第3話


 「そう、お母様が……」


 エマと名乗る教会の少女は、気の毒な表情でレイミヤの話を聞いた。少しでも安心させるためそっとレイミヤの手を取り、小さく見え始めた教会へと歩き出す。


「教会に行って大切な人に手紙を渡して欲しいって、そう言ってたんです」


 こんな夜中に行っても誰も出てこないという可能性もあったのに、ここでエマに会えたことは本当にラッキーだったとレイミヤは思った。


「実は私、レイミヤがここに来るのを知っていたの」


 エマは繋いだレイミヤの左手を自分の胸に近づけて微笑んだ。愛らしい笑顔に思わず見惚れてしまう。


「途中で人に会ったでしょう?」


「赤い人と、口の周りが赤い人に会いました!」


 なぜ知っているのか、むしろどういう人たちだったのか教えてほしいと、レイミヤは被せ気味に言った。

 マリアの名前は知ったが、なぜあの時間にあんなところにいたのか。それに赤い髪の人は、命の恩人であるにもかかわらず名前すらもわからない。


 口の周りが赤い人と聞いてエマはウフフと声を出して笑った。マリアが絶世の美少女であることは誰の目にもわかるのに、残念ながらそれを第一の特徴とすることがほぼないからだ。


「体調を崩していたのがマリアで、赤い髪の子がルチェットよ。二人とも、私と同じ教会で暮らしているの」


 エマはマリアやルチェットとともに、レイミヤが目指す第三教会と呼ばれる教会に所属し、暮らしていた。


「二人ともエマさんと同じ教会の……では、二人が私のことをエマさんに伝えたんですか?」


「そうよ、しばらく前にルチェットから合図を貰って、その後すぐにマリアからも。」


 それでルチェットはここから先は安心していいと言ったのか、とレイミヤは感心した。助けて貰った後も気にかけられていたことを知って、またレイミヤの頬は赤く染まった。


「だから私、この子たちにお願いして貴女を探して貰っていたの」


 気がつくとすぐ後ろに先刻レイミヤを苦しめた植物が五匹蠢きながらゾロゾロとついて来ていた。卒倒しそうになりながら、青ざめた顔で悲鳴をあげたレイミヤはエマの腕にしがみついた。その様子を見てエマは苦笑いする。


「私のお友達なんだけど……」


 なるべく視界に入らないようにレイミヤは真っ直ぐ教会を見つめて歩く。どうやら触手のような蔦がレイミヤの心を刺激するらしかった。


「この子たちは、動魔じゃないんですか?」


「そんなこと言わないで。私たちはお花の妖精だよ。って、言ってるけど?」


 ねぇ?とお花の妖精に顔を向けるエマに少しぞっとする思いもあったが、本当に危害を加えるつもりがないと感じたレイミヤは、ごめんねと妖精に向かって謝罪した。こうして見ると動く花は可愛らしくみえた。


「それより着くわ、貴女の目指すゴールへ」


 教会の前に広がる花壇に到着すると、花々はそれぞれの植木鉢に向かって一目散に走り、すっぽりとその中に収まった。こうしていれば普通の植物のようにしか見えなかった。


 レイミヤは思いの外古びた教会に、しんみりとした気持ちになった。何も知らないが、おそらく母はこの教会に思い入れがあるのだろう。そんな気がした。


 エマが大きな木製扉を押し開け、入ってと促す。中は薄暗く、天井近くに並んだいくつもの窓から入る月光がぼんやりと室内を照らしていた。


「エマ、旅人は無事ですか?」


 奥の扉がすっと開き、紺色の修道服に身を包んだ目の細い女性が落ち着いた声色で問いかけた。レイミヤにはちょうど母くらいの歳のように見えてまた胸が苦しくなる。エマはシスターに紹介するように、レイミヤの背中をそっと押して一歩前に立たせた。


「はい、シスター 。ルチェットたちのおかげで傷ひとつありません」


 そう、よかったと言ってシスターがレイミヤにゆっくりと近づくと、細かった目を開き、驚いた顔でレイミヤの顔を見つめた。


「貴女が誰なのか、聞かなくてもわかるわ。よく来てくれたわね」


 シスターはレイミヤを優しく抱擁し、涙声でそう言った。突然のことにレイミヤは体を硬直させたが、すぐに母のような温かい優しさを感じて同じように目を潤ませた。きっと母が手紙を渡したかったのはこの人だとレイミヤにも感じ取ることができた。


 しばらくそうした後で、レイミヤは目的であった手紙を手渡した。何が書いてあったのかは渡した本人にもわからないが、最初の数行を読んだシスターがボロボロと涙を零しながらまた奥へと引っ込んでしまったので、エマとレイミヤは神妙な顔でお互いを見るしかなかった。


 時間を持て余したエマはレイミヤを椅子に座らせて跪き、すっかり棒になってしまった脚を揉み解すことにした。


「頑張ったわね、よく無事で辿り着いたわ」


「エマさん達のおかげです。ルチェットさんがいなければ私、本当に……」


 動魔に襲われた時、ルチェットが助けに現れなければおそらくレイミヤは最後に何かを思うことも叶わず死んでいただろう。思い返す度にレイミヤはルチェットのファンになる思いだった。


「ルチェットは不器用だからあまり喋ってくれなかったかもしれないけど、ああ見えて心配性なの」


 レイミヤの硬くなったふくらはぎを揉みながら、エマは教会のことを教えてくれた。


 この世界には大昔から、人間や動物以外の視覚的に観測できない存在を神として扱う風習があったという。時が経つにつれ神の認識は変化し、妖精、悪魔、幽霊などに分類されていった。


 ある時、強大な悪魔が世界を滅ぼそうとしたが、神や妖精の力を借りる事ができる人間達が集まり、逆に悪魔を封じてしまったのだそうだ。


「その時に集合場所として作られたのが、各地の教会なのよ」


 エマが子供に絵本を語り聞かせるように話すものだから、レイミヤはすっかり眠くなってしまった。エマはそれを知りながら、マッサージと昔話を続ける。


「今はその名残で、各地の教会でこうして旅人を守ったり、助けたりしているの」


 自分には力もなく、勇気もなく。客観的にレイミヤはヒーローを見ているような気持ちになっていた。動魔と戦うなんて、夢のまた夢だ。


 ちょうどキリのいいタイミングでまた奥からシスターが手紙を片手にやって来た。レイミヤとエマは立ち上がり、シスターの発言を緊張の面持ちで待った。


 目の周りを赤くしたシスターはゆっくりと息を吸って、レイミヤに優しい眼差しを向ける。


「レイミヤ、貴女は今日からここの一員です」



つづく

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