第8話

糞が。

はじめて会ったときからそう思っていた。

の目的ははじめから決まっていた。

貴方に導かれずとも、行き先など決まっていた。

なのに貴方は、勝手に私の案内人を務め、代弁者などと言い張り、私に余計な仕事を増やしたのだ。

病を患った餓鬼どもや男、そいつらの治療など、私の役目ではなかった。纏わりつく信者どもすら煩わしい。何よりも貴方が、ずっと私に纏わりついて歩く貴方が、一番煩わしかった。

治せぬ病や傷を負った少年と女が居た。そいつらの治療が不可能だと、その場で示していたのなら、貴方は何か変わっていたか。

貴方と共に私の側を歩くその男が、最も手遅れだとは最初から気づいていた。そいつは自分でもわかっているようだったが、貴方はそれに気がついていなかったようだな。

そうだろう。貴方が信じているのは、私だけだったから。私以外の言葉は信じないとも言っていたな。まったく愚かしい。

貴方のその感情が。私への勝手な信仰から抱く他人へ向けるその感情が、言動が、何度私の邪魔をした。

それだけ私へ無駄な行動をさせておいてから何だ、その最後の言葉は。

たかがひとりの男が救われなかったくらいで、恨むだとか。許さないだとか。信じていただとか。馬鹿馬鹿しい。笑えてしまう。全ては貴方の勝手な解釈だ。何も知らんくせに、達観したふりをして、己に酔っていただけだ。

天は地獄だと、なかなか面白い言い方をしてくれたな。そうだな。私たちをこの星へ落とす天は地獄で違いない。

私たちは天から命じられた。

底へ落ち、死んで来いと。

鏡はその使命を放棄したが、放棄したところで逃げ場などはなく、底へ無駄な死体を増やすだけだ。だから私は、鏡の使命を全うさせた。

そして私も、これより死ぬ。

死ぬなどと言えば過言だ。

意思を捨てる。意思を捨て、この底にて、星を救うまで呼吸を続けることが使命だ。

もっと簡単なものだと思っていた。

もっとはやくに終わるものだと思っていた。

なのに、貴方ときたら。

ここまで来るのにどれだけの時間をかけ。

ここに来るまで。

どれだけの感情を、私に抱かせた。

あの男が言っていたな。

死ぬのは怖い、だったか。

鏡も言っていたな。

死ぬのは嫌だと。

貴方たちは余計な感情を持ちすぎだ。

そんなものがあったら、怖いじゃないかよ。

まったく。どいつもこいつも、私に引っ付きまわって、纏わりついて、煩わしい、鬱陶しい。

この、糞が。



    


濾過ろかが使命を果たした。次、降りろ」



    


女が空から降りてくる。

その小さな星に住むひとびとは喜んだ。

薬師様だ。今度こそ、我々を助けてくださるはずだ。

天から舞い降りる女へ祈りを捧げ、ひとびとは背から生える翼をひらひらとゆらした。


呼吸器を咥えた女が底へ降り立つ。

呼吸器からは吐息と共に泡を吐き出し、くるりと周囲を見渡した。

薄緑に濁った空気に包まれた世界は少し暖かい。だいぶ環境は良くなっているようだ。

女はゆっくりと歩き出し、目的の場所へ向かう。

と、その時。

ふわりと、目の前に少女が現れた。

「貴方を待っていました。ようこそ…」

女は振り返る。そこに立っていたのは。


ぼろぼろの翼をゆらめかせる尾ぐされ病を患った


花飾りを付けた少女花房金魚の雌


咲。


「貴方ならば、私を助けてくださりますか…薬師様?」



終。

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魚の息 四季ラチア @831_kuwan

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