第252話 王都侵入作戦*

 第一挺身騎士団、別名神殿挺身騎士団は、教皇領全土の修道院、および修道院付設の孤児院から募集された人員を、神衛帝国以来の厳しい方法で鍛え上げることによって団員とする。

 二十二歳になって団員と認められるまでの間に、九割の応募者が脱落し、そのうち一割は死亡する。一般市民からの募集はない。


 そのようにして成り立っている神殿挺身騎士団は、さらに内部で四つの師団に分かれる。

 師団にはそれぞれ神聖四文字テトラグラマトンが割り振られた名前が付いているが、通常は自らの部隊に主の名が冠されていることを畏れ多いとして謙遜し、自らの師団のことは番号で呼ぶ。


 第Ⅰ師団に属するバジーリオ・カザーリは、普段は異端調査部の副部長として様々な活動をしている。


 異端調査部の仕事は、国内外の異端者について調査することだ。それが小さな村落ぐるみ程度のものであれば、暗殺などの手段を使って自ら消滅させるし、手に負えないような大きな組織であれば、報告を上げ大掛かりな部隊に任せる。

 もちろん、その仕事には潜入捜査なども含まれる。

 だが、まさかこんな北端まで出張させられるとは思ってもいなかった。


 バジーリオは今、シビャクの北にいた。


 *****


 約二年前、この地で大きな会戦があった。

 バジーリオの知人、友人の多くがこの場所で散った。なにせ、四つある師団のうちの半分、第Ⅱと第Ⅲ師団が一日のうちに消滅した現場が、まさにこの場所なのだ。


 目の前には、草の生い茂った土地が広がっており、その先には背の低い森がある。

 都市に近いからか、戦場は完全に片付けられてしまっていた。一見しただけでは、ただの開けた土地にしか見えない。


 草が繁茂している場所がまばらになっているように見えるのは、そこが人の血を吸った土地だからだろうか。

 二年前、数万の死体が横たわり、命を散らした場所であることを想わせる痕跡は、見た限りではそれくらいしかなかった。


 寂しい場所だ。

 ここで散った仲間のために、せめて鳥の声が聞こえる森でも作ってやりたい、と、バジーリオはできるはずもないことを思った。


「――やめろ、オルベルト」


 バジーリオの横では、部下のオルベルトが地面に手をついて背中を震わせている。

 彼は、第Ⅱ師団にいた親友をこの地で亡くしたのだった。親友に思いを馳せているうち、感極まってしまったのだろう。


「悪魔の多くもこの地で沈んだとはいえ、もう二年も経っている。想いの強い縁者は別れを済ませているはずだ。この場所でそんなふうに悲しんでいれば、異常に思われてもおかしくない。今すぐに止めろ」

「……はい」


 オルベルトは立ち上がって、袖で涙を拭いた。

 バジーリオは、懐からハンカチを取り出して渡す。


「これで拭け。袖で拭いては目元に腫れが残る」

「……わかりました。すみません」


 バジーリオは、同僚に対する優しさでハンカチを貸したわけではなかった。

 これから、この作戦でもっとも危険な、王都への潜入が待っている。

 細心の注意を払わなければならない段階で、一つでも瑕疵を作ったままにしておくのは気分が悪かった。


「もう終わりました?」


 飄々とした声で言ったのは、ベネディクトだった。

 ベネディクトは同胞の散った戦場には興味がないようで、足をプラプラさせて退屈そうに草などを蹴っている。


「終わった。行くぞ、オルベルト」

「はい」

「もう失った友人とものことは考えるな。感情を平らにしろ」

「はい。バジーリオさん」


「言うまでもありませんけど、街に入ったら喋らないでくださいね」


 ベネディクトがつまらない茶々を入れた。

 我々のことをそれほど莫迦だと思っているのだろうか、とバジーリオは思う。


 ベネディクトは、バジーリオやオルベルトとは違い、第一挺身騎士団の所属者ではなかった。市民出身の、ヴァチカヌス第三騎士団の所属だ。

 なぜそのような半端者を入れたのかというと、第一挺身騎士団には悪魔語を喋れる者が居なかったからだ。


 バジーリオはテロル語を母語とし、他に竜帝国で話されるアーン語を習得している。オルベルトもまた、学ばされたのはアーン語だった。

 数年前まで悪魔の国家は風前の灯火という認識が共有されていたので、悪魔語を習得した人員を育成する必要などないと考えられていたのだ。


 そのため、軍関係者で悪魔の言葉を違和感がないほどに喋れるのは、翻訳官を除けば拷問官くらいのものだった。

 拷問官もリストには上がったが、彼らは軍関係者とはいっても訓練をしていないので、長駆に耐えられるかは疑問だったし、なによりベネディクトは顔が良かった。

 悪魔との会話の場面で違和感を持たれない人間としては適している。


 だが、ベネディクトは軽薄な男で、作戦に対して最適な人材とは言えない。

 そもそもが、売春婦として働いていた悪魔とねんごろになるために悪魔語を学んだという男だ。軽薄でないはずがなかった。

 悪魔を長耳と呼び、性の対象としていることもバジーリオやオルベルトとは相容れぬ性癖で、今では任務以外の会話はなるべくしないようにしていた。


「ま、行きますか。これが終われば俺も大金持ちだ」



 *****



「――ッ」


 目的の邸宅で、音もなく守衛の背中に刃を突き刺したオルベルトは、口を塞いで守衛の悪魔に音を発せさせなかった。

 数秒痙攣した後、悪魔は脱力する。オルベルトは血が流れないように体の向きを裏返し、壁の影に移動すると死体を横たえた。


 バジーリオは、わずかに垂れた血溜まりに砂をかけ、簡単にではあるが隠蔽をした。


「行くぞ」


 そして、音もなく家の中に入っていった。


「――キャッ!」


 入ってすぐのところで小さな悲鳴を上げたのは、女中風の格好をした悪魔であった。


「貴様がアズミか」


 バジーリオは、テロル語で言った。事前の打ち合わせブリーフィングでは、この女が自分たちを引き入れる役割であって、テロル語の話者という事になっていた。

 アズミというのは本名でなく、言ってみれば潜入名だが、それはどうでもよい。

 家の敷地の中には、守衛の他にはこの女と、あとは標的ターゲットの女しかいないはずだ。


「はい」

 やはりこの女がアズミであるらしく、頷いた。

「目標は?」

「二階にいるます」

「案内しろ」


 アズミはすぐに二階に上がった。

 一直線に向かい、ドアを開いた先は、クローゼットルームのような部屋だった。


 標的の女は、その部屋で半裸になってドレスを選んでいた。


 バジーリオは一瞬、その女のことを人間なのではないかと思った。

 悪魔女にしてはあまりにも胸が豊かだったからだ。大司馬がその智慧ちえを求めるほどの才女が、悪魔族にいるものかという想いも、その思考を後押しした。


 やはり、悪魔ではなく人間の仕事だったのだ。と確信しかけた瞬間、動いた拍子に髪の合間から耳が覗く。

 その耳はしっかりと尖っていて、毛が生えていた。

 やはり悪魔族だった。


 バジーリオは一連の混乱から、少し時間をかけて立ち直った。


「――ッ!? ×××! ×××××××!」

 女は、悪魔語でなにかを言っている。

「×××!! ×××××!!」

 なにやら、アザミを詰問しているようだ。状況から考えて、おかしいことではない。


「!? 彼女が標的ですか?」

 遅れて二階に上がってきたオルベルトが、女を見てびっくりした様子で言った。悪魔らしからぬ胸に驚いたのだろう。

「そうらしい」

「……なるほど、この女が」


 オルベルトは憎しみの混ざった目で女を見た。

 二年前の会戦、及びそれからの聖教国家の劣勢の原因を大きな部分担った悪魔として見ているのだろう。


 バジーリオも、その思いは変わらない。だが、年の功か、内心で押さえつける術を心得ていた。

 異端調査部の仕事は綺麗事ばかりではない。

 イイススの説いた正義にもとるとしか思えない者を見逃さねばならない時もあったし、逆に潔白としか思えない少女を火刑に処したこともある。

 若いオルベルトは、未だそういった葛藤と直面したことがない。


「ヒュウッ!」

 二階に上がってきたベネディクトが、扇情的な格好をしている女を見て、二人の抱く葛藤を吹き消すような、短い口笛を吹いた。

「アズミとやら。この女がリリーという博士で間違いないのだな」

 バジーリオは一応、確認をした。

「はい」


 女の喚く声で相当聞き取りづらかったが、たしかにアズミは肯定をした。

 であるからには、確かに彼女がリリーなのだろう。


 というか、そういうことにするしかない。

 才女であり博士であるはずの女性が、なぜ高級娼婦のような胸の開いたドレスを着ているのか……普段着のようには見えないし、そのあたりは疑問に感じたが、どのみちこの状況ではこれ以上本人を確かめる方法がない。

 この都市に滞在することは、それ自体が刻一刻と危険なことであって、なるべく速やかに脱出せねばならない。

 この場で尋問する時間などないし、もし別の人物を掴まされた可能性があったとしても、それを検証する時間もない。


 もちろん、女でなく男だったとかいうレベルの大きな変化があったのなら、作戦に支障をきたしてでも確かめなければならないが、女性は女性である。

 眼鏡をかけているので、その部分は博士という感じもする。


「その姿ではまずい。ベネディクト、そこにある白衣を纏わせて、下にはズボンを履かせておけ。オルベルト、お前は万一にも逃げないように見張れ」

「えぇ……もったいない」


 ベネディクトは劣情を煽られたのか、女を見る目で彼女を見ている。


「手を出すな。絶望をさせて自害されては元も子もない。オルベルト。ベネディクトが妙なことをしでかさないか、気をつけておけ」

「了解しました」

「ちぇ、つまんねーの」


 ベネディクトがそう言って、白衣と適当なズボンを掴んで渡した。


「×××、×××××××」

「×××!!!!」


 リリーが罵声(?)を浴びせ、思い切りベネディクトの頬を叩いた。バチンと大きな音が鳴る。


 一瞬間を置いて、ベネディクトが仕返しとばかりに腕を振り上げた。

 女に手を上げることに抵抗のない性格なのだろう。

 バジーリオは、その反応をあらかじめ警戒していたので、身を乗り出して振り上げた手首を背中から掴んだ。


「やめろ。この作戦をここまで繋げるのに、どれほどの時間と人命がかかったと思っている」


 人間が多く住んでいる占領地域とはいえ、潜入して悪魔族とコンタクトを取るのは困難を極めたと聞いている。

 アズミ他三匹の悪魔をスパイにする過程で、十三匹の悪魔に接触し、三十八名の人員が死んだ。

 懐柔に失敗し、通報されたのだ。敵地でのスパイ作成には、どうしてもそのような危険がつきまとう。


 つまらない男の劣情ごときで左右されてよい作戦ではない。


「……大丈夫でしょうよ。女ってのはちょっとやそっとのことじゃ自分から命を絶ったりしませんって」

「お前は絶対に必要な人員ではない。あまり物分りが悪いようなら……」

 バジーリオは、握った手首に力を入れた。

「――はぁ、分かりましたよ」

 ベネディクトは白けたように言った。


「××××××、××××」

「…………」


 彼女が洋服を受け取る。

 剣呑とした雰囲気に気圧されたのか、大人しくドレスの下からズボンを履いた。


「聞いてほしいことが」

 と、そこで喋ったのはアズミだった。

「彼女はこれからユーリ・ホウに会うことになってるした。ユーリ・ホウの愛人になるます」


 言っていることが良くわからなかった。

 アズミは、テロル語の話者ということであったが、どうも上手ではないようだ。これでは正確な意思疎通ができない。


 八ヶ月ほど前、占領された植民地帯で村長の任を降ろされ、経済的に貧窮していたところを金で転ばせたと聞いているが、こんなテロル語では村人をまとめる事など土台無理だったはずだ。

 降ろされた理由が分かった気がした。


「ベネディクト。服を渡し終わったのなら、通訳をしろ」

「へぇへぇ」


 ベネディクトは間違いなくアズミより両言語に通じている。

 少なくとも、道中で話した数人の悪魔族には、まったく違和感を覚えさせなかった。


「×××××? ××××××?? ……彼女がいうには、このリリーという女はこれからユーリ・ホウと逢瀬を重ねる予定だったそうです。リリーが現れなかったら、ユーリ・ホウはここに来るかもしれない、と」

「なんだと? 部隊を率いてではなくてか?」

「××××××××××??」

「××」

 アズミは頷いた。

「そのへんは分からないそうです。ただ、密会のような形で会う予定だったので、一人で来る可能性も十分に考えられると」

「…………」


 バジーリオは一瞬、茫然自失のような状態になった。

 降って湧いたような情報で、極めて難しい判断を委ねられている。


 ユーリ・ホウが単身でここに?

 罠か? いや、罠ならこんな回りくどいことをして、女を用意したりはしないだろう。既に人で囲んで拘束なりしているはずだ。


「バジーリオさん、それなら俺がここに残って、やってみますよ」


 オルベルトがすぐに言った。

 決死の覚悟でここに残り、一か八か戦ってみるということだろう。


「オルベルト。彼女が白衣を纏い終わったら、猿ぐつわを噛ませて腕を縛っておけ。ベネディクト、女中に乱れた部屋を元通りにするように言ったら、馬車を取ってこい。動け」

「へいへい」


 バジーリオは命令を下すと、黙考に入った。

 目の前で二人が動き出すのが見える。リリーは、さっそく口に布を入れられ、猿ぐつわを噛まされた。ベネディクトは命令は従い、階下に駆け下りてゆく。


 そもそもバジーリオには、現地での指揮権はあるが、作戦を変更する権限があるわけではない。

 だが、この場で大司馬に指示を仰ぐ方法もなければ、他にこの好機を利用できる者がいるわけでもない。さすがに、ユーリ・ホウ暗殺の絶好の好機があったとすれば、これは独断で作戦を変更してでも達成すべき事項になるのかもしれない。


 しかし、ユーリ・ホウは自身がかなりの手練だと聞いている。

 不意打ちとはいえ、愛人が待ち合わせ場所に来なかったとなれば、警戒もするだろう。

 また、拉致作戦の予定で来たため、暗殺用の機械弓や毒といった装備も持ってきていない。

 オルベルトを一人残していっただけでやれるのだろうか?


 そもそも、ユーリ・ホウが一人でここに来るというのも、可能性の話にすぎない。

 もし兵を連れてきた場合(常識的に考えれば、護衛を伴っている可能性は高いだろう)、オルベルトが無駄死になるだけではなく、初動で人類の作戦であることがハッキリと露呈してしまう。

 それは、今後の作戦の成否について確実に悪影響を与えるだろう。


 二つの椅子を求めて尻もちをつく、という諺もある。聖職と官職、二つの椅子を同時に得ようとすれば、どちらも得られない。それと同じで、この場合もはっきりとどちらを狙うのか判断をして、片方に注力すべきだ。


 ベネディクトにリリーを任せ、オルベルトと二人で迎え撃つか?

 それはありえない。

 ベネディクトが彼女を強姦することによって、自死する可能性があることが問題ではない。むしろ、自死してくれるのであれば目的の半分は達成される。

 この場合、真に問題なのは、危急の状況になったとき彼女を亡き者とする判断を速やかに下せなくなることだ。ベネディクトはむざむざと殺され、彼女は奪還される。悪魔の国に何の痛手も与えられない。それは最悪の結果だ。


 ならば、この場で彼女を殺して、ベネディクトは決死隊には協力しないだろうからベネディクトも殺し、つまり目的を半分達成した上で半分を放棄して、二人でユーリ・ホウを待つか?

 それはかなり良い判断であるように、バジーリオには感じられた。


 天秤の左側には、リリー博士を持ち帰るという成果が乗っている。右側には、ユーリ・ホウを斃すという成果が乗っている。

 どちらのほうが重いのかでいえば、右のほうが重いに決まっている。しかし、その重さは可能性で割る必要がある。


 バジーリオは、ユーリ・ホウが本当に単独でやってくる可能性がどれほどのものなのかを考えた。

 寡夫やもめの国主が愛人と逢瀬を重ねるとして、何人もいる愛人の一人がやってこなかっただけで、家にまで訊ねにくるものだろうか……? まず、そこから疑わしい。


 ここに来る可能性自体、せいぜい五割……。都合よく一人で来る可能性となったら、一割以下。そんなところだろう。

 もちろん、十割単独でここに来るというのであれば、任務を歪めてでも待ち受けるのが国のためになる。

 だが、その重さが十分の一以下となれば、やはり天秤は釣り合わない。


「バジーリオさん。やらせてくださいッ!」


 リリー博士を縛り終えた若いオルベルトは、血気盛んな様子で目を血走らせている。

 オルベルトは第一挺身騎士団の中でも相当に腕が立つ部類で、暗殺術が得意で足が強く、壁などを登るのにも長けている。

 演技は下手なので潜入調査などには不向きだが、夜間の砦などに忍び込むのはめっぽう得意だ。


 ユーリ・ホウの戦闘能力を買い被りすぎているのかもしれない。たった一割だとしても、オルベルトを置いていく価値はあるのかもしれない。


 いや……やはり駄目だ。あの様子では、ベネディクトはまったく役に立ちそうにない。

 帰りの道は相当に長いのだ。一人では睡眠を取る間、彼女の監視ができなくなる。

 オルベルトがいなくては、身柄の移送が満足にできない。


「……いや、駄目だ。任務に変更はない」


 バジーリオは腹を決めた。

 人が足らなすぎる。


 敵国潜入ということで、なるべく目立たぬよう極限まで人員を減らしたのが裏目に出てしまった。

 状況の変化に柔軟に対応することができない。


「まさか、俺の命を惜しんでいるわけじゃないですよね」

「違う。俺とお前だけでは、片方がユーリ・ホウを殺して、片方が彼女を持ち帰るという作戦ミッション、両方の遂行はできないという判断だ。どちらか片方だけを遂行するのならば、当初の作戦を優先する。ユーリ・ホウの暗殺は不確定要素が多すぎるが、現状の拉致作戦は全て順調に推移しているのだからな」

「……分かりました。それがバジーリオさんの判断なのであれば」


 オルベルトはそう言うと、触れるもの全てを切り裂きそうな剣呑な雰囲気を解いた。


「約束のお金をくれさい」


 部屋を整え終わったアズミが言った。

 彼女は女中としては半年ほどしか働いた経験がないはずだが、片付け慣れている家だからか、部屋は十分に整っているように見える。


 彼女は前金の金貨三十枚を既に貰っているが、残りの百枚は今渡すことになっていた。


「その前に確認しておく。我々の証拠になるものは残していないだろうな。日記などが残っていると面倒だ」

「残してません」

「ならいい。下に来い。オルベルト、少ししたら彼女を連れてこい」


 やはり二人は必要だ。一人ではこの程度の事も、すみやかにはできない。と思いながら、バジーリオは下に降りた。


「早く金をください。私はすぐにここを離れなければならない」

 アズミは、焦った様子で顔だけは必死だったが、やはり言葉は下手だった。

「ここで待っていろ」


 と、バジーリオは周りに何も物がない床を指差した。


「……?」


 アズミは不審に思うでもなくそこに移動する。


「馬鹿な女だ」


 バジーリオがおもむろに後頭部と顎を掴むと、アズミは一瞬、驚愕に目を見開いた。

 次の瞬間には、アズミは終わっていた。

 ゴリュ、と骨が鳴る音と共に、顎が上を向くほど首を捻られ、頚椎が完全に破壊された。


 全身の力が一辺に抜け、アズミは糸の切れた操り人形のように事切れた。


 渡すための金など、最初から持ってきていない。馬鹿な女だ。

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