第251話 救出作戦

「――というわけだ」


 遅ればせながらやってきたティレトに事情を説明した。

 同時にやってきた王の剣の女たちは、説明をしている間に家の中を探している。


「摂政がそう考えたのなら、その方針でいこう」

 ティレトが言った。

 なぜかこいつは、俺については役柄で呼ぶのがしっくりとくるらしい。

「どちらにせよ、外国の仕業というのが一番緊急性が高い。連れて帰られてしまうわけだから、今のうちに取り返さないと死んだのと同じになる。もし他の場合だったら、どういう目に遭うにせよ、取り戻せる可能性は高いだろう」

 縁起でもない。

「ただ……摂政も分かっていると思うが、こういった状況では思い込みが危険だ。推理に落とし穴が潜んでいたら全てが台無しになる。不測の事態を考えて、ここに四人ほど残して証拠を探させ、独自に捜査をさせよう」

「それでいい。そうしてくれ」


 確かに、敵国が勘違いしていてどうこう、というのも、ただの推理にすぎない。

 勘違いでいえば、魔女家がなにかを壮絶に勘違いしていて、リリーさんが俺の子どもを妊娠していると勘違いしているとか、そういう可能性もゼロではない。

 ティレトの言う通り、人間の思考には落とし穴が付き物だ。


 だが、証拠があればいいが、現状では存在しないのだから仕方がない。


「敵国がそういう作戦ミッションをするとして、どこから侵入すると思う」

「海だな」


 ティレトは即答した。


「来るだけなら、夜動いて昼休めば……まあ、陸から来るのも無理ではないのかもしれない。だが、非協力的な人質を連れて陸から帰るのは、さすがに不可能に近い」


 クラ人は、半島内では自由な旅行ができないことになっている。

 特別な許可証が必要だ。

 イーサ先生のような特別な人物であれば、そんな許可証は即日出るし、もちろんシャン人の護衛がついて不審がられれば説明もするので旅行に不自由はないが、普通のクラ人ではそうはいかない。

 例えば半島より東で新たに組み入れられたクラ人が、その許可証を得て半島に入るのは、よっぽど特別な技能があって協力が必要などの事情がなければ、不可能に近い。

 つまり、彼らにとっては他人の目が一番の敵となる。ティレトの言う通り、陸から来ることは不可能だろう。


 となると、海しかない。

 むろん、海は焼夷弾を持った鷲が見張っているので大型船は航海できないが、漁船程度の船であれば、来ることはそこまで難しくないだろう。

 監視している鷲はペアでの飛行が原則だ。そして、焼夷弾は重いので一羽一発しか積めない。小さい標的なら二発連続で外すこともあるだろうし、そもそも焼夷弾が命中しても、船ごと吹き飛ばす爆弾というわけではないのだから、乗員ごと一瞬で爆殺できるわけではない。沿岸航法で航海しているなら、泳ぎが達者であれば海に飛び込んで陸地まで泳ぐことができる。


「なら、今頃川を下ってるってことか。急がないと間に合わなくなるな」

 思わず気が急いてイライラしてしまう。

「落ち着け、摂政。シビャクの川下りは素人にできるものじゃない。特に夜は、満月でもない限り熟練の船乗りでも難しいぞ」

 ……忘れていた。

 シビャクから海に至る川下には、大小様々な島嶼が散らばっていて、中には抜け道のない入り江のようになっている袋小路もある。

 その中で通常使われているのは北側に抜ける一本だけで、南からの船も少し迂回をしてその海道を使う。島嶼はどれも同じような見た目をしているので迷いやすいし、散らばっている部分を通ると座礁の可能性が高いからだ。

「相手は初めてこっちに来るんだろう。その自殺行為をするかもしれん」

「その時は諦めろ。この状況では十割助けられるということはない」

 ティレトはハッキリと言った。

「……そうだな」

 自分の不甲斐なさに苛立ちが募るが、ティレトの言っていることは事実なので受け入れるしかなかった。

 敵が勝手に馬鹿な真似をして、海域のどことも知れないところで座礁し、勝手に自決をされたら、確かにどうすることもできない。


「私は、陸伝いにエルインまで行って、そこから船に乗る可能性が高いと見る」


 エルインは、シビャクが海に繋がる海道の出口に存在する、大きな灯台が有名な港町だ。

 シビャクから海への道は、ゆるくではあるが水の流れがある。大抵の場合、帆船が帆を張って受ける推力のほうが大きいので遡上できるのだが、さすがに向かい風があるとそれができない。

 その場合にはエルインに船を留め、風向きが変わるのを待ったりする。場合によっては海道沿いの道を使って、舵を取りながら馬に船を曳かせ、上流まで運んだりする。


 エルインは、そういった機能を持った町だ。そこから荷を降ろしてシビャクまで陸路で運ぶ場合もあるし、人が降りて移動したりもするため、シビャクまで直通の広めの街道が通っている。

 移動には一両日もかからない。夜間に移動すれば人目にもつかないので、道中事故る可能性を除けば、さほどの難しさはないだろう。


「馬では人質が目立つ……馬車を調達するだろうな。そうすると、到着まで六時間ほどか。夜明けまでに到着して、そこから帆を張って出る……と」


 ティレトが言った。

 シビャクに朝までいて、河下りをするという可能性……は、ほぼ考えられないな。

 シビャクでの潜伏には危険が伴うし、殺害が第一目標だといっても、やはり拉致のほうも達成したいと思うのが普通だ。十分に大きな成果なのだから、達成には最善を尽くすだろう。


「それなら、今から鷲を使って発てば十分間に合うな。問題は、どうやって見つけるかだ」

「今すぐエルインに飛んで探し回るしかあるまい」

 と、ティレトは言った。続けて、

「厄介なのは、むしろ救出する方法のほうだ。摂政の見立てでは、命惜しさの強盗が人質をとっているのとは違うのだろう。しかも、任務の性質からいって相手は精鋭中の精鋭だ。十時間程度の作戦時間なら眠りもしないだろうし、一時いっときも油断しないと考えていい」


 それはそうだろうな。

 うーん……。


「摂政も分かっていると思うが、そんな連中が相手では、我々でも見つからずに接近して一瞬のうちに全員を殺すというのは難しい。一合や二合打ち合っている間に殺されてしまうというのでは、救出の保証はできかねるぞ」

「吹き矢か何かに、一瞬で気を失う毒みたいのを塗りつけて倒すとかってないのか?」

「……そんな都合がいいもの、あるわけないだろう」ティレトは呆れたように言った。「どんな毒を使ったって、十秒やそこら具合が悪いような気分にはなる」


 だとすると、救出は本当に至難を極めるな。


「もしお前たちに頼んだら、どういう方法でやるんだ。忍び寄って囲んで殺すのか」

「移動中になんとか捕捉して、乗員が死なない程度に馬車ごと爆破するのがいいだろう。初動で全員大怪我をさせて動けなくすれば、少しは可能性がでてくる。リリー女史の足や腕くらいは折れるだろうが、それは後日治せばいい」

「……駄目だな。首の骨が折れたら死ぬだろ。それに、全員が都合よく気絶してくれるとは限らない」


 あまりにも成功率が低すぎる。

 馬車のサイズに合わせて爆薬をその場で調整するノウハウなんてないし、そもそも遠隔で瞬発させる方法もないことを考えると、成功率は一割にも届かなそうだ。

 他の作戦要員が全員屈強な男だとすると、一番脆弱なのはリリーさんということになる。リリーさんが一番死にやすいのではお話にならない。


「それなら、お前たちはエルインに先にいって、船を特定しておいてくれ。奪還のほうは、俺のほうで考えてみる」

「……いいのか?」

「手遅れになる前に、行け」

「わかった。と、その前に」


 ティレトは、ポケーっと立っているエンリケに近づくと、いきなり腕を取って制圧した。


「いたたたた、痛いですってティレトさん。なにすんですか」

 地べたに転ばされたエンリケが腕を縛られてゆく。

「お前は留守番だ。何をしでかすかわからない」

「おい、そいつは人から情報を聞き出したりするのに使えるんじゃないのか」


 どうせ、漁師が誰も見たことのない見覚えのない船を特定するとかの作業になるんだろう。

 色気で男にやる気を起こさせるエンリケは役立ちそうだ。


「察するに、リリー女史というのはお前にとって個人的に大切な人間なんだろう。死んだらキャロル殿下以来の怒りを覚えるとなれば、こいつは進んでかたきになろうとしてもおかしくないぞ」

「いやいや、そんなことしませんって」

「それは……するかもな」


 言われてみれば、十分やらかす可能性はある。


「だが、役に立ちそうなのも事実だ」

「反対だな。確かに役には立つだろうが、不確定要素の塊みたいなやつだ。絶対に連れて行くべきじゃない」


 確かに、それはその通りではある。

 うーん……。


「分かった。じゃあ、エンリケが裏切るようなことがあったら、俺は何もしないから、お前が責任もって探し出せ。そんで捕獲だけして、あとはコイツに何の恨みもない、縁もゆかりもない奴に殺させろ。その後、俺には何の報告も上げるな」

「ハァ!?」

 エンリケが小気味の良い声を出した。

 こいつの驚いた声を聞いたのは初めてかも知れない。

「――あぁ、それなら分かった。請け負おう」

 ティレトは珍しく楽しげにほくそ笑んで、縄を引っ張ってエンリケの拘束を解いた。


「うっわ~~~、さっむぅ~~~おっもんなー! そういうこという男の人ってモテないんだ! ノリわっるぅ~~~!」

 エンリケは縛られていた腕を揉みながら本気でブーたれている。

 俺の提案で相当気を悪くしたようである。知るか。


「今日は二回もお前のプレイに付き合ってやったろうが。あれで満足して、さっさと仕事しろ。マジメに仕事しないなら、お前なんぞもう知らん」


 俺はそう言い残して、リリーさん宅を出た。

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