第3話

きらきらと輝く石が敷き詰められている道を進む。

咲は石の輝きを瞳に反射させ、感嘆の声をこぼす。

「綺麗ですね」

「何度も来ているだろう」

「何度来てもそう思います」

「だが空気は最悪だ…」

淀んだ空気が辺りを満たす。見上げた空も緑色に澱んで見え、息苦しさは増していく。地面に敷かれた輝く石だけが美しい。

文は片手で腹を押さえ、片手で口を塞ぐ。

「気分が悪い」

「ここはまだましです。汚染地帯に着けば、長居はできません」

「ああ、お前は何度か行ってるんだったな」

「まだ汚染が始まって間もない頃のことですが…」

薬師は呼吸器を咥えているためか、空気の澱みにすら動じない。

咲も慣れた顔で歩くが。

顔を顰め、歩みが遅くなる文に気付き、振り返る。

「そんな状態で、何が死にに行く…ですか、文。とてもではありませんが、きっと貴方は汚染地帯まで体が持ちませんよ。ですから村に残るべきと言いましたのに」

「余計な気遣いだ。何が死にに行く? 死にに行くんだよ。体が持とうが持たなかろうが、心臓と呼吸が続く限りは歩いてやる」

「でしたら、安易に弱音を吐く権利など貴方にはありませんよ」

「いざとなったら咲…お前が言うその薬師がその場で治療するんだろ。そいつが本物ならば」

「まったく無礼な発言をしますね、文」



きらきら輝く石の道を進んでいると、地面にしゃがみ込む少女を見つけた。

咲は薬師を追い越し、少女に駆け寄る。

「大丈夫ですか。どうかしましたか!」

「な、何よ!」

少女はふわりと立ち上がった。

ふわりとゆらめく翼は美しい。眼鏡をかけたその顔立ちも可愛らしい。誰がどう見ても魅了される容姿の少女だというのに。

思わず咲は立ち止まった。

はるはこの石を眺めていただけよ。だから邪魔しないで!」

声すらも鈴の音のような美しい声だ。眼鏡越しに少女、春は咲を睨む。

咲は顔を強張らせたままだ。

それを見て春は怒りの表情を浮かべる。

「…何よ、あんた。春を見てどうしたの。何を思ったのよ」

「い、いえ…貴方は」

「春を醜いって思ったんでしょ⁉︎」

叫ぶ春の髪がゆらゆらと逆立つ。

咲は後ずさった。

春は顔立ちも翼も声も美しい。

だがその腕や足の皮膚はぼろぼろに剥け、捲れ上がり、本来細いはずの四肢は丸く膨れ上がっていた。醜悪だった。

咲は慌てて首を横に振る。

「いいえ、醜いなんて思っていません。誤解です…」

「嘘よ。そんなこと言って腹の底では、春を見て、これだけ醜い奴に比べたら自分はましって思ってるんでしょ!」

「随分傲慢だな、春とか言ったか」

立ち止まる薬師の後ろからゆっくり歩いてくる文が、低く苛立った声で尋ねる。

「その言い方では春、お前はそんな外見でも咲を馬鹿にしているな」

「ええ。だって春は、本来なら誰にも勝る美しい女の子なんだから!」

春は優雅に翼をゆらめかせ、その醜い四肢で踊って見せる。

「みんなが春を羨むのよ。美しい顔立ち。美しい声。美しい翼…春を見れば、みんな自分の醜さを嘆くの。わかるかしら。春はこの星で一番美しいんだから!」

「だから祟られたんだな。お前のその傲慢な態度が、星中のひとびとの恨みを買い、呪われた。それがその手足か」

「そうだとしたら、この星のみんなは心の底までも醜いということね。ひどい迷惑よ、まったく」

「春、貴方のそれは病気です。放っておけば、きっと命に関わります!」

咲が春に訴える。だが彼女に近寄ることはしない。その醜さに体は怯む。

春は咲を睨みつけ、ふん、と馬鹿にするように鼻で笑う。

「病気ね。そうよ、病気よ。あんたたちのような醜い奴らに呪われた結果のこの体。どうしてくれるの、ねえ?」

「咲、こいつはこういう奴だ。まさか、まで助けたいとか言わないよな」

「ひとは皆平等です」

心底嫌悪する声で文が尋ねれば、咲は迷いなく頷き、この様子を無言で見ていた薬師の元に駆け戻る。そうしてひらりと、腕で薬師に注目を集めた。

「薬師様の御前では、皆平等なのです!」

「薬師様?」

「咲、こいつは助ける価値もない」

文は強く腹を押さえる。

咲は春へ笑みを向けた。

「春、この方は薬師様です。貴方も知っているでしょう?」

「ふん。知っているわよ。何度この星にやってきても、春たちを助けてくれない…役立たずどものことね。で、そいつが何なのよ」

「子供だからと言って無礼な発言は許しませんよ…春」

「いいじゃない。春は美しいんだから」

「今の貴方は醜いです」

「何ですって⁉︎」

春が金切声を上げる。だが咲は動じず、薬師の前でひらひらと手と翼をゆらし、醜い春を見つめる。

「今の貴方は誰よりも醜い…ですが、それはただの病気の所為。ですから、薬師様がその病気を治療してくださると言っているのです」

「…そいつが春を治せるの?」

「ええ。元の美しい貴方に、きっと戻れることでしょう。信じてください」

「…本当?」

眼鏡越しに春が薬師を見る。

薬師は春と目を合わせると、杖をつきながらゆっくりと歩み寄る。呼吸器から漏れる呼吸の音。

迫る無表情。春は一瞬怯むが、ぐっとその場に留まる。

薬師が跪いた。

「…何よ。春の美しさに嫉妬して、治療をわざと失敗したりしないでよ?」

薬師は懐から錠剤を取り出した。

咲ははっとそれに気づく。

「経口薬…!」

「また物語通りか」

文はため息をついた。

錠剤を差し出される春は戸惑い、嫌な顔をする。

「これを飲めと言うの? 美味しくないのは嫌よ。ちゃんと春が飲める味に───ぐっ⁉︎」

薬師が春の顔を掴む。薬を持つ手は春の口を抉じ開け、無理矢理喉の奥まで錠剤を押し込んだ。意外な強行に咲と文は驚く。

「薬師様…」

春が錠剤を飲み込んだと同時、薬師は春の小さな体を、煌めく石の地面に倒し押さえつける。

春が暴れる。

「ちょっと…何よ。離してよ!」

薬師は銀の箸を取り出し、捲れ上がる春の腕の皮膚に触れる。春が目を見開いた。

「や、やめて。やめなさいよ。嫌、嫌!」

薬師はその箸で皮膚を摘み、べりりと引き剥がした。春が悲鳴を上げた。

「やめて、やめて! 春のことを傷つけないで! 美しい春の体! 何するのよ‼︎」

「大丈夫です、春。薬師様は治療してくださっているだけです。それが終われば、貴方は本当に美しい姿に戻れるのですよ!」

「離せってば! 春をいじめるなんて許さない! やめろって言ってるのよ! 何が薬師よ、この無能、ひとごろし! 痛い痛い‼︎」

薬師は春の口汚い罵倒混じりの悲鳴を気にも留めず、両腕の皮膚を剥がし、両足の皮膚を剥がし終える。

処置が終わる頃には、春は気を失っていた。

薬師は立ち上がり、春を放ってまた歩き出す。

咲は放置された春を見る。

「…薬師様、春は元に戻りますか?」

春の四肢の皮膚は剥がされた。膨らみはまだ治らず。余計に醜くなったその姿に、やはり咲は近づけずにいる。

無言で歩く薬師の背を見つめ、咲はひとり頷いた。

「ええ。薬師様の行いに間違いはありませんよね」

「今回は手荒だったな、薬師め」

咲の横に立つ文は、にたりと暗い笑みを浮かべた。

「流石の薬師でも、こいつの言動には腹が立ったということか」

「そんなことありません!」

「だがどうだ、咲。薬師はあんな乱暴にひとを治療するものか? それでもお前の理想の薬師と呼べるか。この春という奴を余計に醜くして置いていったあいつのことを」

文の視線を追えば、きらきらと輝く美しい石の上に倒れる醜い少女の体。

咲は一瞬嫌悪の表情を浮かべかけたが、やがて歩き出し、薬師の後を追った。

「薬師様は正しい治療をしたのです。きっと春は、元の美しい少女に戻れます」

「腹の底の醜さは変わらないがな」

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