々に私の方へと近づいてきたので、思わずベンチに座ったまま肩を強張らせて存在を消してみる。私は石ころ、私は景色。
「聖なる匂いがする。どこだ?」
彼女は目を閉じて人差し指と中指を自身の胸の中心に当てた。無関係なはずの私の心臓は不思議とかくれんぼの時のようにざわざわと騒いでいる。
こういう怖さは苦手すぎるよ〜!
その時、息を殺した私に真正面から少し屈んだ彼女がにこりと笑いかけた。
「なんだ、君だったんだね野良の子猫ちゃん!」
ごめんなさいルチェットさん、部屋にいなかったせいで変な人に絡まれてしまったようです。少し熱をぶり返した私は心の中で土下座をすることにした。
つづく
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