第6話

 マリアの挑戦的な態度にルチェットは静かに脚を組み直した。レイミヤは大事にならないように心の中で祈るしかなく、引きつった笑みを浮かべる。


「……私は、この子の為を思って言っているの。大体マリアはいつ倒れるとも知れない体で、いかなる時でもこの子を守る自信が本当にあるの?」


 怒らず、諭すようにルチェットが話すと、マリアは目を輝かせた。


「あるよ。私が倒れても誰かが助けてくれる。ルチェットもエマもシスターも全力で私を助けに来てくれる自信がある。だからレイミヤも守れる、ね?」


 勝手なことを自信満々に豪語したマリアが机越しにルチェットをぎゅっと抱き締めると、すっかり先程までの張り詰めた空気が消えた。


「はぁ、出たよ謎理論。私はマリアのように楽観的にはなれないからな」


 すっかり呆れたルチェットは思わず普段通り、砕けた口調でマリアを引き剥がした。エマは相変わらずにこやかに彼女らを見つめて、うんうんと頷いている。シスターも同様にその様子を見守っていることから、レイミヤはこれがここでの日常なのだと納得した。


「ルチェットの言う通りではありますが、レイミヤにも第三教会にいる以上は強くなくていいけど皆さんと仲良くなって欲しいし、やりたい事を探して欲しいと思っています」


 もちろんレイミヤもただ何もせず毎日を浪費するつもりはない。家事は完璧とはいえど、それだけでここにいさせて貰うのは少し気が引けていたのだ。


「皆さんのお役に立てることがあれば嬉しいです。よければ色々と教えて頂けると……」


「遠慮しないで、仲良くしようね」


「歓迎するよん♪」


「ま、よろしく」


 それぞれがレイミヤへ手を差し出し、レイミヤは丁寧に一人ずつ両手で握手を返す。すっかり親の目線でレイミヤを心配していたシスターはようやくホッとして笑みを浮かべた。


「さて、じゃあ人見知りのルチェットには悪いけどレイミヤと相部屋を頼みましたよ?はい解散」


 ポンと手を叩いてシスターが解散を促すと同時にルチェットがギョッとした顔でレイミヤを見つめる。同じくレイミヤも不意打ちの発表を受けてルチェットに視線を向けたが、あまり嬉しくなさげなルチェットの表情を見て思わず目を逸らしてしまった。


「すすすみません!なんか、すみません……」


 いきなりプライベートに自分なんかが入り込んでしまうプレッシャーでどんどん涙目になる。たしかに何も聞かされずいきなり他人が自分の部屋に入り込んで、仲良くしろだなんて横暴だ。しかし、しゅんとしてしまったレイミヤを見るや、ルチェットは慌てて弁解した。


「ちょ、そんなつもりじゃ……貴女はやっぱり、私のことが怖いの?」


 ルチェットは顔を伏せたレイミヤをぼんやりと赤く光る瞳で覗き込んだ。その容姿はまるでヴァンパイアを思わせたが、レイミヤにとっては特別な宝石の様に見える。恐怖心があるのは確かながら、レイミヤの心には憧れの方が強く存在していた。憧れの先輩に対する遠慮がレイミヤを萎縮させるのだ。


「違うんです。いきなり会った他人と……同じ部屋だなんて嫌なのはルチェットさんの方ですよね?」


 そりゃ嫌だなんて言われたくないけど……という気持ちは隠してレイミヤはルチェットから一歩距離を取った。ルチェットは少し考えて口の端を上げる。


「嫌じゃない。私はマリアと違って愛嬌も無いし、エマのように人当たりも良くない。だから貴女の方から嫌になるんじゃない?」


「そんなわけ……私はルチェットさんが好きです。助けてくれたルチェットさんを嫌いになるなんてとんでもないです!」


 少し意地悪のつもりでレイミヤに質問してみたルチェットだったが、予想外の真っ直ぐさに面食らった。そんな様子を黙ってみていたマリアが二人を囃し立てる。


「お熱いね〜私はエマとの同室ライフをとっても楽しんでるから、悪いけどルチェットをよろしくね!」

「マリア、静かに見守りなさい?」


 ため息をついたルチェットは床に置いていた荷物を手に取り、リビングから出て行こうとして一言呟く。


「おいで、案内するよ」


 そっけない態度ではあるがレイミヤは一歩前進した気持ちでルチェットの後を追う。ギシギシと古い階段を鳴らして二階へと上がって行った。


「ルチェットと打ち解けるには少しイベントが必要かもね〜?」


「そうね、シスターあの二人をなんとかできそうでしょうか?」


「いい考えかはわかりませんが、二人には仮のチャイルド登録の為に第一教会へ行って貰うつもりですよ」


 残った三人は寛いでコーヒーを飲みながら小さな会議を続ける。シスターはこの場にレイミヤを置くことについて運営の人間に伝える必要があるのはわかっていたが、この一週間は親友の葬儀やレイミヤのフォローに追われて何も出来ないでいた。


「一緒にお散歩でもすればあのルチェットも慣れるでしょう。ましてレイミヤの性格上、喧嘩は起きないわ」


 あの人の娘だ、上手くやれる。シスターは冷静にカップに口をつけて呟いた。


「早速、明日にも出発して貰いたいものです」


 かつての相棒ともそうやって旅を繰り返して絆を築き上げてきた彼女にとって、二人の出会いは羨ましくもある。そしてレイミヤやルチェットにとっても同じく一生の絆を深めて欲しかった。


「それにしても、第一教会ね〜……苦手だねぇ私は」


 そう言うとマリアは腕を組んで口を横一文字に結んだ。付き合いの長いエマは当然すぐに合点がいったがシスターはただでさえ細い目をさらに細めて首を傾げた。


「マリアからそんな言葉が出るなんて驚きね」


 このひょうきんな少女、マリアは少し変わった人物である。その事はシスターも良く知っているだけに先の言葉には非常に驚かされた。マリアには嫌いという感情が欠落しているかのように、とにかく誰に対しても優しさや思いやりに溢れた人間性だからだ。

 エマも物腰が柔らかく一見マリアよりも優しく思えるのだが、マリアのその性格は特殊な力として反映されており、力の弱い動魔がマリアに襲い掛かる事はほぼない。それほどまでに強い聖なるオーラを纏っていた。


「あいつはちょっと愛せない」


 マリアが苦虫を噛み潰したような表情を見せた。そんな彼女に生理的嫌悪を抱かせる相手がこの世にいようとは。シスターは純粋に興味が湧いた。


「ああ見えてモテモテなんだけどな、街の人達には……」


 エマが言うと、より一層マリアは表情を渋くした。



つづく

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