第250話 拉致の理由

「やっぱり心臓ですねー。死んで三時間ってところですか」


 エンリケは守衛の青年の屍体をひっくり返して、言った。

 血の黒さでよくわからないが、服の背中に穴が空いているのは見える。


「こっちは……」


 と、続いて女中さんの体を見分しはじめる。


「死因は首ですね」

 続いて、女中さんの首をくりくりと曲げた。

「前面から、頭と顎を持たれてポキッといかれたようです」

 変な方向に曲がっているので、頚椎骨折が死因なのは分かるが、エンリケは首の壊れ方から壊した方法まで分析できるようだ。俺には分からない。

「犯人は男。それもチビではないですね。前からの首折りは力と身長差が必要なので、私たちは相手が子どもでない限り選択肢に入れません」

「そうか」

「こっちの女のほうが少し温かいです。当たり前ですけど、男より少し後に殺されたんでしょう」


 人を簡単に殺すような連中がリリーさんの身柄を持っている。

 今どんな酷い目に遭っているかと思うと、心が焦ってきた。


「一体全体、やらかしやがったのはどこの連中だ。リリーさんを早く見つけてやらないと」

「……そうですね」

「ティレトはまだ来ないのか? 今どこに居るんだ」


 王剣の持つ機動力と捜査力は、今一番必要なものなのに。


「ユーリくん、落ち着いてください。ここは冷静にならないと、リリーさんを助けることはできませんよ」

 ミャロにたしなめられた。

「ティレトさんは、今ここに全力で向かっているところです。焦っても、彼女が早く来られるわけではありません」

「分かってる」


 ……ミャロの言うとおりだ。

 冷静になれ。

 焦ろうが、怒ろうが、どこにいるかもわからない誘拐犯にぶつけられるものではない。

 まずは、誘拐犯が何者なのか、せめて見当をつけないと始まらない。


 頭に言い聞かせて、思考を巡らそうとするが、上手くいかなかった。

 怒りと焦燥が邪魔をして、思考を編み上げても端からパラパラとほどけてしまう。

 そのことに苛立ちが募っていく。


「――くそっ」

「待って」


 エンリケがそう言って、俺の前に来た。

 唐突に頬に片手を添えたと思ったら、違う方の手が飛んできた。


 バチーンッ! と強烈なビンタがかまされる。


「――ッ、てめっ―――」


 反射的に胸ぐらを掴んで、激高しそうになるが、顔を見ると意地悪そうに嗤っている。

 大歓迎という感じだ。

 殴る気が失せると、焦りが上書きされて妙に冷静になった。


 なにやってんだ俺は――。


「ふうっ……ありがとうよ。落ち着いた」

 エンリケの胸元を乱暴に離した。

「つまんないのー」

 無視だ。無視しよう。


「よし――ひとまず、情報はそれくらいか? 暗殺の熟練者が一人はいて、大柄な男で、三時間前には出ていった」

「……そ、そうですね。エンリケさんは何か?」

「ここで分かるのは、それくらいかなー」


 俺も、応援が来るまでの間家探しをしていたが、他に手がかりになりそうなものは一つもなかった。

 仕方がない。ここから始めよう。


「手がかりが余りに少ないが……リリーさんをどうやったら助けられるか、順序立てて考えてみよう。まず、助けるために必要な情報は何だ?」

「身も蓋もないですが、リリーさんの居場所が分かれば助けにいけますよね。あとは、犯人の素性とか、目的が分析できれば、手がかりになりそうです」


 居場所なんかは分かりようもないが、犯人の素性が分かれば、潜伏先かなにかの特定に繋がりそうだ。


「じゃあ、まずは犯人の素性から考えよう。個人か? それとも組織か?」

「リリーって人は胸がおっきい美人で、学者さんだったんでしょ? 同僚とか怪しいんじゃない?」


 エンリケが言った。

 同僚か。


「お給料をすごくいっぱい貰ってるなら、腕のいい人攫い屋くらい雇えそー。学者さんタイプの男ってお金貯めてるし、惚れるとこじらせるタイプが多いから」


 おっさんのストーカーか。

 存在自体は十分考えられるが、ありえない気がする。


 恋を拗らせてリリーさんを自宅に監禁したいといった欲望を満たすのなら、継続的に捜査が難航している状態を保ちたいはずだ。そのためには、失踪という形にしたいだろう。

 過程で殺人を挟むのは余計だ。殺人が露見すれば事件になってしまう。


 殺人を厭わない人物だったにしても、二人の屍体についてはもうちょっと上手く隠したほうが都合がいい。

 せっかく血が出ない殺し方をできたのだから、土を掘って埋めたらいい。守衛は外で殺され、女中さんは首を折って殺せたのだから、それなら家の中を完全にクリーンにすることができたはずだ。


 それだったら血臭もしなかったはずなので、俺も屍体を見つけるのが相当遅れただろう。

 リリーさんが出社しなかったら、何かあったのかと思って人が呼びに来る。物置に突っ込んでおくという隠し方では、俺が来なかったとしても翌朝には犯行が露見してしまった可能性が高い。

 犯人は、高い技量を持っているのに、なぜか屍体の処理については雑だった。


「限りなく低い可能性だと思います。リリーさんほどの重要人物の略取を手伝ったとなったら、組織であろうと個人であろうと、我々が徹底的に追い詰めて潰します。事後の面倒を考えると、何も知らない素人ならともかく、それこそ玄人なら請け負わない仕事でしょう。金額次第ではありますが、少なくとも個人で賄えるような金額では無理です」


 ミャロが別のベクトルから否定をした。

 正論だろう。

 リリーさんのような大株主なら別だが、ただ働いているだけの社員は巨万の富を持っているわけではない。


「なら、リリーさんの財産が目当ての強盗か?」


 リリーさんは大金持ちなので、それは普通にありえる。

 エンリケによるとプロの犯行ってことだが、リリーさんの資産を考えれば、相当腕の立つ強盗団が狙ってもおかしくはない。


「それだったら、もっと家が荒れてると思うなー。荒らしたあと、ここまで綺麗に隠蔽できるなら、すぐにでも家政婦さんに転職できるよ」

 エンリケが言った。確かに、それはそうだろう。家の様相は、どうも乱暴者が押し入ってきたという様子ではない。

「リリーさんがあっさり財産の在り処を喋ったので、家探しする必要がなかったのでは?」

「それだって尋問の形跡くらいありそうなもんだが……うーん」


 難しい。


「リリーって人は、ホウ社の株主? だから大金持ちなんでしょ。その株っていうのはここにあったの?」


 エンリケが言った。

 それが問題だ。


 株式会社のストック・コーポレーション制度は、円滑な起業と投資において様々な意味で便利なので、俺が摂政になってからすぐに準備を初め、一年一ヶ月前に法律を公布して制定した。だが、目新しすぎる仕組みなので、民衆にはまだ馴染んでいない。

 そもそも株式、株券というのは通貨とは性質が違い、発行する会社側には所有者が記録されていて、個人と紐付けられている。


 株券は一種の証明書であって、通貨のように紛失することで所有権が消滅するものではない。

 なにかの資格の証明書を盗んだからといって、泥棒が資格を貰えるわけではないのと同じで、株券を盗んだからといって株式の保有者にはなれるわけではない。

 だが、そのあたりの事情を強盗が理解しているとは限らない。


「リリーさんの株券は、ホウ社の重要物保管室の役員金庫に入ってる。そこは役員同伴でしか入れないことになってるし、時間的に本社の営業時間に間に合ったとは思えん。夜間は保管室全体を厳重に施錠するから、役員といえど開けてもらえるもんじゃないぞ」

「じゃあ、明日その金庫を開けさせるために連れて行ったのでしょうか? でなければ、拐っていく理由がありませんよね。この家にある手持ち財産で満足したのなら、ここで解放するはずですし、目撃されたのが嫌なら、このお二人と一緒に殺害するでしょう」


 歯にきぬ着せぬ言い方にゾワっときたが、それはその通りだろう。

 リリーさんを殺さず、かどわかしたのには必ず理由がある。物盗りの犯行だとすると、株券狙いで連れて行ったくらいしか考えられない。


「……カネ目当ての強盗という線は捨てきれないが、無理やりこじつけているような気がするな」


 やはり、家がここまで整っているのは変だ。

 それに、こんな大それた事をする連中、あるいは個人が、株券について大した下調べをせず犯行に及んだというのは、幾らなんでもちょっと考えづらい。


 リリーさんを犯すために持ち帰ったということも、考えられなくはないが、薄い線だろう。

 そういうことをする欲望に忠実な連中が、こんな風に室内をきちんと保存する丁寧な仕事をしたというのは、どうも矛盾している気がする。


「正直、ボクもそう思います。でも、一応会社には兵を送っておきましょう。もしリリーさんが現れたなら、簡単に保護できます」

「そうだな。頼む」


 ミャロは近くの机に持っていたランプを置くと、内ポケットから手帳を取り出し、さらさらとメモをしてから破いた。


「聞いていましたね。連絡要員としてここに四騎置いて、あとはホウ社に行って彼らに協力してください」

「了解しました」


 ミャロが連れてきた騎士のリーダー格の男が、敬礼をして任務を受けた。


「みんな行かせちまっていいのか?」

「大丈夫です。追ってすぐ増援が来る手はずになっています」


 さすがは行き届いてるな。

 もしリリーさんを拐った連中がそこまでのアホなら、ミャロが任せた連中だ。確実に捕らえられるだろう。


 だが、現実はそう都合良くは行かない。

 十中八九違うだろう。


「個人や泥棒って線は薄いとして……組織だった連中の犯行だとすると、ありえる勢力は、魔女家、潰された将家、クラ人国家……ってところか?」


 ルベ家の連中、という考えも一瞬浮かんだが、さすがにそれはないだろう。

 幾らなんでもメリットがなさすぎる。


「そうですね……我々を恨んでいる魔女家とか、将家の残党の犯行でしょうか?」

「それだったら、リリーさんを狙うのはちょっとおかしくないか? リリーさんは……」

 えーっと……。

「俺の知人とか友人とか、話を盛っても親友くらいの立場だ。そういう連中からしてみれば、親兄弟や子どもを狙いたいところだろう」

 それが自然な発想である気がする。


「ボクは天涯孤独の身ですし、ユーリくんだってサツキさんとシャムちゃん、あとはシュリカ陛下くらいしか近い親族はいないでしょう。シュリカ陛下は言うまでもなく最も厳重に警護されていますし、他のお二人はホウ家が警護しているので、リリーさんほど無防備ではありません。そういった理由があったのでは?」


「いや、報復とか復讐ってのは、意趣返しって要素が重要だ」


 一週間前からこっち、俺は今日あったはずの逢瀬を秘密にしていたし、リリーさんも秘密にしていた。シャムが知らなかったくらいなので、間違いなく誰にも話していなかっただろう。

 魔女も将家も、特別な関係になりつつあったことは知らなかったはずだ。

 それに、もし知っていたとしても愛人の一人くらいに考えるのが普通だ。やっぱりリリーさんを狙うのはおかしい。


「地獄を味わわせてやりたいって相手に、娘はさらうのが難しいから友人で妥協しようって考える奴はいない。怨恨が理由でリリーさんを狙ったという線は考えられないな」


 改めて口に出してみると、有り得ないという確信が強まった。その線はない。


「じゃあ……あとの可能性は、クラ人の国家の犯行ですか。教皇領とか、ガリラヤ連合とか?」


「少数精鋭でシビャクまで侵入して来たのか? 相当難しい作戦になるし、リリーさんが標的ってのはピンとこないぞ。連中だったら、俺かイーサ先生を狙いそうなもんだ」


「ユーリくんはご自身がかなり強いので、暗殺自体しにくいですよね。ボクが散々言っても一人でお出かけになりますが、道順を予測できるときは護衛をつけているみたいですし」


 さすがに俺も眠る時は安全なところで眠るし、一ヶ月前から視察の予定が決まっていた場所に赴くなんて場合は、護衛もつける。当日にルートを変更したりもする。

 一人で勝手をやるのは、その日その時に思い立って行動する時とか、行き先を自分しか知らず、襲撃の用意が絶対にできない場合だけだ。その時だって尾行には十分気をつけている。


「あと、イーサ先生は、長期的には極めて重要な役割の人物ですが、今すぐ戦争の勝敗を左右するような人ではないですよね。優先順位を下げているのでは?」

「……まあ、結構な護衛をつけてるし、マジメだからな」


 イーサ先生は活発に西へ東へ動くタイプでもないので、護衛がしやすい。元から屋内に籠りがちでもあるし、暗殺の難易度は高いだろう。

 それに、イーサ先生を暗殺したところでワタシ派の聖典が消滅するわけでも、印刷できなくなるわけでもない。教皇領にとっては苦渋の決断だろうが、暫定的に優先順位を下げているというのは十分考えられる。


「でも……かといって、リリーさんですか……確かに重要人物ではありますけど、基本的なアイデアはユーリくんが出して、リリーさんはそれを実現する役目……なわけですよね。技術分野には疎いんですが、絶対にどうしても換えが効かない人物ではないような……?」

「……うーん」


 リリーさんは、確かにシャムのような天に煌めく才能を与えられた天才ギフテッドではない。

 だが、シャムとは違うベクトルで、極めて実務向きの希少な才能を持っている。


 それに、リリーさんは白樺寮でシャムと一緒に年月を過ごしたおかげで、俺の話す科学の内容を理解できる稀有な人物として成長した。

 そういった人物は、これからは学校教育で増えていくのかもしれないが、現時点では他にはいない。


 つまり、ミャロの理解は間違っている。実際には、リリーさんは俺にとって特別な人というだけでなく、仕事人としても換えの効かない人物だ。

 とはいえ、言っていることは一理あって、教皇領だかが一世一代のミッションの標的として狙うには、なんというか目の付け所が良すぎるような気はする。


 普通、素直に俺とかミャロを狙うよな。

 なんといっても国家機能の中枢にいるわけだし、殺害したら一発で国家にクサビを打ち込んで割るような大打撃を食らわせることができる。


 暗殺や略取の難度を検証していった結果、国に与えるダメージとの兼ね合いで、期待値が最大になった対象がたまたまリリーさんだった。みたいな話だろうか?


 そういった結論が導き出されることは十分にありえるが……さすがに有能すぎるだろう。

 逆の立場で考えると、俺やミャロが一生懸命頑張っても、敵国の内情をそこまで正確に分析するってのは難しいもんがある。

 かなりの情報収集能力を持ったシンクタンクみたいな組織に作戦立案をさせたら、そんな作戦も産まれてくるのかもしれないが、いくらなんでもナンセンスだ。


「でも、こちら側の技術が欲しかっただけかもしれませんよね。それだけでも、成果としては相当大きなものではあるわけですし……殺さずに略取した理由も説明がつきます。リリーさんは火炎弾からなにから、こちら側の兵器については製法を全て知っているわけですから」


 それは確かにそうだ。

 しかし、技術が欲しかったということなら、技術部の他の連中を狙ったっていいわけだしな。

 そういった社員は守衛付きの邸宅なんて持っていないわけだし、出社しなかろうが即日すぐに安否を確かめにくるなんてことはない。


 それに、シャン人は連中の悪評を十二分に知っているわけで、無事に連れて帰って利用できると考えるのは都合が良すぎるような……。

 キルヒナの女王だったジャコバ・トゥニ・シャルトルがそうだったが、途中で悲観して自殺するってケースは、実際には相当多いはずだ。


 もし知識を引き出す前に死なれてしまった場合、作戦自体が丸々損ということになってしまう。

 そうなると、彼らの主観では、シヤルタ王国からスキルの高い技術者が一人いなくなったという現象以上の効果は発生しない。

 連中もこの事件のあと俺たちが対策をして、同じような手口を使うのが難しくなることくらいは分かっているだろう。

 最初で最後の一回になるかもしれない作戦の標的としては、やっぱり不適当だ。


 奴らが何を重要視するかなんてのは、具体的には分かりかねることだが、やっぱり一か八か俺とかミャロを暗殺しようとするほうが自然なような……。


 ……少し考えても、敵国の犯行だとして、イイスス側がリリーさんを狙う動機が見えてこない。正確には動機は思い浮かぶものの、俺から順に並んでいる高価値目標のリストから、わざわざリリーさんを優先した理由がわからない。


 やっぱり、敵国の犯行って線は薄いのか……?

 うーん……リリーさんは俺がホウ社を始めた初期からのメンバーだし、俺についての分析に役立つと考えたとか……?


 あっ。


「……もしかしたら、リリーさんが全部やったと考えてんじゃないのか?」


 ありえそうだ。


「技術をさ。最初から、発明からなにまで全部」

「? ユーリくんではなくてですか?」

「そうだ。リリーさんのことを、アイデアを生み出すところから実用化まで、ホウ社の発明品の全てを担った天才と思い込んでる……ってのはどうだ?」

「……あー、それは……ありえるかも知れません。ユーリくんが国事も戦争も発明も全部やってるって、普通信じられませんし」


 リリーさんが作ってくれたものは、紙漉き桁を頼んだことから始まり、六分儀、クロノメーター、活版印刷の機械部分、戦闘馬車や焼夷弾、などなど、様々なものがある。

 だが、ホウ社の仕事の全てにリリーさんが関わっているというわけではない。

 規格ガラス瓶の製造はまったく別の、酒好きのガラス職人だった女性が全てを担当したし、造船部署についてはリリーさんは最初から全く関わっていない。

 活版印刷についても、活版を装着して紙に押し付ける機械部分は頼んだが、肝心の活字合金の開発はシャムに依頼したし、活字の製造はまた別の鋳物職人あがりの男が取り仕切っている。


 だが、確かにリリーさんは技術部門の中核として面倒な仕事を多く請け負っている。

 敵側が、俺以外の誰かがやったと考えたのだとすれば、その才能の持ち主はホウ社発足時点から協力していた事になるわけだから、それは一人しかいない。

 リリーさんだ。シャムは、ホウ社の社員であったことは一度もないのだから。


 こちらの技術の全てを発想から考え、製造まで指揮した立役者と考えているなら、居なくなることでこちらが受けるダメージは計り知れないと考えるだろう。

 なにせ、自分たちを散々に苦しめている新兵器を、少なくとも今後は新たに登場しなくすることができるし、全てが上手くいって連れ帰ることができれば、その才能を自分たちが利用できる可能性さえ出てくる。

 それなら、十分標的にする価値はある。


「チッ、参ったな」


 加速した思考が勢いよく巡って、思わず舌打ちしてしまった。


「……あー、糞。死ぬほど厄介だ」

「ユーリくん? どうしたんですか?」


 ミャロが心配そうに訊いてくる。


「エンリケ。ティレトはまだなのか?」

 俺が言うと、ちょっとの間蚊帳の外で壁に背を預けていたエンリケは、ポケットから懐中時計を取り出して時刻を見た。

「あと三分以内には到着するはずっす」


 気持ちは滅茶苦茶急いでいるが、そのくらいなら待ったほうがいいか。


「ユーリくん、簡単にでいいので説明してくれませんか?」

「連中の目的がそれだったら、ここでリリーさんを殺しても大部分は達成されたはずだろ?」

「はい」

「殺さなかったってことは、連れ去って天才を利用するって意味の、一石二鳥を狙ってるわけだ。だが、それはあくまで付随目標オプションにすぎないわけだ」

「――ああ」


 ミャロは察したようだった。


「作戦成功の最低条件はミニマム・サクセス、あくまでこの国から新兵器を産み出し続ける天才を排除するってことだろう。それは、いつでも達成できる状態で保留している。少しでもリリーさんを奪還される危険が起きたら、すぐにでも達成しようとするはずだ。状況を考えたら、警邏に呼び止められただけで腹を刺してもおかしくないぞ」


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